第6話 七緒少年とサーファーさん


朝の掃除を終えて一休みした後、ぼくは街へ買い出しに行く。


「フーリーさん、何かいるものあります?」

「夜はカレーに、しようと思う」


「やったっ、イカとエピ買ってきますっ」


カレーはヒノモトの知識がある、ぼくが伝授したものだった。

異世界で手に入るスパイスはまるで風味の違うものだけど、何種類もスパイスをぶっ込み、魚介を煮込めばそれはもうカレーと言えた。

パンを浸して食べると、何枚でもペロリといけてしまう。


ぼくはうきうきで麻のカバンを斜めがけして、藤のカゴを持ち、キッチン脇にある木戸を出た。

館の周りには、中庭とは別に自然豊かな敷地が広がっている。


自然豊かといえば聞こえは良いけれど、要するに手入れもせず草がぼうぼうなのだった。

いくらぼくが掃除好きでも、一人では庭木まで手が回らない。


まあこれもありのままの鎮守の森と思えば、趣が感じられるんじゃないかな。多分

ぼくはタンポポさまの事もあり、本気で館を“ケイダイ”と思っている。


南↓へ向かえば、館の正門があった。

けれどそれでは面倒なので、すぐ東→へ折れて背の高い草をかき分け、道なき道をすすんだ。

5分ほど歩くと、ボロボロに崩れた敷地をかこむ石壁が見えてくる。


そこを乗り越えて少し歩けば、すぐ崖のフチだった。

下を覗けば、高さ30mはあるだろうか。


崖には真下に降りられるよう、つづら折りに石段が設置されている。

ぼくは手すりも無い、絶壁の階段を降りていく。


下にはちょっとした砂浜があって、そこにはお師さまが流木を集めて創造した、“樹木巨人ウッドゴーレム”が膝を抱えて座っていた。


ウッドゴーレムはぼくに気づくと、のそりと立ち上がる。

7m上から見おろす流木の巨人は、体がすかすかだった。


「港まで、お願いします」


ぼくがそう告げるとゴーレムは頷き、かたわらにある赤い小舟を脇へはさんで、波打ち際へと歩いて行く。

その後ろ姿は、まるで波乗りを愛する男のようで、ぼくは“サーファーさん”と呼んでいた。


サーファーさんは小舟にぼくを乗せると、舟を押しながらバタ足で泳ぎ、港のある街まで連れていってくれるのだ。

岬の館と街は少し離れており、湾曲した海岸線を歩くと、軽く10kmの道のりとなってしまう。


けれど海を渡るとその半分以下ですんだ。

街への買い出しは、いつもサーファーさんに頼んで行き来している。


ぼくたちの住む港の街“イヨール”は、

獣人の国「シーフォーヌ」の北↑の海岸に接する、マーヤ平野の端にあった。


イヨールから東→を見れば、マーヤ平野が一望でき、

南↓や、西←を見ればすぐ山となっている。

北↑を見れば、すぐ海だ。


このような位置にあるため、イヨールには平野で採れた作物のほかに、海や山の幸が集まり大いに栄えていた。

ちなみに西←に突き出た岬があって、その先端にぼくたちのすむ館がある。


港へ着くと子供たちが、サーファーさんを目ざとく見つけて群がってきた。

サーファーさんは港の船の邪魔にならぬよう、小舟を抱えて堤防脇の浜へあがり、そこで座って待っててくれる。

その間ぼくが戻ってくるまで、たいがい子供たちのジャングルジムとなっていた。


「ナナオだーっ」

「ナナオおはよーっ」

「サーファーさーんっ」


わらわらと寄ってくる子供たちが、ぼくに遠慮なく話しかけてきた。

ぼくも“おはよー”と笑顔で返す。

お師さまが昔、たらい回しにされて怯える赤子のぼくに、話してくれた心構えがある。


「いい? 良く聞いてね。

銀髪なんて、この世界では珍しくもないわ。

人々も水色や黄緑など、様々な髪色をしているから。


赤ん坊でなければ、喋っても何の不思議はない。

街の人々は、あなたの出自なんて知らない。


悪魔の子として、たらい回しにされた事など知らない。

だから赤ちゃんらしく、堂々としてて。

そして大きくて、カッコイイ男に育ってね」


「は……はい、でしゅー」


実際に街の人たちはぼくの事を、岬に住む魔導師がどこからか拾ってきた、子供ぐらいにしか思っていない。

お師さまの言う通り、ぼくは誰からも恐れられず受け入れられていた。


ぼくは街の人たちと挨拶あいさつするたびに、自分を見捨てずに育ててくれた、お師さまに感謝する。


「ありがたや、ありがたや」

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