第14話 スタンピードの開幕


全長300mはあるんじゃないかと思う怪魚が、街へダイブするのを皆で見つめた。

その怪魚が街並みの向こうへと落ちて、ぼくたちの視界から消えていく。


街並みの向こうで巨大な魚が、何十棟もの家屋を押し潰す轟音が聞こえた。

轟音と共に粉塵ふんじんが入道雲みたいに立ち昇り、街の灯りに照らされて奇怪なオブジェを形作っている。


港のお祭り騒ぎが一転、悲鳴と怒号が飛び交う修羅場と化していた。

破壊された屋根瓦や石材が、広範囲に飛び散って、真夜中の港で泳ぐ酔っ払いたちの所にまで、ぽちゃぽちゃと落ちてくる。


あまりにもの出来事で、「来るわけがない」とタカを括っていた酔っ払いたちは、茫然自失だった。

そんな間抜け面で立ち泳ぎしている男たちへ、フーリーさんの激が飛ぶ。


「何をしているっ! 貴様たちの出番だろうがっ!」


その声で冒険者たちは我に返って、一斉に岸へ泳ぎ始めた。

ぼくはぶるぶると震えて、お師さまを見る。


「お師さま、これがスタンピード何ですか!?」


「違うわ。海のスタンピードは通常、浜から多くの魔物が揚がってくることを指すの。

けれどこれは……確かに揚がってきたけれど……

ナナオ、他にくる様子はある?」


ぼくは慌てて、ねっとりとした夜の海原を見つめた。

最初に見つけた赤い大穴は、もう消えている。

他に海の気脈を乱すものは、見当たらなかった。


「ありませんっ」

「それじゃフーリー、ナナオ、私たちも!」


「承知した」

「はいっ」



    *



埠頭での喧嘩に参加していなかった冒険者と僧兵は、逃げ惑う一般獣人を押しのけて、一足先に現場へと到着した。

崩れかけた家屋に登り、上から惨状を確かめる。


謎の巨大魚は、港の歓楽街に落下していた。

ここら辺は夜も賑わい、人通りの多い所だ。


一体どれだけの者たちが、逃げ遅れて下敷きとなったのか。

それを思うと、冒険者たちの表情が一層厳しくなる。


自分たちはスタンピードが来ることを、これっぽっちも信じていなかったのだ。

ただ信じていたとして、この惨状を防げたのかどうか。


彼、彼女たちは、首を振り雑念を捨てる。

今は懺悔の時間じゃない。


はやる気持ちを抑えつつ、現状をできる限り冷静に見つめた。

巨大魚は、落下してからピクリとも動いていない。


体表は黒くて鱗が無く、ぬらぬらとした光沢があった。

黄緑色の大きな眼は、カタツムリのように飛び出している。


ぱっくりと割れた大きな口からは、びっしりと並ぶ釘のような歯が見え、

その歯を内側からへし折って、魚の浮袋が飛び出していた。


「深海の魚……なのか!?

気圧の変化で、目玉と浮袋が飛び出ている」


「特徴はそうだが、こんなバケモノ見たことも聞いたこともないぞ!?」

「これ死んでいるのか?」


「死んでいるようだが……あの異様に膨れた腹はなんだ?

ガスが溜まっているのか!?」


そう言って警戒する者もいれば、そうでない者もいる。

気が早く、魚へ近づく者たちがいた。


暫く何の変化も無かったが、その者たちの前で巨大魚の腹が、更に膨れ始める。

ひとたび膨れ始めると、その膨張が止まらない。


下に降りた者たちは飛び退き非難するが、一人足を滑らせて逃げ遅れてしまった。

誤って家屋の瓦礫と、膨張する腹の間に足を挟まれてしまう。


「くっ、この」


膨れる腹は風船のように皮がどんどん薄くなり、向こう側が透けて見えるほどだった。

逃げ遅れた男は、完全に腹と瓦礫の間に埋もれて動けなくなった。


男は窒息する恐怖と、苦しみの中で見る。

半透明の薄皮一枚へだてた向こうで、苦悶の表情を浮かべる異形の者たちを――


次の瞬間、巨大魚の腹がバツンと弾けた。

その勢いで、魚の胃の中で未消化だった大量の活餌いきえたちが、どっと街へあふれ出す。


ここからが本格的なスタンピードの開幕だった。

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