第5話 七緒少年とタンポポさま
気脈(魔力)の根源たる、白銀に輝く少女。
とは言っても、少女の放つ気脈はどこにも繋がっていない。
少女から放射される気脈の光の筋は、長さ1mほどで途切れていて、その先端を宙に漂わせている。
パッと見て、光で出来たタンポポの綿毛のようだった。
少女はその中心で、ぼくへ微笑みかけてくる。
どこにも繋がっていないと言うことは、この修道院に流れる気脈とは別物だと言うこと。
もっと言えば、この世界の気脈から独立した存在であると言うこと。
独立と言えば孤高の存在のようで聞こえは良いけれど、要はこの世界から忘れ去られて“ボッチ”なのである。
現在の岬に建つ修道院は、“五教”と言う宗教の施設だった。
恐らく少女は“五教”が広まる以前に、土地の者たちが崇めていた土着の神なのだと、ぼくは見ていた。
人々が五教へ改宗し、長い年月を経て、土着の神のことなど忘れてしまったのだろう。
神と人との関係は不思議なもので、人々が崇めるからこそ神は現世で力を持ち、その力が人々へ慈悲として還流される。
そのサイクルから外れて人々に忘れられた少女は、力の
どれほど失ったかと言えば、ぼくが3歳の頃に初めて見つけたとき、本当にタンポポの綿毛かと思ったぐらいだ。
それほどに、彼女は小さくて弱々しかった。
気脈を視るぼくが見つけたからこそ、力を少し取り戻し、少女の姿になれたのだった。
ぼくが少女にとって、唯一の信者だった。
ぼくは少女の前で、深々と頭を下げる。
「お早うございます、タンポポさま」
ぼくは親しみを込めて、少女を“タンポポさま”と呼んでいる。
タンポポさまはニコニコしながら、井戸の
その背丈は、ぼくより頭一つ高い。
力を失ってしまった少女は、声を発することが出来ない。
言葉も理解していない。
知能は赤ちゃんゴースト並みで、多分自分が何者なのか分かってない。
そんなタンポポさまは、赤ちゃんゴーストが抱っこされたがるように、ぼくへねだるものがあった。
「はいはい、分かっておりますよ」
ぼくはそれを心得ており、サッとしゃがむと少女の足元へ
するとタンポポさまが、すらりとした素足で掌を踏んづけた。
「ご乗車ありがとうございます、足元にお気を付け下さいませ~」
ぼくは掌に、タンポポさまを乗せたまま立ち上がる。
お手乗りタンポポさまだ。
4年前ぼくが井戸べりでタンポポさまを見つけたとき、本当に小さかった。
そっと両手で包み込み恐る恐る持ち上げたのを、ぼくは今も覚えている。
タンポポさまはそのとき、掌に包まれたのが嬉しかったみたい。
それ以来ぼくの顔を見れば、大きくなっても必ず手に乗せてくれとねだるのだった。
タンポポさまは、片足で上手いことバランスを取る。
長い銀髪をそよがせ、白いワンピースを波打たせて器用に乗っかる。
伊達に出会ってから4年間、乗り続けたわけじゃないのだ。
ぼくは妖狐なので、女の子を掌に乗せるなど何の苦にもならなかった。
ていうか、タンポポさまには重さが無い。
ただ掌の上でふわりとスカートが
お師さまの太ももは気にしないけれど、タンポポさまのは罰当たりな気がした。
声なく笑うタンポポさまは本当に楽しそうで、ぼくはねだられると断れない。
「タンポポさま、落ちないで下さいねー」
そんなタンポポさまを見て、ぼくは思う。
どうにか、この方のお力になりたいと。
ぼくは元々
けれど本当はもっと心の深い所から、この方のお役に立ちたいと思っていた。
タンポポさまはどれほどの長い年月、捨て置かれていたのだろうか?
それを思うと、ぼくは胸が苦しくなる。
どうしてもぼくは、ヒノモト時代の自分と重ね合わせてしまう。
ぼくの住んでいたお社は、何度も区画整理で移築されて、その度に小さくなって行った。
鎮守の森も削られて無くなってしまった。
そうしたらお
すると人も、肌感覚で分かるらしい。
途端に参拝する者が減って、社に誰も寄り付かなくなった。
そしてぼくは、寂しさを紛らわすためにお酒に溺れた。
ぼくみたいなミジンコ、このまま酔い潰れて消えたい。
そうカウンターで管をまいていたら、本当に消えちゃって今に至る。
捨て置かれた者の
それをぼくは誰よりも知っているからこそ、タンポポさまを放って置けない。
だからぼくは、タンポポさまの神使となる事に決めた。
勝手に決めた。
妖狐の押しかけ神使だ。
どうしてもお役に立ちたい。
それは過去の自分の惨めさを、掬い上げる行いかもしれない。
「ただそのお助けする方法が、全然思い付かないんだよなあ……く~ん」
ぼくは尻尾を丸めて、今日もこっそり悩む。
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