第25話 七緒少年とゾンビ化に抗うひと
剣士コーラルは4階建ての集合住宅へ入り込み、片っ端から台所を物色していく。
台所には大概、買い物カゴがあり、その中に依頼されたブツを突っ込んでいった。
家の者は皆逃げてもぬけの殻だ。
誰も彼の暴挙を、見とがめる者はいない。
コーラルは両手いっぱいに「買い物カゴたち」を抱えながら、困惑の色を滲ませた。
「俺、一体なにやってんのー!?」
*
「ふー、ふー、ふーっ」
星形の御守り、塩の瓶、包丁。
ぼくは、それらの気脈(魔力)を慎重に繋げていく。
続けて、ゾンビ化を発症した母と子に繋げて
「立てますか、気持ちをしっかりっ。
これから向こうの用水路まで行きます!」
「ひいっ、何も見えないの、何もっ」
「お母さんどこ!? お母さんっ!?」
「大丈夫ですっ、ぼくが2人の手を引きますからっ。
さあ立って早く!」
親子の手を引き、渦中の広場を通る。
ぼくめがけて襲い来るゾンビは、全てお師さまが吹き飛ばしてくれた。
肉片が降り注ぐなか用水路に着くと、岸に生えた樹木の根元に座らせ、樹と2人の気脈をループさせる。
「いいですか、カゴをしっかり持ってっ。
この樹から2人とも離れないでっ。
大丈夫です、必ず助かりますから!」
「ひいいいいっ」
「うわあああああんっ」
ぼくは「絶対助かる」ともう一度声をかけ、次の発症者の元へ駆けた。
そこへ買い物カゴを山ほど抱えた、コーラルが並走する。
「おいガキっ、星やら塩やら持ってきたぞっ」
「ありがとうございますっ」
ぼくとコーラルは、壁際でうずくまる者たちの前にしゃがんだ。
ぼくがさっそくコーラルの持ってきた、「星と塩と包丁」を気脈で繋ぎ合わせていく。
気脈の見えないコーラルは、ぼくが何をしているのか、さっぱり分からなかった。
何だか指先を伸ばして、下手くそな「エアあやとり」をしているようにしか見えないと思う。
「お前、何してんの!?」
「えっと、えっと……これで何んとかなるんですっ」
「まじかー、訳わかんねーぜ、ちくしょーっ。
おい、まだ星はいるのか!?」
「お願いしますっ」
「おう!」
ぼくは女性2人へ御守りを繋げると、母子と同じように手を引き、用水路の木々を目指した。
しかし1人が、足をもつらせ転んでしまう。
「足が動かないのっ」
「大丈夫ですっ、ぼくの手をしっかり握ってて下さいっ。
そのまま引っ張って行きますからっ」
ぼくは右手で女性を引き、左手で転んだ女性を妖狐の力で引きずっていく。
すると手を引いていた方の女性が、いきなり持たせていた買い物カゴを投げ捨てて、ぼくの手も振りほどき走り出してしまう。
「きゃあああああああああっ」
「ああ、待ってっ!」
四方から聞こえてくるゾンビの叫び声に、目の見えなくなった彼女は耐えられなかった。
お師さまが粉砕したゾンビの骨片が顔に当たったみたい。
その途端、走り出す衝動を抑えきれなかった。
けれど視力を失っているため、彼女は直ぐにバランスを崩して転倒してしまう。
「ひいやあああああああっ」
そんな彼女の襟を、フーリーさんがむんずと掴んで、こちらまで引きずってくる。
途中襲い掛かるゾンビは、片手で刀を扱いバラバラにしていった。
襟を掴まれた女性は、ゾンビに捕まったと思ったのだろう。
手足をばたつかせて必死に抵抗するけど、フーリーさんは意に介さない。
「フーリーさん!」
「向こうへ引きずれば良いんだな」
「はいっ」
樹木へとたどり着き一人を樹とループさせた後、フーリーさんの引っ張ってきた女性を妖狐の眼で見つめる。
彼女と星の御守りとの繋がりが、切れてしまっていた。
たぶん投げ捨てたときに途切れたのだろう。
ぼくがもう一度繋げようとすると、彼女が暴れた。
御守りの入った買い物カゴを、手で振り払い立とうとする。
「いやあああっ、助けてええええ!」
「落ち着いて下さいっ、暴れないでっ」
「やめてええええっ」
「ナナオを、
フーリーさんはそう言うと、女の人のアゴ先へ刀の柄を激しくぶつけた。
綺麗に入って脳が揺れ、女の人が気を失う。
「これでいい」
「あ、ありがとうございますっ」
ぼくは気絶した女性を樹に寄りかからせて、ループ処置を施すと、また広場を駆けた。
かなり1人に手こずってしまった。
その分だけ他の発症者が手遅れになる。
先ほどまで、壁際で怯えていた人たちの何人かがいない。
完全にゾンビ化して、歩き去ったのだろう。
ぼくは半地下へと通じる階段にうずくまる、小さな女の子を見つけた。
できれば子供から先に見つけたいけれど、そう都合よく子供の発症者から見つかる訳じゃない。
ぼくは買い物カゴを急いで取りに行き、女の子の元へ駆け戻る。
しかし戻るとその場所にはもう、小さな女の子の姿はなかった。
「あああ……」
言いようのない無力感が、ぼくを襲った。
あともう少し……せめてあと1分早く見つけられていたら、助けられたかも知れない。
そう思うと足元の地面が、ぐにゃりと歪んだように感じられた。
立っているのが辛い。
だけど立ち止まっている時間は、ぼくに無かった。
「くううううううっ」
ぼくは歯を食いしばって、広場を駆け出す。
次の発症者の元へ、泣きながら駆ける。
ぼくは植え込みに隠れるようにして、うずくまる女性を見つけた。
顔色が異様に白く鼻血も出していて、瞳も完全に白濁している。
もうとっくに、ゾンビ化してもおかしくない状態だった。
それでもまだ震えている。
まだ怖がっていた。
ゾンビ化に抗おうとするように、意識を保っている。
何が彼女を、そこまで抗わせるのか?
ぼくは彼女のお腹を見て絶句する。
彼女のお腹は大きく膨らんでいた。
「妊娠している!」
もしお母さんがゾンビ化したら、お腹の子はどうなるのだろう?
そんな事、ぼくには分からなかった。
けれど分かる事が一つ。
彼女は自分のためではなく、我が子のために必死に抗っているんだ。
「ぐっ……」
ぼくは買い物カゴの丸い取っ手を握りしめて、彼女の前にしゃがみ込む。
カゴから星のオブジェや、塩の瓶を取り出し、気脈を繋げ始めた――
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