第18話 旧市街区


「無いよね……そんなこと?」


自分の何気ないつぶやきから、ひょっとしたらひょっとしてと、真剣な顔つきになるお師さまだった。


「ありえるの? いやまさか……う~ん」


そこへ残りのゾンビも片付け終わった、フーリーさんが近付いてくる。

あるじの様子に気づき、顔を覗き込んだ。


「どうした、あるじ?」

「いや……う~ん、ちょっと聞いてよフーリー」


お師さまが自分の懸念を話すと、表情の乏しいフーリーさんは少し遠い目となり腕を組んだ。

そして首をかしげた。

かしげた顔をゆっくりとお師さまに戻して、一言。


「あり得る。旧市街はこちら側を恨んでいる」

「うわやっぱり? わあ……」


こうも困っているお師さまを見て、ぼくも聞かないではいられない。


「お師さま、恨むってどう言うことですか?」

「ん? う~ん、フーリー」


面倒くさい説明はフーリーさんにお任せ。

ぼくも慣れたもので、「あ、こりゃ長い話だ」と察した。

フーリーさんは嫌な顔一つせず、めんどい説明をしてくれる。


「街の東。その外れに、城壁で囲まれた旧市街がある」


それはぼくも知っていた。

壁の向こうには、イヨールの街とは少し趣の違う街並みが広がっている。

ちょっとロマンティックで、アンティークな街並み。


神社の神使だったぼくとしては、その古風な感じが心地よかったりする。

フーリーさんの話は続く。


「元々“イヨールの街”とは、あの旧市街だけを指す言葉だった。

それが海上輸送が盛んとなり、この街が貿易の中継地として注目され始めてからは、爆発的に獣人の流入が増えた。


その結果、旧市街に入りきれない者たちが溢れて、城壁の外に“街”を勝手に作り始めた。

それが今のイヨールだ。


初めは旧市街の力が上だったが、新興の街が大きくなるにつれて、その力関係が逆転した。

取引において新興街の商人が、旧市街の商人を軽く見るようになる。


それとイヨールは貿易で栄えると同時に、観光地としても栄えた街だ。

その最大の目玉は、旧市街にある聖地。

これがまた旧市街と新興街の、軋轢あつれきを生む点となっている」


「あつれきですか?」


「そうだ、観光客は聖地目当てでくる。

しかし客が泊まるのは旧市街の宿ではなく、新興街の宿だ。

宿や食事、土産物など全てにおいて、新興街の方が安くて質が良い。


そうなると客は、新興街ばかりで金を落とすようになる。

これは旧市街から見れば、新興街が旧市街をダシにして、金儲けしているようにしか見えない」


「そんなー」


旧市街から見たら、新興街の者は全て他所から来た邪魔者。

つまりお師さまを「余所者」扱いした新興街の冒険者も、旧市街の人から見たら余所者なのだった。


余所者である新興街の者たちが、さもここは自分の土地だと誇ること自体、旧市街の者たちから見たら気に食わない。

ここでお師さまが語る。


「もし私がね?

例えば私が旧市街の人間で、新興街のこと“ムカつく”って思ってたら、どうするかって言うと……


新興街でゾンビ? へえ、そうなんだ。

じゃあ、暫く放っておこう。

ていのいい間引きになる。

聖地は旧市街にあるんだから、新興街がボロボロになっても、何とでもなるでしょ。

って思うかもしれない」


ぼくはお師さまを、すんごい顔で見てしまった。

そんなことがあり得るの?

そんなの獣人の命なんて、何とも思ってないじゃないかっ。


「お師さま、性格が悪いです」

「だから例えばだって、例えばの話なんだからっ」


例えとは言ったものの、お師さまとフーリーさんはその可能性を真剣に考えている。

そしてドン引きしたぼくも、そんな酷いことは無いと言い切れなかった。


ぼくはこの世界に転生してきて、肌で感じる事がある。

それはヒノモトに比べて、こちらの世界では人の命が恐ろしく軽いと言うこと。


「……ごめんなさいお師さま、ちょっと言い過ぎました」ぺこり


素直に謝る7歳児に、お師さまが焦る。


「いやいや、あやまらないでよ。

あのね、私が言っておいてあれだけど、

ナナオはちょっと物分かりが良すぎだわ。まあ中身のせいだろうけど……


でも見た目が見た目なんだし、もうちょっと駄々をコネたっていいのよ。

せっかく可愛い顔をしているんだから、もうちょっとスネた顔をしてもいいと思う。

て言うか、そんな顔が私は見たいっ」


「ええー」


暫くお師さまがウザ絡みで変な要求をし、ぼくが嫌がっていると、フーリーさんが頃合いを見て尋ねる。


「であるじよ、どちらへ行く?」


どちらとは、このまま予定通りに巨大魚へ向かうか? 

それとも旧市街へ確認しに行くか?

その2択を問うていた。


「え、う~ん……どうしよう」


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