第28話 魔界の美姫(2)

 屋敷の応接室にポム・プラムを案内してマータに相手を頼んだオレは地下のシェルターに向かっていた。

 その階段を降りながら唐突に思い出した。

 そう言えばこの屋敷には魔族とのハーフの〝ロリババア〟が居た事を。いや、まだ居るのか?


 シェルターの通話機(インターホーンみたいな物だ)から呼び掛けると直ぐにヒメが応じた。

「大丈夫でした?」

「ああ、大丈夫……真面目そうな相手だが、3人はもう少しだけそこに居て欲しい」

「判ったわ、無茶しないでね」

「うん、心配するな……それで、チンチンに代わってくれる」

「代わりました、わたくしに何か?」

「えっと、名前を忘れたんだが……ロリバ…い、いや、チンチンの先生が来てただろう?」

「シクルさまですね」

「もうチン王国に帰ったんだよね?」

「いえ、まだ客間で暮らしていらっしゃいますが……」

 客間で暮らしている、というのも何だかなあ……という感じだが、そうかまだ居たのか(笑)

「判った、ありがとう……またあとで来るから」

「畏まりました、お気をつけて」

 通話を切ろうとしたら割り込んでくる声があった。

「モブさまあ?……わたくしにはお声もなしですのぅ?」

 メンドイ女……いや、いや(笑)。

「ご母堂さまもお変わりございませんか?」

「退屈なのぅ!」

「もう暫くご辛抱ください」

「退屈なんだってばあ!」

「判りました、魔族の姫にお帰り戴いたら直ぐに参りますので……」

「ちょっと、モブぅ、魔族の使いって女なのっ?」

「ヒメ、もう行かないと……帰したら直ぐ来ますから、じゃあ、ね」

 疲れる……………………いや、マジで(笑)。


 地下に来たついでにイクイクが金銀を連れてきた筈の地下牢も見ておく事にした。

 いや、見にきた事を後悔した(笑)。


 金銀は素っ裸のまま荒縄で亀甲縛り(だと思う)され、目隠しと口にはボールギャグが填められていた。

 オレは見張りの衛兵2人に軽く手を挙げて(彼女たちは目を逸らしていたが)早々に引きあげたのだった。


 イクイクって、あいつ絶対に変だ!

 まさかあいつも『転移者』ではなかろうか?

 それも、〝中の人〟は中年のオヤジ……とか、有り得る!

 えっ? オレ、キスとか、もっとイロイロしてるんだが?


 …………………………見なかった、知らなかった、コトにしよう!


 何だか色々気が重くなったが1階に戻り、オレは客間へ向かった。

 ノックをしたが返事がない。もう一度ノックしても返事がないので、少し大きな声で言ってみた。

「入りますよ~!」

 扉を開けて中を覗くとロリババアはソファーで寝ていた。しかも、ソファー前のテーブルには菓子の皿が何枚も……

(ったく、良いご身分でっ!)

「おい、バアさん!」

 オレは遠慮なくロリババアの頬を叩いた。

「ん…………えっ?…なにごと…じゃ?」

 そして、オレに気づくと、さっ、と防御姿勢をとった。

「何もしねえよ……それよりちょっと来てくれ」

「な、なんじゃ、わしは忙しい……」

「涎垂らして寝コケていた奴が何言うか!」

「し、失敬な……」

 と、言いつつ口周りを手で拭っている。

「それより、魔族領『プルポプル』のポム・プラムという女性が来ている……お前も半分魔族だろう?……一緒に話を聞いてくれ」

「なに、プラム殿下が……どこじゃ、どこに居られる?」

「何だ、知り合いか?……そりゃあ都合が良い、来てくれ」


 オレはロリババアを連れて応接室に急いだのだった。



「プラム殿下、お久しゅうございます!」

「おお、シクル先生か、久しいのう……チン王国へ行ったと聞いていたが…ここに居ったのか?」

「はい、ワタシの教え子がここに居りまして……まだ教えを請いたいようで暫く逗留しております」

(噓をつくなっ!……毎日食っちゃ寝してたんだろうが!)

「な、なんじゃ?……お、お主、何か言いたげじゃの?」

 オレの無言のプレッシャーを感じたのかロリババアが少し、ビビって、いる。


 何でもロリババアがまだ魔界に居た頃のポム・プラムの魔法の先生だったらしい。

「それより、シクルよ……トノの『アレ』はどんなじゃ?」

 『先生』をすっ飛ばしてプラムが耳元で訊いている。

 いや、聞こえてるんだが。


 応接室の位置関係は、上座のソファー中央にプラムが、その隣にロリババアが坐っている。その対面のソファーに中央にマータ、左隣にイクイクが、オレはマータの右隣だ。マータが中央を開けようとしたが、オレがイクイクの隣を微妙に避けてしまった(笑)。


