沖原④

「えっ?」

 俺と滝沢はほぼ同時に驚いた声を出した。

「代々木くん本人に訊いて確かめたかったけど、本当に何か善くないことをする気なら、正直に言うわけないじゃん? それに臆測に過ぎないし、違ったら大変な内容だから、先生とかに相談することもできないし。で、一人で様子を見てて、行動は今のところ怪しいと感じる場面はなかったけど、なんていうかさ、私がそういう眼で眺めてるから見えるだけかもしれないけど、何かを企んでいるような気配はあるんだよね。代々木くん、外見だけじゃなくて、雰囲気も少し明るくなったよね? 前はいつも無表情だったけど、微笑んでいるときをけっこう見かけるし。でもその笑顔が、目の前のことで笑っているんじゃなくて、頭の中で悪いことを考えてほくそ笑んでいるように見えてさ。そういうわけで、いつか何かをするんじゃないかと思って、不安で」

「んー? そーお? そんなに見てないけど、代々木の表情なんかにそうした違和感なんて一度も覚えたときないけどな」

 滝沢は渡部を安心させようとして言った側面もありそうだけれど、本当に今の言い分にピンときてはいない様子だ。しかし、俺は理解できた。違和感を抱きつつもはっきり意識してはいなかったが、今思い返して例えるなら、おとぎ話の悪い魔法使いが善からぬことを企てて微笑んでいるイメージだ。とはいえ、以前は笑うのがほぼ皆無だったから見たことがなかっただけで、元々代々木はそういう笑い方をする奴なのかもしれない。

「考え過ぎじゃない? だって、本気で何か善くないことをするつもりなら、人目に触れるかもしれないのに、そんなノートをわざわざ学校に持ってくる? 実際に志帆に見られたわけだし、少なくとも机の中に置きっぱなしにして帰ったりはしないでしょ」

 滝沢が渡部に対して口にした言葉に、その通りだと共感して俺も付け加えた。

「大げさなことをノートに書くことで憂さ晴らしをしてただけかもしれないよな。それに、姿を変えたらみんなの注目を浴びて、悪いことなんてできにくくなるんだから、違うんじゃねえか?」

 それでも、渡部の表情に安心は訪れなかった。

「最後に言ったことに反論させてもらうと、もう慣れっこだったとはいえ前の格好だと、みんな代々木くんについ目がいくときがあると思うんだ。それが今の普通の姿になることで、確かに注目度は上がるけど、時間が経って慣れれば、今度はまったく気にならなくなる可能性が高いから、そういう計算でしばらくおとなしくしているつもりなのかもしれない。ただ、私だって絶対に何かやるって思ってるわけじゃないよ。書くのと実行するのじゃ大違いなことくらいちゃんとわかってる。だから、代々木くんを見てたのもたまに程度だし、このことについて誰にも話したくなかったんだ。もし広まって、騒ぎになったら困るし。だけど、万が一心配した通りで何か起きたら、私のせいかなっていうのがあるからさ」

 渡部は善人か悪人かに分けるなら確実に善人のほうに入ると思ってはいたが、それにしても考えていた以上に真面目みたいだな。いや、それよりも、理解や予測が困難な代々木ワールドに巻き込まれてしまったら、誰でも同じようにあいつのことが頭にこびりついて、気にせずにはいられなくなるのかもしれない。俺自身がまさにそうなっている感じがするし。

「じゃあ、いっそのこと代々木にはっきり訊いちゃえば? もし本当にやばいことを考えている場合、白状はしなくても、バレたからやめにしようって思いとどまるんじゃないか?」

 俺はそう提案した。

「え……文香はどう思う?」

 渡部が滝沢に意見を求めた。

「そうだなー……。でも違った場合、本気でそんな危ないことをするような人間だと自分は思われているのかってショックを受けて、またみんなを惑わせる行動をとったり、今度こそ学校をずっと休むようなことになったりしないか……代々木はまったく読めないからな。それに、初めは本当にちょっと危なっかしいことを考えてたけど、だんだんとその気は薄れてゼロ近くになっていて、だからそのノートを机の中に置きっぱなしにもしてたのに、訊くことでやる気を目覚めさせちゃうなんてこともあったりして……」

 つまりは心配しようと思えばいくらでもできるわけで、俺たち三人全員、どう対処するのがベストなのか「うーん」と考え込む感じになってしまった。代々木のことを気にして見てきたベテランの俺でも、どうすれば問題なくあいつの真意を引きだせるのか見当もつかない。

 そして話し合った結果、今まで渡部がやっていたように、代々木に問いかけることなく様子を見るというのを、三人がかりでもう少し継続してみようというので、とりあえず決着した。

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