第16話 七緒少年のお師さまは、役立たずで人でなし


ゾンビうごめく裏通り。

そこへ降り立ったお師さまが、後ろから見ていてもリラックスしているのが分かる。


黒い尻尾もいつも通りで、ゆったりとそこにあった。

普段とはまるで違う光景の裏通りに、普段と変わらぬお師さまが立っている。


その堂々とした立ち姿が頼もしくて、ぼくはたまらず尻尾を振ってしまった。

お師さまのゆるふわな両手の袖口から、ジャラランと硬い音を立てて、黒い鎖が垂れ下がる。


長さはそれぞれ1mほど。

一つ一つの金属の輪が太くてがっしりとしていて、どんな猛獣も縛り付けておけそうなゴツイ鎖だった。


これがお師さまの慣れ親しんだ武器であり、そしてお師さまの体の一部だった。

お師さまは「黒獣バーゲスト」と言う獣人種で、生まれながらにして「鎖」と共にあって、体のどこからでも鎖が出せると言う特異体質を持っていた。


以前一緒にお風呂へ入ったとき、手首から直接ジャラリと鎖が出てくるのを、ぼくは見せてもらった事がある。

「本当に、何処からでも出せるんですか」って聞いたら、「何処からでも出せるわよ」と言って、本当に色々な所から出していた。


鎖が出る箇所で特にびっくりしたのは、あ――

おっといけない、今は戦場だったとぼくは気持ちを切り替える。

ぼくも腰に下げている、愛刀「フーリーン」を抜き放った。


フーリーさんに群がっていたゾンビたちが、こちらに気づき、訳の分からない叫びを上げて襲い掛かってくる。

柄を握りなおし構えるぼくの前で、お師さまの「悪霊の鎖ゲーストチェーン」が唸りを上げた。


両手に下げられた鎖を、ヌンチャクの如く乱舞させる。

高速で円運動する鎖の先端が、ゾンビの顎先あごさきにヒット。


その瞬間、下顎が吹き飛び、ゾンビは体をねじらせ大きくバランスを崩した。

間髪入れず下がった頭へ、2撃目を叩き込む。


遠心力で増幅されたチェーンの破砕力は、卵の殻みたいに、易々とゾンビの頭蓋ずがいを砕いた。

お師さまの紅い瞳は、もう別の獲物へと向けられている。


軽くステップを踏み前へ出ると、群がるゾンビを次々と鎖の餌食にしていった。

手首のスナップで鎖の先端がかすみ、ゾンビたちの体を削り取り、陥没させ、ぐずぐずの肉塊へと変えていく。

その凄まじさに、ぼくは心の中で叫ばずにはいられない。


(圧倒的ではないですかっ、我がお師さまはーっ!)


弟子としては何時いつまでも見惚れていたいけど、滅茶苦茶ゾンビの臭気が目にシミる。


「うへえっ」


特にお師さまの戦闘スタイルは、一撃入れるごとに肉片やらモロモロが飛び散り、臭気も増して周りがえらいことになっていた。

ヒノモト生まれのぼくは、お師さまの戦いっぷりを、フタを忘れたミキサーみたいだと思った。


あの破壊と臭気の中心で、お師さまは目がシミないのかな?

