第27話 魔界の美姫

 その朝の定例ブリーフィング中に門番が駆け込んできた。

 門前に高位と思える魔族の美女が現れ、家長に取次を求めてきたとの事だった。


 オレは先ずヒメにチンチンと大奥さまを連れて地下シェルターに避難するよう指示した。ヒメは多少不満そうだった。確かに、現時点ではこのタダノ・ヒメノ屋敷の『家長』はヒメである。しかし、ヒメを危険に晒す訳にはいかない。ヒメも渋々だが指示に従ってくれた。

 ヒメを見送ってから、オレはマータとイクイクを伴って屋敷の門へ急いだのだった。


 門の前に魔族の偉丈夫、いや美丈夫、いや、いや、いや、女性の場合何と呼ぶのか判らないが、とても美しく鍛えあげた体躯を誇らしげに見せつける美女が立っていた。

 オレたち3人が到着すると門番2人が場所を開けた。

 正面から対峙してみると伝令の門番が言った『高位と思える魔族』という意味が判った。

 体躯の素晴らしさや美貌よりも、りん、とした気品があった。

 その魔族の女性が左手に持っていた幅広のロングソードを前に差しだした。

 イクイクが、更にその前にマータが、オレを庇うように立った。いや、守って貰わんでも大丈夫だが。


「慌てるでない」


 一声発して魔族の女性はロングソードの柄(いや、グリップというのか?)を左手に、鞘の中央を右手に持ち直して、マータに差しだした。

 つまり、武器を差しだし交戦の意図がない事を示したのだろう。

 マータが頷き、2歩近づいて彼女の両手の間の鞘を掴む。

 ―― が、何故かマータと魔族の女性とで力比べになっていた。

 暫く、互いの腕の力瘤ちからこぶを見せつけ合っているので、オレはその隙に彼女のステータスウインドーを確認した。


  名前=ポム・プラム(本名=ポムル・ビジュラル(王族)・真名【※※※】・ポムポムプラム

  性別=(経験値=非処女、多数)

  年齢=137歳

  種族=魔族

  レベル=4258

  ジョブ=剣闘士

  HP=※※※/※※※

  MP=※※※/※※※

  STR=※※※

  VIT=※※※

  DEX=※※※

  AGI=※※※ 

  INT=※※※

  LUC=※※※


 まあ、思った通り殆ど見えなかったが。『(経験値=非処女、多数)』って、おい、って感じだが(笑)。まあ『年齢=137歳』なら、あり、だろうか?


