第40話 シャナ姫の望み

 後宮の大浴場で大乱闘(いや、大乱交)を仕出かした翌々日、オレはシャナ姫からお茶に誘われた。


 場所は後宮の中庭にある東屋あずまやだ。中央に小さなテーブルがあり左右にそれぞれ三人掛けくらいのベンチがある。

 その一方の中央にシャナ姫が坐り、背後にメイド長が直立不動だ。

 オレはその対面に坐ったのだが、何故かご学友の2人が左右からオレに、ぴとっ、とくっついている。


「な、なにか……お、可変おかしい、ですよ、ね?」


 シャナ姫が、ちろん、とジト目をくださる。

 オレが悪いのか?

 まあ、一昨夜のオレは、些かハメを外したが……しかし、この現状はオレが悪いのか?

 エレジ(メイド長だ)だって一昨夜の大乱交に参加してたよね?

 何で澄まし顔で立ってるのさ?

 ミニョロとメニーケ(2人のご学友だ)を何とかして欲しいんだけど?

 一昨夜の2人の『暴走』をいさめる処か黙認したのだから、保護者として責任もとって欲しいんだけど?


「それで、シャナ姫さま……何のご用でしょう?」


 オレはミニョロとメニーケの存在をスルーするコトにした。

「すっかり仲が宜しくなられましたのね?」

 スルーしてくれないらしい(笑)。

「おトノさまは凄かったにょ♡」

「気持ち良かったにょ♡」

 いや、その話題は今は止めようか?……しかも、イクイク語尾は止めてください。

「ふ、2人は部屋に戻っていなさい」

 エレジ(メイド長だ)が注意したのだが……


「メイド長さまもぉ、おトノさまに跨って気持ち良さそうだったにょ♡」

「一番、激しかったにょ♡」


 ヤブヘビだった(笑)。

 シャナ姫が背後に立つメイド長を振り返って、ちろん、とジト目を投げた。

「う、うん……お、お殿さま、お茶が冷めてしまいましたわね……い、入れ替えて参ります」

 メイド長がその場を離れようとした時だった。


「…………えっ!? …リ、リベルっ!?」


 シャナ姫が硬直したように身体を強張こわばらせて叫んだ。

 リベル、というのは地下牢に拘束している『元 メイド長』だ。


「いやあああっ、リベルっ!?」


「まさかっ!?」

 以前聞いた処によると、シャナ姫とリベル(元 メイド長)とは〝魂の繋がり〟のようなモノがあるらしい。相手の状態、とかが……うっすら、判るらしいのだ。

 つまり、いま彼女はなのだろう。

 オレは立ちあがって叫んだ。


「エレジ、シャナ姫を頼むっ!」


 多分、それでエレジにも判ったのだろう。シャナ姫の隣に滑り込むようにして彼女を両腕で抱き締めた。

「おひいさま、大丈夫でございますよ!」

「エレジぃ……リベルが、リベルがぁっ⁉」

 オレはその場を離れ、地下牢に急いだ。



 地下牢にはマータとイクイクが居た。いや、鉄格子は開けられていて2人は中にいた。その足元に『元 メイド長』が倒れていて血の跡が見えた。

「トノ、早かったにょ!」

「いや、上の東屋にいた……それで?」

 その場に屈んで『元 メイド長』の身体を調べていたマータがオレを見あげて首を横に振った。

「舌を噛み切ったな……」

「最近、食事もあまり摂らなくなって弱っていたと報告があったにょ」

「こんな最期は見たくなかったな」

「まだひと悶着ありそうかにょ?」

 イクイクのあまり嬉しくない予言は直ぐに現実となった。


「お殿さま、お殿さま――っ⁉」


 耳の奥、というか心の奥底にオレを呼ぶエレジの悲痛な声が聞こえた。

「どうした?」

 返事をした瞬間、オレはシャナ姫の寝室にいた。

 えっ⁉

 いつもの機械音は聞こえなかったが、また何か『※ スキル』が発動したのか?

 ベッドに横になったシャナ姫の手を握ってエレジが必死に名前を呼んでいる。


「どうした?」


 もう一度呼び掛けると、びくっ、と震えたエレジが振り返った。

「お殿さま、いつの間にっ⁉」

「それより、シャナ姫がどうした?」

「はっ、これを見てください!」

 瞬間、躊躇ためらったがエレジがシャナ姫の胸元を寛げた。


 何か赤黒い〝アザ〟のようなモノがあった。酷く禍々しさが感じられた。

 これは……闇魔法か?

