第21話 七緒少年のともだちリュイエール


ぼくは愛刀フーリーンを青眼に構えて、襲い来る「2次ゾンビ」を見つめる。


2次被害のゾンビは、何度も石畳の腐肉で転んで汚れているけれど、衣服は真新しかった。

ついさっきまで、爽やかな空色のワンピースだったんだなと思う。

片方のサンダルが脱げていても、女の人は気にしていない。


ゾンビに嚙まれた事により、「腐蝕死ゾンビー」の呪いが体中に回って、彼女の意識は散り散りに消え失せてしまった。

肌がろうのように白くなっているけれど、至る所で走ったためか、頬の血色が良かった。


まだ彼女の中で、血潮が息づいている証拠だった。

見た目が生前と変わんない。

けれどその瞳は白濁して、鼻から大量に血を流しており、もはや手遅れだった。


さっきまで生きていた獣人を切るのは嫌だと、お師さまやフーリーさんに泣きつくわけには行かなかった。

一々そんな事を頼んでいたら、何のためにお供として来たのか分かんない。


「ふー、ふー、ふっ」


ぼくは短く息を吐き、襲い来るゾンビの脇をすり抜けながら、ゾンビの膝頭を断ち割った。

ペキリと片足が折れて、ゾンビが膝立ちとなる。


その項垂れた首めがけて、フーリーンを打ち下ろした。

ドロドロとしたゾンビとは違って、切断された切り口から、血潮が噴水のように飛び出す。

まだ心臓が動いていたのだろう。


それを見たぼくの心に、黒いおりのようなモノがこびり付いた。

それは嫌悪、罪悪感、吐き気が混じったヘドロのようなもの。

ぬちゃりとぼくにまとわり付く。


同じゾンビでも、腐肉ゾンビとは切った感覚がまるで違った。

まだ生きた肉と骨だった。

生きた獣人と変わらない。


あれほどゾンビを切って来たのに、出来たてのゾンビを一体切っただけで心が揺らぐ。

動揺して、フーリーンを持つ腕が下がりそうになる。


でも手を止めてはいけない。

止めたら3次4次と、もっとゾンビ化が広がっちゃうから。

ぼくは次のゾンビを見定め、刀の柄を握りなおす。


「ふー、ふー、ふー、うっぷ……」

「すげーなお前、まだガキのくせして、さすが岬さまのとこのガキだなっ」


いきなり冒険者から声をかけられた。

横並びに立つ剣士を見ずに、ぼくは言い返す。


「そーですよ、うっぷ。

ぼくは、お師さまとフーリーさんの弟子ですからっ、うっぷ」


「はっ、強がりやがって、吐きそうになってんじゃねえか。

一回吐いとけ楽になんぞっ」


「ぼくは吐かないです、うっぷ。

あなたみたいに」


「お前見てやがったのかよ、ちっ、しまらねーなっ。

お前も吐き友になっとけっ」


「嫌ですよ、うっぷ。ぼくは絶対……うっぷ」

「はー、生意気なガキだぜっ」


絡んでくる剣士を無視してもいいけど、ぼくはそうしなかった。

剣士がぼくを、気遣ってくれていると分かるから。


戦場で兵士が軽口を言い合うのは、敵を舐めているからじゃない。

そうやって緊張をほぐし合わなくちゃ、体が強張って上手く動けないからだった。

動けなければ死が待っている。


剣士が声を掛けなければ、代わりにお師さまがぼくに声を掛けていただろう。

ぼくは軽口を言い合って、幾分か気持ちが楽になる。

お礼代わりに憎まれ口を叩いてあげる。


「ゾンビに嚙まれたら、ぼくが切って上げます」


そう言ってちらりと剣士を見た時、ぼくは剣士ごしに見てしまった。

思わず2度見したけど間違いない。


「あの子は!」


お師さまとフーリーさんから離れないと約束したけれど、ぼくは一人で駆け出した。

剣を交えずにゾンビをかい潜り、向かう先はとある家の玄関先。


木製の扉がほんのちょっと高い位置にあり、階段が3段付いている。

その石段の脇にうずくまる、少年の元へ駆けた。

少年の前へかがみ込み、下唇を噛む。


「そんな……っ」


間違いない、ぼくの顔見知りだった。

朝、ぼくがサーファーさんで街へ買い物に来たとき、浜で挨拶した子供の一人だった。

サーファーさんが大好きで、よくサーファーさんをジャングルジムのようにして遊ぶ子だ。


辺りを見る。

親はいない、この子一人だった。

恐らく逃げ回るうちに、はぐれてしまったのだろう。

少年の腕は、ゾンビに嚙まれて出血していた。


「リュイエール分かる!? ぼくだよ七緒だよっ!」


声をかけるけれど反応が鈍い。

獣耳がたれ、尻尾も内側へ丸まり、激しく怯えている。

自分の中の変化に、意識が持って行かれているのだろう。


今のリュイエールはゾンビ化が発症して、初期症状の中にあった。

体がゆっくりと、死を受け入れているのだった。


目が見えなくなり耳も遠くなる。

ぼくはリュイエールを揺さぶり、もう一度大声で名前を呼んだ。


「リュイエールっ!」


「ああっ、その声はナナオ!? ナナオなのっ!?

どこにいるの、ぼく目が見えないんだっ!

怖いよナナオっ、ぼくどうなっちゃうのっ!?」


「リュイエールしっかりっ!」


リュイエールの青い瞳は、まだ白濁していない。

だけどもう夜の光量では、ものが見えないようだった。

何も見えない眼から大粒の涙があふれる。


「助けてナナオっ」


発症してから初期症状の時間は10分。

まだ眼球が濁っていない所からすると、発症したばかりだろう。


しかしぼくが来たとき、丁度発症した訳じゃない。

発症してから何分たったの?……1分?2分?

いやもっと前かも知れない。


絶望的だった。

僧兵は必ずやってくるとしても、あと数分以内にくるなんて事は無いだろう。


「どうすればっ!?」

「怖いっ、怖いよっ、助けてっ」


一体どうすれば良いのか?

混乱するぼくの前で、リュイエールの鼻からたらりと血が流れ始める――





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