 やがて、魔族の女性が手を離した。顔が笑っていたが。

「お主とは一度手合わせをしたいものじゃの」

「機会があればな……して、何用か?」

 ロングソードを受け取ったマータが笑顔の『えの字』も見せずに訊いた。

「実はな……」

 そこで魔族の女性が背後を振り返ると、慌てたように小柄な女性が2人前にでてきた。

「ん?……何処かで見たような?」

 オレが記憶を探っているとイクイクが言った。

「ラザール姉妹か、何用かにょ?」

「ワチキらは『サ・ザ・ー・ル・姉妹』じゃっ!」

 そうだ、思い出した。いつだったか『湯殿』で『猫耳』(猫耳は今日も帽子で隠していたが)のババアだ。

「金ちゃん、銀ちゃん、かあ……久しぶりだなあ」

「と、トノ…その呼び名は勘弁して欲しいでありんす」

「ワチキらトノより大分年上でありんすから」

 あの時の〝トラウマ〟だろうか、未だに『トノ』とか呼んでいる(笑)。


「こ奴らの都市とは交易をしておっての……ダンジョンは詳しいと言うので任せてみたのじゃが…」

 そこで言葉を切ったが言わんとするトコロは如実に伝わった。

「こ奴らが役立たずだったので、我々の話を聞きだしてここまで遣ってきた、という訳か」

「と、トノぉ……その言い様はあんまりでありんす」

「まあ、その通りじゃ……」

 金髪のチンチクリンが不満を述べるが魔族の女性が、あっさり、肯定した。

「殿下までぇ!」

 銀髪のチンチクリンの不満もスルーして彼女が言った。

「自己紹介がまだであったの…わしはポム・プラムと申す、魔族領『プラムボム』の王家に連なる者じゃ……して、『トノ』というと、お主が『ご領主殿』かの?」

「まあ、そう思ってくれて良い……オレはタダノ・モブだ」

 下手に内情を話しても仕方あるまい。


「それで、魔界に発現したとかいうダンジョンの話かな?」


「まあ、それが主たる相談である」

 ポム・プラムの言葉にマータとイクイクに視線を投げると頷いて、道を開けた。

「入られよ」

 オレがそう言って先に立って歩き始めると、背後で何やら揉めている。


「「何故ワチキらを入れぬ?」」


 金銀が異口同音に叫んでいる。

「イクイク、入れるなら素っ裸に剥いてな(笑)」

「と、トノまでなぜじゃ?」

「そんなにワチキらの裸が見たいのでありんすか?」

「ナニを今更にょ?……お前らの裸など隅の隅まで、奥の奥まで、トノに見られているにょ(笑)」

「ほお?…こ奴らは既にトノの〝お手付き〟であったか」

 ポム・プラムが興味深げに頷いた。

「いや、それは事実と異なるので誤解なきように願いたい」

 オレが抗弁していると金銀がかしましい。

「だ、だから止めるでありんす!」

「無礼でありんす!」

 金銀は既にイクイクの指示で守衛たちの手によってほぼ全裸に剥かれていた。

 その抵抗が必死過ぎる気がして、ふと、口にだしていた。

「イクイク、そいつらの服も念入りに調べておけ」

「了解にょ(笑)」

 しかし、その時ポム・プラムが何かに気づいたように言った。

「そ奴らの股を開かせろ!」


「「ひぃ!?」」


 あからさまな悲鳴を聞いて守衛たちが2人を抱えあげた。

 そこへポム・プラムが手を翳して何かを唱えた。

 すると ――


 ぼとっ!


 2人の股間から何かがひりだされた。

 イクイクが懐から布を取りだしそれを拾って確認する。

「『透視玉*』と『盗聴玉*』にょ!」

 イクイクが説明してくれた処によると、


 『透視玉*』というのは、それを持って歩いた場所の地形や、建物なら間取りや人員の配置などが自動で記録される魔道具であるそうな。尚、記録容量が満杯になると古い情報から自動更新される(残したい場合は記録を中止すればよい)。

 同様に『盗聴玉*』というのは、それを持って歩いた場所で聞こえた話などを自動で記録する魔道具である。尚、記録容量が満杯になると古い情報から自動更新される(残したい場合は記録を中止すればよい)。

 共にサイズは小さい物では直径2、3センチであるとの事。


「許してたも、トノ…ワチキらは頼まれただけでありんす!」

「ほほう、頼まれたとな?」

「あっ!」

「誰にかなあ?」

「し、知らん…ほ、ホントじゃ!」

 まあ、誰に頼まれたのかは見当がつく。というのも、金銀は『辺境都市ウルヒ』と境界を接する『辺境都市クシャ*』の弱小貴族である。


 『辺境都市クシャ*』は、アイントハルフ王国の東南の辺境に位置する小都市である。ただ、ウルヒと異なり領地が主に草原な為ダンジョンはあまり発現していない。

 一方で、魔族領『プルポプル』と国境を挟んでいる為、交易が主な産業となっている。魔族領から仕入れた珍しい品を『王都メカラ』の貴族などに売りつけて利益を得ているらしい。


 そして、このクシャは有体に言えば〝『3』の関係者第三皇女〟と近しい立ち位置なのだった。


わしの責任じゃの……マータ殿、剣を…いや、わしがここで剣を手にしては拙いか……」

 ポム・プラムが躊躇ためらい勝ちに言った。

「マータ殿にお願い致す、そ奴らの首を刎ねてくだされ!」

「良かろう」

 マータがポム・プラムの剣を抜いた。


「「ひぎぃえええっ!? 」」


 悲鳴をあげた金銀が見苦しく叫び散らす。

「…お、お許しおぉうううっ!」

「ほんに、ワチキらは頼まれただけでありんすぅ!」


「マータ、止めておけにしかならん……イクイク、そいつらを地下牢に、な!」

 それだけ言ってオレはポム・プラムを先導して屋敷に向かったのだった。


          *


 どうやら、〝『3』の関係者〟も色々と動きだしているようだ。あのメイド長を呼び出してみるのも必要かも知れない。あとは、あまり期待できないが金銀を折檻して何か聞きだせれば良いが。


 やはり竜騎隊の拡充と、冒険者の育成は急務だろう。

 第三皇女たち『3』の関係者からの軋轢がどのような形で顕現しても対処できるだけの体制を整えなければならない。

 そして、未だ陰すら見えぬ、オレをこの異世界に呼んだ何者かの存在。


 しかし、例の秘薬の素材アイテムの採取の為にも、今回の魔族領に発現したダンジョンの存在は大きい。しかも向こうから協力を請うてきたのはありがたい事である。

 少しだが、我々に向かって風が吹き始めているのかも知れない。そんな気がしたのだった。



            【つづく】

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