そう思っていると振り返ったお師さまは、丸眼鏡のゴーグルを付けていた。


「さすが、お師さまっ!」


戦場でぼくは、吞気に実況めいた事をしているけれど仕方がない。

身構えるぼくの前には、一体のゾンビもやって来ないのでした。


それもこれもお師さまとフーリーさんが、全て片付けてしまうから。

フーリーさんもお師さまの従者として、太刀筋が凄まじく、ゾンビが見る間に細切れになっていく。


そんな2人を見守るぼくの足元に、小さなヤドカリがやって来た。

「こんな所にヤドカリ?」と思っていると、ぼくのサンダルをつついてくる。


ひょっとしてコレもスタンピードなのかなと、摘み上げて鼻を近づけてみたら、つんと目にシミた。

ぼくはどうしようかと迷いつつ、地面に置いて刀の先で叩く。


「えいっ」


これがぼくの初手柄だった。

通りのゾンビ50数体をあっという間に片付けてしまうと、お師さまがほっと一息つく。


「ふう……臭くて、鼻がバカになりそう」


通りはゾンビの肉片が飛び散り、ぐちゃぐちゃ。

お師さまの黒いブーツも、腐肉まみれでぐちゃぐちゃ。


「フーリー、この小道にはもうやって来ないようね」


「街の道は無数にあり入り組んでいる。

各々の場所で暴れている事でしょう」


「全体像が分からないと、やりにくいわね。

一つ一つ潰して行くしかないのか。

明日の朝までにはお風呂に入って、このくっさい臭いを洗い流すわよフーリー」


「承知」


お師さまがフーリーさんとぼくを連れて、立ち去ろうとすると、慌てて声をかける人たちがいた。

それは逃げ惑っていた獣人たち。


「おい待ってくれっ!」

「俺たちを置いてどこへ行くんだっ!?」

「勝手に行くな、危ないだろうがっ!」


その声にお師さまは、面倒くさそうに振り向く。


「私たちはもっと奥へ行くの、魚の落ちた方へ。

一緒に来るなら守ってあげるわ」


「何言っているんだ!? 行くわけないだろうっ!」

「あんたは俺たちを守って、安全な場所へ逃がすべきだろうがっ!」


お師さまは、心底不思議そうな顔をする。


「何でそうなるの?」

「当たり前だろっ。俺たちを守る、それがハンターギルドだっ!」


どうやらぼくたちを、ギルドの冒険者と思っているみたい。

男の人たちが苛立ちを隠さずに怒鳴り散らす。


「お前らはそのために、街の金で雇われとるんだろうがっ!」

「黙って俺たちを案内しろっ」

「こんな時に役立たなくて、いつ立つんだっ」

「金食い虫どもめっ!」


お師さまはそこで、あからさまな溜め息をつく。

ここに来て55年間、街に何事も無かったのがアダとなっていた。

こいつらは――この街の連中は、普段の冒険者組合ハンターギルドが何をしているのか、全く理解していない。


冒険者たちは人知れず山奥や沖を見回り、スタンピードが起きないよう魔獣や魔物を間引きしていた。

その地道な努力があったからこそ、55年の平穏があったのだった。


だけどその安寧あんねいが長く続いたばかりに、それが水や空気のように当たり前だと思っている。

安全や安心が、タダだと思っている。

ギルドはその間、何もせずにただ街の金を食い潰していた、厄介者だと思っているのだった。


お師さまは真っ赤になって怒鳴り散らす男に近づき、鎖を男の足に引っかけすっころばせる。


「ぐがっ、なにを――ふぎゃっ!?」


文句を言いながら起きようとする男の顔を、お師さまは、腐肉まみれのブーツで踏んづけた。

ぐりぐりしながら、獣人たちを見据えて声を張り上げる。


「良く聞きなさいっ。

助かる方法を教えてあげるわ。

今すぐ通りの店や家を漁って、剣でも斧でも持って来なさい。

なければ台所から、包丁でもフォークでもいいわ。


とにかくそれを持って、ゾンビが来たら戦いなさい。

戦いながら山へ逃げるの。


特に男たちっ。

守りたい女や子供がいるのなら、死ぬまで戦いなさいっ。

自分が生き残れるなんて思わないで。

これが私の知るただ一つの方法よ。以上っ!」


お師さまは言うだけ言ってウインクすると、フーリーさんとぼくを連れて、さっさと壁を登り屋根に上がってしまう。

後に残された獣人たちが、お師さまを「役立たず、人でなし!」って罵るのが聞こえた。





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