「チンチン、来てくれっ⁉」

 何故か呼び掛ければ届く気がした。


「お殿さま、お呼びになりま……えっ、ここはっ⁉」


 背後に、すっ、と現れたチンチンが途惑った声を洩らす。

「説明は後だ、シャナ姫を見てくれ!」

 説明しろと言われても判らんし。

「こ、これはっ⁉」

 チンチンがシャナ姫の〝アザ〟の上に手を翳して詠唱を始めた。直ぐに魔法陣が現れ、シャナ姫の上に降りてゆく。

「だ、駄目です……これはおひいさまの『聖魔法』の方が宜しいかと?」

 チンチンの言葉が終わらぬ内にオレは叫んでいた。


「ヒメ、来てくれっ⁉」


「モブぅ、呼んだかしら……えっ、ここ、どこっ⁉」

 チンチンと同じように背後に、すっ、と現れたヒメにオレは叫ぶ。

「悪いな、急ぎだ……シャナ姫を見てくれ!」

「判った」

 直ぐにチンチンと場所を入れ替えてヒメの『聖魔法』が発動する。いや、この黄金色の魔法陣は『神聖魔法』か。


 シャナ姫の〝アザ〟が、すーっ、と薄れてゆく。流石はヒメの『神聖魔法』だ。

「でも、全部は消えないっ⁉……まだ何か足りないっ?」

 ヒメの声に焦りが浮かぶ。

 そうか、『聖女 オクノ・アイドス』っ⁉


「アイドス、来てくれっ⁉」


 三度みたびオレの呼び掛けに救世主が背後に現れた。

「旦那さま?……お呼びです、か……はえぇ⁉」

 頓狂な声をあげたアイドスの手を引いてヒメの隣に坐らせる。

「全部は消えないのよぅ!」

 ヒメがシャナ姫の〝アザ〟に手を翳したまま焦りを滲ませる。


「こ、これは……」

 〝アザ〟を確認したアイドスがオレを見た。

「こちらでなく、旦那さまの方に問題がありそうです?」

 そして、アイドスはオレの唇を奪い、吸ってきた。

「ちょ⁉ ……あなた、こんな時に何して……」

 怒り心頭のヒメの声が裏返る。


「えっ⁉ ……〝アザ〟が消えてゆくっ⁉」


 全員の視線が集まる中で卑猥な水音を立ててオレの唇を吸い立てるアイドス。

 やがて、ちゅぽんっ、と音を立ててオレの唇を開放した時、ヒメが呆れた声をだした。


「〝アザ〟が全部消えたわ……アイドス、あなた何をしたの?」


「はあ、はあ、はああ……だ、旦那さまの中に……何か黒いモヤみたいな物が見えて……それを吸いださなければ、と夢中で……」

 真っ赤になってその場に手をついてアイドスが謝罪した。


「お、おひいさまの前で……た、大変なご無礼を致しました……お、お、お手打ちも……い、致し方ないかとぅ……はうぅ⁉」


、って……な、なに言ってるのよぅ……お手柄でしたね♡」


 【本妻】の余裕を見せつけて大仰おおぎょうに頷いたヒメだが口端が、ぴく、ぴくく、と震えていたのをオレは見逃さなかった(笑)。


          *


 シャナ姫の様子はあれから一時間余り、ヒメ、チンチン、アイドス、そしてエレジとオレの5人で見守っていたが再び〝アザ〟が現れる事はなかった。

 取り敢えず、アイドスとエレジに側に付いていて貰って一先ず解散となった。

「何か変化があったら心の中でオレを呼べ……すぐ、来るから」

 そう言い含めてオレもその場を離れた。『元 メイド長』の問題がそのままだったからだ。


 そして、『元 メイド長』リベルの遺体はマータとイクイクとの合議の上『インノ・オラ王国』関係者には内密にして某所に『冷凍保存』する事になった。近い内に例のチンチンの解呪の方法を説いた王都の高名なまじない師の『おばばさま』に来て戴いて色々見て貰う予定である。


 結局、〝事件〟の原因も因果関係も不明のまま、翌日になった。

 オレは一人でシャナ姫の寝室を訪ねると、アイドスとエレジの顔には疲労が色濃く浮かんでいた。

 逆に眠れたからだろうかシャナ姫は顔色も良くなっていて一安心だ。

 まあ、『元 メイド長』リベルの問題は棚上げではあるのだが。


 そして、オレはシャナ姫から困った〝お願い〟をされたのだった。

 ベッドに身体を起こしたシャナ姫は手をついてこう言ったのだった。


「お殿さま、どうか〝お情け〟を頂戴しとうございます」



            【つづく】

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