沖原③
放課後、俺たちは廊下の、他の奴に話を聞かれなさそうなエリアに集まり、渡部が説明を始めた。
「前に放課後に委員会の仕事があって、遅い時間に教室に戻ってきたことがあったんだけど、代々木くん一人だけがまだ帰らずに残ってたの。それで、私は出ていく前に机やカバンの中を整理する必要があったんだけど、代々木くんと席が近かったしさ、その間黙ってるのも無視してるみたいだし、しゃべったことがほとんどなかったからいい機会だと思って、話しかけたんだ。何を言おうかちょっと困ったけど、いつも無表情でつまんなそうなんで『学校、楽しい?』って訊いたら、『楽しいわけない』って答えたから、やっぱりそうなんだとか思いながら話を続けたら、なんか代々木くんの言うことが変なの」
「変?」
滝沢が、尋ねるのと相槌の中間のような声を発した。
「うん。少しして意味がわかったんだけど、例えばさ、子ども時代にずっと貧乏だったら、大人になったとき平均的な生活でも、良くなったぶんだけ幸せを強く感じられるんじゃない? それと同じ感じで、先々幸せを実感できたり、いろんなありがたみなんかを理解できるように、学校はわざとひどくておかしな場所にしていると思ってたみたいなの」
「え? 何だよ、それ」
俺はそう言葉を漏らした。
「変だよね? だから私、学校におかしな部分があるとは思うけど、そんな理由でわざわざひどくなんてしてないでしょって言ったんだ。そしたら、私が冗談を口にしたみたいな様子になってさ。代々木くんのその態度が冗談なのかとも思ったけど、とにかくそんなはずはないって念を押したら、やっと信じてくれたみたいだけど、同時にショックを受けた雰囲気になっちゃって。余計なことしちゃったかなと思いながらも、とりあえずその日はそれで終わったんだけど、翌日に代々木くんが学校を休んだの」
「ああ、確かに珍しく休んだときあったよな、あいつ。あの日か」
学校がつまらなそうでたくさん欠席するふうの奴に限って、逆に皆勤賞だったりするのはよくある話じゃないだろうか。たしかあいつは一年生のときは一日も休んでおらず、まさにそういうイメージだったから、休んだとき俺の中ではかなりの驚きで、はっきり記憶に残っていたのだ。
「で、それは前の日の私の発言のせいで、もしかしたらその先もずっと学校に来なくなっちゃうんじゃないかと思って、焦ってさ。休んだのが金曜日だったから、休日明けの月曜日、どうか来てくださいって密かに願ってたら、来たのは来たんだけど、今の変化したあの姿だったんだ」
俺と滝沢が怪訝な表情で自然と顔を見合わせたら、渡部は俺たちの疑問の解答を述べるようにして続けた。
「つまり、学校は敢えてひどい環境にしてて、楽しむようなところじゃないって意識だったから、それに合わせるように代々木くんは地味なガリ勉ふうの格好にしていたけど、楽しんでもいい場所だとわかったんで、普通な感じになったんじゃないかと思うの」
「ああ……」
言ってることは理解したが、俺はいまいち納得できなかった。
「でもさ、例えば遠足とか運動会とか、生徒を楽しませる気満々な部分だって学校にはいっぱいあるだろ。あいつ自身は楽しくなかったとしても、学校が計画的にひどい場所にしていると思ってたなんて、やっぱりおかしいんじゃねえか?」
「いや、そういう見方もできなくはないよ。うちの学校はそんなに厳しくないから感じにくいけど、校則で髪型や服装を細かく規定したり、一般社会よりも管理する面が強いから、学校は刑務所的で良くないって批判をする人もいるんだよ。よく知らないけど、刑務所だって運動会みたいな多少の娯楽だったらあるでしょ」
滝沢が俺にそう語ると、渡部のほうを向いた。
「だから代々木が学校をひどい場所だと考えていたことを間違っているとは言いきれないけど、先々幸せを感じられるようにといった理由や、他の生徒みんなも自分と同じように学校を見ているという勘違いはしてたみたいだから、志帆のおかげでその誤りに気づくことができたわけでしょ? じゃあ、ショックにさせて一日休ませることにはなっちゃったにしても、今後みんなと一緒の感覚で学校生活を楽しんだりできるなら、良かったほうが何倍も多いんじゃない? みんなの輪に入っていこうという気持ちで普通の見た目になったのかもしれないし、もうそんなに気にする必要はないんじゃないの?」
確かに。
「そうだよ。姿が変わってからけっこう経って、全然問題はなさそうなんだからさ」
俺も言った。
しかし、渡部は再び思いつめたような表情になった。
「私も、代々木くんの変化で混乱はしたけど、心配なさそうで安心しかけてたんだよ。でもね、続きがあって、その後また委員会で遅くに教室に戻ってきたときがあったんだ。その日は代々木くんも他の誰もいなかったんだけど、私の席のすぐそばの床にノートが一冊開いて落ちてたの。それで拾って、見たら、そのノートは多くの人が使うメジャーなメーカーのじゃなくてね、ふと気がつくと代々木くんの机の中から同じノートが半分出て、下に落ちかかってたの。どうやら誰かが代々木くんの机にぶつかってそうなった感じで、二冊とも代々木くんの机の中に入れたんだ。ただ問題は、床に落ちてたほうのノートは開いた状態だから目に入っちゃったんだけど、そこに『バカな学校』とか、『だまされた』、『許せない』、『復讐計画』、『この革命は100%うまくいく』なんて言葉が乱暴な字で書かれてあったの。でね、気になって家に帰ってから考えたんだ。代々木くんにとって学校はひどい場所で、でもそれは後々プラスになるようにっていう理由があると思ってたから、仕方なく我慢して受け入れてきた。なのに、その理由が実際はないんだとしたら、学校は単純に自分にひどいことをしてきたし、今現在もしてるってことになるでしょ? だから、ノートに書いてあったように、復讐みたいなことをするつもりなんじゃないかって」
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