第20話 地下墓地(カタンクーペ)
旧市街区の外れに宿舎があり、そこに常時300名の修道院僧兵がいる。
しかしこれだけでは圧倒的に数が足りないので、予備役を使う。
旧市街の中央に建つ教会。
その真下には、巨大な
カタンクーペには過去に落命した30000名の僧兵が眠っており、彼らは死してなお、旧市街区の守護者としてそこに保管されているのだった。
地上の教会から命令を受けた動く屍たちは、身を軋ませて暗い地下道を歩き、地上を目指す。
骨だけの体に生前同様の修道服をまとい、その上にチェインメイルを着込んでいた。
手には金属製の
旧市街の地下には網の目のように地下道が張り巡らされており、予備役の
街の広場、図書館、公園ベンチの脇、裏通りの行き止まり、老舗パン屋の床下。
あらゆる場所に出入口があり、そこから続々と僧兵が地上に現れた。
*
お師さまが僧兵の出てくる様子を、屋根上から見つめて歯嚙みしている。
「やっぱり、これじゃ僧兵を外に出せないわっ」
城壁門では、今もまだ群衆が切れ間なく密になだれ込んでいた。
現役の生きている僧兵たちが、何とか流れを割って道を作ろうとするけれど、恐怖に駆られた獣人たちの足を全然止められない。
これではアンデッド僧兵を新興街区へ出せなかった。
「獣人たちを入れる前に、僧兵を出すべきだったか」
「同じことよフーリー。
門の前は、既に群衆で埋め尽くされていたのだもの。
開けたらどうやっても、こうなるわ。
ああっ、だからスタンピードの前に、出せって言ったのにっ。
ヒューデルタのヤツっ!」
こうなると、群衆の流入が穏やかになるのを待つしかなかった。
悔しがるお師さまは、フーリーさんとぼくへ顔を向ける。
「フーリー、ナナオ。
ここは僧兵に任せて、私たちは新興街区へ戻るわよ。
僧兵が来るまでに、一体でも多くゾンビを倒すの」
「承知した」
「はいお師さまっ」
「ナナオ、ゾンビに嚙まれて発症するまでに40分。
発症しても初期ならまだ助かるわ。
見ればすぐ分かる。
発症して、変化していく自分に怯えているから。
だから見つけても、怯えているなら殺さないで。
僧兵が駆け付ければ、治療が間に合う」
「はいっ、あの初期って、どの位の時間なんでしょうか?」
その問いに、お師さまは苦々しく答えた。
「……10分よ」
「10分!?」
ぼくは10分と聞いて、顔が青ざめる。
たったの10分。
それはもう絶望にしか聞こえなかった
けれどそれでも、やらなきゃいけない。
「発症して10分経てば正気を失い、もう戻れなくなる。
そうなったらナナオ、
「くうっ」
*
イヨールの夜を襲うゾンビの被害は、拡大の一途をたどっていた。
あれほど岬の魔女をあざ笑っていたハンターギルドの冒険者たちが、今は最前線に立ち、剣やハンマー、斧を振るい続けている。
その眼は皆、一歩も退かぬ固い決意を宿していた。
腐っても、街を守る気概は残っていたようだ。
だが食いしばる歯の間から、焦りの唸り声が混じるようになる。
ゾンビの中に、段々と綺麗な身なりのタイプが増えてきた。
「2次ゾンビだっ。
嚙まれた奴らが、どんどんゾンビになってやがるっ!」
「ふざけんなよっ、あいつパルメ通りのテレサじゃねえか!?
サーシャもいるっ!?
くそくそくそっ……バカヤロウっ、くんなっ、くんなーっ!」
冒険者もこの街に住む獣人たちだ。
それぞれに生活があり、馴染みの通りには行きつけの飲み屋もある。
好みのパン屋だってあるし、たまには女のために花だって買う。
そんな日々の顔なじみの者たちが、手遅れとなりゾンビ化していた。
白濁した眼で、訳の分からぬ叫び声を上げながら、冒険者たちへ走りよってくる。
ギルドの者たちにとって、ゾンビを切り伏せるのは容易いだろう。
しかしこの様な形で、知人を、友人を、もしくは夜を共にした女たちと、別れを告げるとは思ってもみなかった。
凶悪な魔物と対峙した恐怖とは、全く別種の恐れで冒険者たちの手が震える。
ゾンビ化した、テレサとサーシャを切り伏せた冒険者が、その場で吐いた。
「くそおおおっ……僧兵はまだかっ!?
まだなのかああっ!?」
「泣き事をいう暇なんてあるの?
あなたがいれば、この街は守れるんでしょ?」
男へ冷たく放たれた女の言葉。
誰かと思えば、男をぶっ飛ばして堤防から落とした、あの女がいた。
男は眼を見張る。
女の全身が、腐肉まみれだからだ。
一体どれだけ、ゾンビを倒せばそうなるのか。
凄惨な女の立ち姿に、男は身震いする。
「私に絡んだ元気は、どこへ行ったの?」
「お……お前は、岬……さまっ」
岬さんよ~っと絡んでいた男が、今度はちゃんと「さま」を付けた。
「もたもたしているけど、僧兵は必ず来るからっ。
あたしが見てきたからっ。
だから来るまで、意地を見せなさいよっ」
「くっそお、あんたすげえよっ、あんた岬さまーっ!」
「泣くなバカっ」
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