第2話 七緒少年と赤ちゃんの頃の夢

吹き荒ぶ嵐の夜に、獣人の赤子が生まれた。


それが不可思議な子で、栗色の髪をした両親から生まれたのは、白銀の髪をもつ赤ん坊だった。

それに加えて泣きもしない。


母の胎内から取り上げられた驚きで、顔を真っ赤にして泣き叫ぶはずが、一声も発さない。

赤子は外界を全く恐れず、のんきに微睡んでいるのだ。


そして何故かとっても酒くさい。

確実に赤子の肌から、酒精の匂いが立ち昇っている。


取り上げた助産婦たちはどういう事かと狼狽え、不気味な赤子に息を飲み、祝福の言葉が出てこない。

そうしている内に赤子が目をこすり、やっと産声を上げる。


「ふああ……もう閉店デスカー?

まだまだ、飲み足りないデスヨー」


しかしそれは愛らしい泣き声ではなく、この場の誰もが聞いたこともない未知の言語だった。

八時間の苦痛を越えて我が子へ対面した若き母は、赤子の代りに絶叫した。


七緒ななおは酒場で取り憑いた外国人美女のマネをして、上手く取り繕ったつもりが、女の絶叫を聞き慌てて目を開ける。

開けた途端に、目がぐるんぐるん回った。


「はれれ? 凄い酔ってるー!?

ぼくこんなに、飲んだっけな?」


赤子(七緒)の声を聞き、母だけでなくその場にいた女たちが、全員金切り声を上げた。


「なになに、どうしたっ!?

え!? なにっ!?」


赤子の動揺と、そしてまた女たちの悲鳴。

赤子を抱いていた助産婦が腰を抜かして、七緒を落としてしまう。


「いってーっ、何すんだっ。

……あれ? 目が良く見えないぞ!?

身体も上手く動かない、どうなってんだ!?

ん-っ、何か血生臭い!? ぬるぬるする!?」


更に女たちの、絶叫につぐ絶叫。

赤ん坊が何か喋る度に、叫び後ずさりして壁に背をつける。

祝福を受けるはずだった若い母は、とっくに気を失っていた。


「おい大丈夫かっ、何があったんだ!?

誰か教えてくれっ!?」


ぎいやああああああああああっ。

ひいいいいいいいいいいいいっ。


何だよ、その悲鳴っ!?



    *



「はうあっ」


そこでぼくは、ぱちんと目が覚めた。

どうやら朝稽古の後、そのまま庭先で眠っていたみたい。

腕を切られてたくさん血を流すと、ちょっと眠くなっちゃうんだよね。

その腕も、今は治って傷跡もない。


「あーまた、あの時の夢を見ていたのか、もう7年も経つのに……」


ぼくはふうっ……とため息をつく。

しばらくぼうっとしたまま庭先で座っていると、台所からフーリーさんの声がした。


「ナナオ、朝食ができたぞ」

「有難うございますフーリーさん。それじゃあ、お師さまを呼んできます」


ぼくはムクリと起き上がると、自分が火炎となるイメージを作る。

するとぼくの輪郭が朧気おぼろげとなっていき、子供の握りこぶしほどの火球になった。


それは俗に、人魂や狐火と呼ばれる代物。

ぼくは転生前と同じように、お稲荷さん(妖狐)としての術が使えるのでした。


問題なく使用できて、むしろこっちでの方が調子いい。

青白い狐火のぼくが扉を開けずに台所へと入り、そのまま台所も素通りして、館の中庭へと抜け出る。


その中庭も横切って、館の北面1階にある“お師さまの作業場”へと向かった。

ぼくは作業場の前でくるりと1回転し、元のぼくの姿へと戻る。


そのときシャツに付いていた血が、キレイさっぱり無くなっていた。

炎に化けた際、表面に着いた物理的な汚れが、全てほろりと落ちるのでした。


ぼくの着ているシャツや半ズボンは、全て自分の体表面を変化させたもので、その形は自由自在。

今は素足ではなく、革に似せたサンダルも履いている。

これはぼくの妖狐ならでわの特技だと思う。


フーリーさんやお師さまからは、

「つまり化け狐とは、常に裸なのだな」と言われて、ぼくは断じて裸じゃないですといつも抗議している。


コン コン コン


ぼくは作業場の扉をノックした。

けれど返事はなかった。

ぼくは元から返事なんか期待してなくて、ミスリル銀の重い扉を押し開く。


「お師さま、朝ごはんですよ」


室内へ入ると、正面には大きな作業台が見える。

台の上には様々な形の魔法具が、乱雑に置かれていた。


その作業台の向こう側。

部屋の一番奥には、ぼくよりも大きいかまがどでんと鎮座していた。


左右の壁には食器棚がいくつもあって、そこには様々な紙箱、カンカン、ビン詰めが雑に突っ込まれている。

しっかりと項目ごとにしまわれているらしいけれど、ぼくには全てゴミに見えた。


作業台を左へ回り込むと、左壁の食器棚の脇に長ソファーがあって、そこにはあられもない姿で獣人の女の人が眠っていた。





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