第7話 七緒少年にとって怪異は日常


街の大通りで開かれる“朝どり一番市”に、ぼくはきていた。


市には水揚げされたばかりの、魚介を売る威勢のよい声。

マーヤ平野で取れた作物や、山側の段々畑でとれた果実を売る女の人の声がひびく。


そこに買い物客、観光客がどっと流れ込み、歓声、笑い声、値切り声が合わさって、何の祭りかなと思うほどごった返していた。

普段の買い出しなら、別にわざわざ市にくる必要なんかない。


けれどぼくは、街へくるとつい一番市へ寄ってしまうのだった。

この騒がしさに身を沈めていると、自分が人の輪の中にいるなあって実感できる。


そして声をかければ話すことだってできるし、触れることだってできる。

そんなもの当たり前なんだけれど、ぼくはその当たり前がたまらなく嬉しかった。


ぼくがカレーの新しい具材研究のため、タケノコを持ちめつすがめつ眺めていると、売り子のおばちゃんが話しかけてくる。


「ほらナナオちゃん、一本持って帰っておくれよっ」

「おっきいなー、うち3人だから食べきれるかなあ?」


会話は自分の見た目に合わせて、7歳の元気な男の子風味でかわしたりする。

ヒノモト時代でも、取り憑いた相手の口調を真似ていたから得意技だった。


そこに抜かりはないのです。

ぼくが「どうしよっかなあ」と首を傾げていると、おばちゃんがここぞとばかりにタケノコアピールをしてきた。


「何言ってんだいっ。この時期に、食べなきゃどうするのさっ。

旬のタケノコを食べりゃ、無病息災さねっ」


「これどうしたら、良いですか?」


「先っぽは、焼きが一番だねっ。

塩をふって食べとくれ。


真ん中は一口大に切って、カラッと素揚げで塩だね。

根っこの方は、コトコトごった煮でポトフだね。

2日目は味がしみるよ~」


「うわあ、美味しそうっ」


全部塩味じゃないですかと、ぼくは心の中で突っ込んでみる。

こんな会話をほくほく顔で続ける。


ぼくはこんな時間がちゃんと人と繋がってるって感じで、たまらなく好き。

そんなぼくの肩に、どこからともなくフラフラ飛んできたものが止まった。


何かと思って肩を見てみれば、子供のてのひらほどの小さなイエコウモリだった。

大体夕方から活動を始めるはずだから、こんな昼前から飛んでいるのは珍しい。


当のコウモリもそれは分かっているようで、くりっとした眼が半分しか開いてなくて、とっても眠たげだ。


「ファ~、ムニムニ……キキ」


鳴く声もなんだか気だるげだった。

そんな声を聞いて、ぼくの顔からホクホクが消える。

ぼくはあやかしの白狐として、鳴き声の意味が分かったりする。


ぼくはコウモリにうなずき、タケノコを買って朝市から離れていく。

向かう先は、サーファーさんの待つ浜辺ではなくて反対側。

山側の住宅地の方。


白漆喰の壁と赤い瓦屋根が、山の裾野にずっと広がっていた。

陽に照らされて、赤みのある瓦がオレンジに輝いている。


ぼくはその瓦屋根の上を、ぴょんぴょんと飛んで渡り歩いた。

イエコウモリの視点で進まないと、案内役のコウモリが、どこへ行って良いのか分からなくなっちゃうから。

そんなコウモリが、ぼくの肩で急にキキっと鋭い声で鳴いた。


「ここの家?」

「キキッ」


「そっかありがと」

「キキッ」


ぼくはくる途中捕まえた、冬蛾をコウモリに与える。

そのとき指先から妖力を注ぎ込み、蛾を青白く光らせた。


イエコウモリは光る蛾を旨そうに平らげると、ぼくの肩から飛び立ち、二軒隣りの屋根の隙間へもぐり込んだ。

役目を終えたイエコウモリは、これから二度寝を決め込むみたい。

ぼくの妖力がたっぷりこもった蛾を食べて、今年はきっと元気な子供を産むんじゃないかな。


ぼくは密集する屋根と、屋根の間へ飛びおりる。

降り立つとそこは、狭い路地だった。


陽が射さなくて薄暗く、浜から上がってきた潮風がよどんでいる。

このような暗くべたつく路地が、住宅地全体に入り組んでいて、山の裾野にちょっとした迷宮ラビリンスを作っていた。

家の前には道を塞ぐように人だかりができていて、一人がこちらに気づくとホッとしたような顔をする。


「ああ、岬さまのとこのっ。来てくれたかっ」

「七緒です。中はどうなってます?」


「もう駄目かもしれねえ。

昨日この家の者が山菜取りにいっとったから、たぶん山から、


それだけ聞いて、ぼくはこくりとうなずく。


「教会に連絡は?」

「とっくにしたさっ。けどどうせ、昼過ぎまで動いてくれねえよう」


「分かりました。

すみません、どなたか買い物カゴ持っていてもらえますか?」


ぼくにとって怪異は日常で、親しみのある出来事だった。

それは妖狐であるぼく自体が、怪異そのものだから。

ぼくは軽い気持ちで、ちょっと家の中を覗くことにする。


ライムグリーンに塗られた木製のドアに、鍵はかかっていない。

ぼくはゆっくりと押し開け、闇のこごる屋内へと体を滑り込ませた。



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