「『アレ』とはなんですかな?」

「トノのは凄いと小間使いの金銀から聞いて居ってな、愉しみにして居ったのじゃ」

 金銀は『小間使い』扱いらしい(笑)。まあ、あいつらなら、そんなモンだが。

「はて?」

「なんでもこの屋敷の女人にょにんは全てトノのだと言うではないか」

「ま、まあ……そんな、ような?」

 ロリババアが、ちら、ちら、オレを見ながら返事を濁している。


 確かに〝幼稚園児〟の外見やら、153歳という実年齢から、手をだしそびれていたのだ(笑)。考えてみればこの屋敷で〝唯一〟かも知れない(笑)。


「だから、小間使いの話では湯殿で手で揉み洗いしたり、ぱっくん、したりするそうじゃないか?」

「あっ!」

「顎が疲れる程だと聞いたぞ?」

「そ、そそ、その件に関しては……ワタシは…えっと、その、なんと言うか……」

「むうっ?……まさか先生、まだヴァー…」

「うあああああああっ!?」

 ロリババアがプラムの言葉を遮るように大声をあげた。

 はっきり聞こえなかったが、何となく判った(笑)。

 するとプラムが仕方なさそうにオレに訊いてきた。


「どうじゃ、トノ……今夜あたり?」


「ナンの話ですかな?」

「しらばっくれるでない、判っておろう?」

 ソファーから身を乗りだしてプラムがオレに迫った時だった。


「絶対に、ダ・メ・よっ!」


 応接室の扉を、ばーん、と開いてヒメのご入場だ。

 あれだけ『来るな』と釘を刺したのに、困ったお人だ(笑)。

 しかも、マータが席を開ける。

 さっさとオレの左隣の〝指定席〟に坐ったヒメにプラムが訊いた。


「お内儀さまかの?」

「そうよっ!」

 魔族の美姫に臆する事なく睨みつけている。

「なんじゃ?……この屋敷の女人にょにんは皆トノのお手付きと聞いたが、違うのかえ?」

「あのたちは、良いのっ!」

「はて、な?……それなら何故、わしはイカンのじゃ?」


「あなたは、絶対にダ・メ・ですっ!」


「判らんっ?」

(だってぇ……すっごく、経験豊富みたいなんだモンっ!……モブが、コロっ、とたぶらかされたりしたら困るのぅ!)

 口にだせないヒメの心の裡を見抜いたのか、プラムが薄く笑って言った。


「うふふ、トノもエルフの小娘の尻に敷かれているようじゃの?」


「『殿』ってなんですか?」

 ヒメが喰って掛かる。

わしの父者も母者には頭があがらぬ」

「そ、そう…」

 プラムの返事を聞いて何だかヒメが嬉しそうなんだが?

「小娘、小娘って、貴女は幾つなのよっ?」

わしは137歳じゃが?」

「…………」

「まあ、国に帰ればわしも小娘かの?」


「それならあ、わたくしがモブさまの元に〝お渡り〟する時にご一緒なされば宜しくてよ♡」


「お、大奥さま……ここは〝闇の魔素〟が強うございます……もどりましょう!」

 引き留めるチンチンを引き摺るように扉から半分顔を覗かせる〝困ったお人〟が(笑)。

「ほおぉ?……お内儀さまの母上さま、とは……大した『トノ』じゃのう!」

「「………………」」

 オレとヒメが返事に窮しているとプラムが笑って言った。

「まあ、良かろう……今は退きさがっておくわい(笑)」



 そんなこんなで、結局、バタ、バタ、した挙げ句、何も話が進まないまま昼食休憩となった。

 『猫耳』のポプルルとナコチが配膳をしてくれている(他のメイドたちは恐ろしくて入ってこれなかったようだ)。

 そのポプルルのエプロンを興味深げにプラムがめくりあげる。

「ちょ、お客さま、止めてくださいませんか?」

「お主、中々胆力があるの?…わしが怖くはないのか?」

「まあ、お客さまからは漏れでてますが、チンチンさまが『身守り』の魔法を掛けてくださったので、平気です」

「成るほどなあ」

 そう言いながらもエプロンを捲り続けるプラムだった。

「気に入ったのなら、その『特注エプロン』を売ってあげるにょ♡」

 すかさず『特注』などと言いだすイクイクは商売人だ(笑)。

 プラムも乗り気なようで早速10枚の売買契約が成立したのだった。やれ、やれ。



 横道に逸れ捲くりつつ、午後は本題に入ったのであるが。

 プラムとしては魔界に発現した新ダンジョンの討伐メンバーの確保。

 我々としては、魔族領にあるらしい〝例の秘薬の素材アイテム〟の採取の道筋が得られそうだ。

 ……と、いう辺りで双方合意に至ったのだった。


          *


 尚、イクイクの『〝中の人〟は中年のオヤジ』かも知れないというは晴れた。

 実は、ご母堂さまの書庫に誰が集めたのか異世界人の手記や伝聞を収集した蔵書があるのだそうだ。一度見てみたいものだが、大奥となると、オレが入るのは無理だろう(笑)。

 残念なような……ほっ、としたような(笑)。

 いや、残念というのは、そういう意味でないぞ。日本の話をできたかも知れない、という意味だからね(笑)。



            【つづく】

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