第3話 七緒少年とお師さま

濡れたような艶を放つ長い黒髪。

透き通るような白い肌。

身に付けている物は、レースのショーツだけ。


獣人の女の人は、自分の黒い尻尾を抱き枕にして丸くなっている。

ぼくは華奢きゃしゃな肩に触れて、軽く揺り動かす。


「お師さまお早うございます、ご飯ですよ。

こんな所で寝ないで下さい。

自分の部屋で寝て下さいよ」


ぼくがお師さまと呼んだ女の人は、獣耳をぱたぱたと動かすだけで、眼は開けてくれない。


「嫌よ、私の部屋4階にあるのだもの。

面倒くさいわ」


「まったくもう」


ぼくが呆れながら眺める裸の女性。

この獣人の女性こそが、赤ちゃんで転生したぼくを、引き取り育ててくれた魔導師だった。

ぼくはお師さまに大恩を感じているけれど、この方の生活習慣は何とかして欲しいと思っている。


くんくんくん

お師さまの鼻が、ひくひくと動いた。


「あら血の匂いがする。

また切り飛ばされたのね」


「今日はフーリーさんに褒められました」


「……初めはただの気分転換だったでしょう?

今じゃ随分な熱の入れようね」


「やってみると面白いんです。

赤ん坊が歩くのを覚えるように、体の使い方を一から覚えていくのが。

ヒノモトむこうでは随分と、自堕落な生活をしていましたから」


ぼくは肩に手をやり、首をコキリと鳴らす。

ぼくは中性的で、普段お人形さんのように可愛いらしいけれど、時々オッサンのような仕草をしちゃう。


それを見かねたお師さまが、ジト目になる。


「こらナナオ、おっさんくさい仕草はしないって約束でしょ。

まあ、中身が400歳ごえの妖狐だってのは知っているけれど、今は子供なのだから可愛らしくしてっ」


「あ、ごめんなさい」


お師さまとフーリーさんは、ぼくの中身を知っている。

とある辺境で生まれた赤子は、生まれながらに酔い潰れて、未知の言語を話した。


そのため悪魔の赤子として恐れられて、生まれて直ぐ教会へ引き取られることになる。

けれどその教会も扱いに困り果てて、赤子は岬に住む魔導師の館へと運び込まれた。


この子には保護する者が必要。

そう言って羊の乳を人肌に温め、ぼくに飲ませてくれたのが、いま目の前にいるお師さまだった。


そんな経緯があったので、ぼくは話せる赤ちゃんとしてお師さまに尋問をうけて、自分が何者なのか洗いざらい喋らされている。


「へへへ」


ぼくが可愛らしく小首を傾げて笑うと、お師さまがまずまずといった感じでうなずいてくれた。


「ふ~ん、ちょっとあざといけど……まあいいわ可愛い。

合格点ね。

ねえナナオ、私の朝食持ってきてくれる?」


「駄目ですよ、こんな汚い所で」

「ひどいわ、汚くないもの」


「あの、良かったら片付けますけど」

「駄目、ここまで掃除されたら、私の領域が無くなってしまうわ」


お師さまはイヤイヤしながらソファーから起き上がり、う~ん~と唸って背伸びをした。

ぼくの前で形の良い真っ白な胸が、ふるふると揺れる。

ぼくはちょっとだけ目を逸らし、やっぱり視線を戻した。


「困ったものね。

ナナオが来てから、私の生活空間がどんどん健康的になっていくわ」


「いいじゃないですか」

「うん、いいわね」


「それじゃちゃんと服を着て、食堂に行きましょう」

「面倒くさいんだけど」


そう言って手をひらひらさせるお師さまに、ぼくは口を尖らす。

お師さまは気だるげに、ゆっくりと作業場を見回した。


この部屋以外は、ぼくが掃除をしてしまって、館が見違えるほど綺麗になっている。

ぼくは“ケガレ”と言う思想を持っていた。

自分の住む場所は“ケイダイ”と定めていて、いつも綺麗にしておかないと気が済まない。

お師さまは寝ぼけた眼で大きな欠伸あくびをする。


「ふああ……あふん。

ナナオはとっても可愛いけれど、中身がおっさんなのが困りものねえ」


「いいじゃないですか、んもうっ」


お師さまは肩をすくめて、床に散らばる衣服を拾い始めた――






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