第15話 七緒少年とフーリーさん、お揃いの剣


ある種の海の魔物にとって獲物を丸呑みにしたあと、そこからが楽しみと言えた。


ある魔物にとってエサは、完全に溶かして養分とするのではなく、じわじわと溶かして苦痛を抽出するものだった。

その苦痛から生まれる狂気が、魔物の糧となる。


だから極弱い胃酸でじっくりと溶かす。

その際、意識を保ったままでの「ゾンビ化処理」が胃の中で生餌に施された。


こうすることで丸吞みにされた者は、1000年もの時間をかけて溶かされ続けるのだった。

この過程でエサたちは、まず間違いなく100%発狂する。



    *



ぼくたちが向かう途中で、街を揺るがす破裂音が響き渡った。

それは空気にしっかりと衝撃波を作って街へ広がり、ぼくの腹までずどんと揺らす。


「お師さま今のは!?」


尻尾をピンと立たせて聞くと、お師さまが立ち止まり鼻を摘まむ。


「におうわね」


お師さまが言う通り、辺りにうっすら臭いが立ち込めてくる。

フーリーさんがチラリと上を見て、お師さまとぼくの袖を引っ張った。


直ぐ近くの扉を蹴り破り、中へと連れ込む。

何事かと思ったら、夜空からびちゃびちゃと赤黒い雨が降ってきた。


「うわ臭い!? 何ですかこれーっ!?」


ぼくは物珍しさで食い入るように見つつ、家の奥へと後ずさる。

雨が放つ強烈な悪臭に、鼻がぶん殴られたような気がした。


「眼がしみるー!」


それは魚が発酵したような、強烈な刺激臭だった。

臓物と肉をお構いなく混ぜて、日向に放置したような臭い。


以前ぼくがナマコの塩辛(かめ仕込み)に失敗して、台所に充満させた臭いに似ていた。

お師さまは思い出したかのように、あの時は最悪だったと、ぼくに文句を言ってくる。


「いい? あれは二度と作らないでっ。

チーズに臭いが付くから」


「えー、今それ言うんですか?」


「当たり前でしょ。

この臭いのせいで今夜、街のチーズが全滅だわ。

私、今すごく頭に来ているのっ」


「えー」


巨大な深海魚の落ちた通りから、我先にと一般の獣人が深夜の街を逃げてくる。

大通りはもとより、そこからの横道や曲がりくねった裏路地まで、獣人たちでごった返していた。


絶叫、悲鳴、怒号、むせび泣き。

口から吐き出されるあらゆる苦痛が、街の至る所で響き渡っていた。


先に降ってきた臭い雨で石畳がぬるりとテカリ、多くの人が勢い良く足を滑らせた。

慌てて立とうとしても、後から押し寄せる人たちに踏みつけられて、二度と立てない。


雨で転び、転んだ人たちが障害物となって、逃げる人たちを更に転倒させる。

そのために通りのあちこちで目詰まりを起こし、大渋滞になっていた。


誰かが冷静になれって叫んでいる。

けれどそうさせない何かが後ろから来ていた。

逃げ惑う最後尾の獣人たちは、否が応でもそれに向き合うことになる。


「KISHAAAAACOOOOOHHッ」

「BAARRAAZZZAAAAAAAッ」


なにかが何語なんだか分からない叫び声を上げて、走り、すっ転び、また走り出す。

姿形は様々だけど、共通することは皆ヒフがとろけて、走る度にぼたぼたと剝がれ落ちていることだった。

肉の色は、緑、焦げ茶、紫と様々で気色悪い。


濁った眼はどこを見ているのか分からなくて、それでも街の人たちにしがみ付き、抱き上げて力任せに石畳へ叩きつけていた。

叩きつける際に上げる奇声は、怒りなのか、殺す喜びなのか、ただ狂っているだけなのか。


「HYAARUUUUUUURUUUtッ」


「やめて、お願いやめてええっ」

「いやああっ、痛い、痛い、痛いっ」

「たっ……助けてっ……」


ぼくはその光景を屋根の上から見て、おぞけ振るう。

両隣に立つ、お師さまとフーリーさんの袖を引っ張った。


「あれってひょっとして、ゾンビなんですか!?」

「そうみたいね、臭いの元はあれだわ。よくも街中のチーズをっ」

「ではあるじ、ちょっと行ってくる」


ゾンビたちが人びとを血祭りに上げている中へ、ぼくの隣に立つフーリーさんが散歩へ行くみたいに飛び降りていった。


「フーリーさん!」


フーリーさんは腰の剣を抜き放ち、着地で曲げた膝を伸ばすと同時に、正面のゾンビ2体を叩ききった。

闇にひらめく銘刀「フーリーのお手製フーリーン」が、今宵も冴え冴えとした切れ味を見せている。

お師さまは屋根の上からフーリーさんの立ち回りを見つめ、隣のぼくに尋ねた。


「ナナオ……あなたはまだ7歳だけれど、中身が中身なだけに、その力に問題はないわ。

けれど無理はしないで。

私とフーリーから離れないこと。約束できる?」


「はいお師さまっ」


ぼくは気合の入った返事をする。

ぼくの腰にも、ぼくに合わせてフーリーさんが打ってくれた「フーリーのお手製フーリーン」が下げられていた。

刀身が緩やかに反る片刃の剣は、ヒノモトの刀にそっくりで、ぼくは滅茶苦茶気に入っている。


「では行きましょ、ナナオの初陣」

「はい!」


ぼくの元気な返事に、お師さまが肩をすくめた。





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