第6話 落ちた穴の底で……

 目が覚めると上半身に圧迫感があった。

 辺りは薄暗いが記憶が戻ってきた。

 トラップが発動し穴に落ちたヒメを追ってオレも穴に飛び込んだのだ。

 確かお姫さま抱っこして落ちた筈だと思ったが、ヒメはオレの肩口に顔を埋めて抱きついている。

 重くはないが、柔らかいオッパイがオレの胸で潰れている。

 それに、良い匂いがする。ヒメの髪の匂い。ヒメの柔肌の匂い。

 ヤバい、血流が下の方に集まってゆく(笑)。

「……う~ん…モブぅ…」

 ヒメの寝言に和む。

「…これは、加護なのぅ…だからぁ、ぱっくん、しゅるのぅ…」

(こ、こら、こら、こら…どんな夢を見てる!)

 オレは、下になっていた腕を抜き、そっと、ヒメを抱いた。

 助ける事ができて、本当に良かった。


 オレがこの世界に飛ばされたのは、この為、だったのかも知れない……そんな風にも思えた。


「…ん、んぅ……あ、あら?」

 ヒメが目を覚ましたようだ。

「おはようございます、ヒメさま」

「ん…おはよう、モブぅ…」

 オレの首筋に吐息が掛かる。

 そのまま、きゅうっ、とオレの首に巻きつけていた腕を絞ったので、オッパイの圧が凄い(笑)。

 しかし、何かに気が付いたように、ぐっ、と顔を起こして唇を尖らせた。

「ヒ、メ、ぇ!」

「り、了解です…ひ、ヒメ」

 二人きりの時は〝呼び捨て〟にせよ、との仰せであった。

「ねえ、お腹すいた」

「そうですね、ご飯にしましょう」

 が、ヒメは動かない。

「えっと、ヒメさ…う、うん…ヒメ、降りて戴けませんか?」

「やだ」

「ちょ、、じゃありませんー」

(なまら可愛いけどぉ(笑))

「あっ!」

 突然気が付いて、オレはヒメを抱いたまま飛び起きた。

「ヒメっ! て、があるじゃないですかっ!!」

 興奮気味に叫ぶオレにヒメは幾分、しら~、とした顔でまた首筋に顔を埋め、かぷっ、と歯を立てた。

「ダンジョンでは『転移魔法』は発動しないのぅ…」

 ヒメの気落ちしたにオレも感染してしまいそうだ。

「そ、そうなんだ……と、とりあえず、ご飯にしましょう」

 オレはヒメを、出立前にイクイクから渡された『収納袋』を開いた。

 この『収納袋*』というのは〝異世界あるある〟だが、見掛け以上の物体を収納可能な(しかも、重量まで軽減してしまう)超便利アイテムである。袋の性能にも因るがベッドくらい余裕で入ってしまうそうだ(笑)。

 何が入っているか詳しくは聞いていなかったが(流石にベッドは入っていないようだ)まずは二人分の食料を取りだした。

 後はヒメに坐って貰う為の何か……

 夜具にする毛布のようなモノがあったので、それを広げてヒメに坐るように促した。

 食料は1食分ずつ小分けになっているのを互いの前に置いた。

 ヒメの『収納袋』にも入っているだろうが、まあ、どちらから食べても同じだろう。ここに入れておけば腐らないらしい。呆れた能力である(笑)。

 次にコップ(木製)を取りだし(ヒメの分は彼女の『収納袋』からだした)ヒメが指先を伸ばして『水魔法』で飲み水を注ぐ。

「それじゃあ、食べましょう」

 そう言って食事の包みを開く。

 中には乾パンと干し肉が入っていた。あとは少しの野菜(何か知らないが鮮度はよさそうだ)。

「いただきます」

 手を合わせてそう言うと、ヒメが珍しそうに見ていたが、直ぐに彼女も食べ始めた。

「ヒメさ…う、うん…ヒメ、灯りをだして戴けますか?」

 辺りはダンジョン特有の壁からの自然発光で仄明るいが、ここで灯りをともすと上方から見ての『生存確認』になるのではと思ったからだ。

 オレの説明にヒメも頷いて二人の上に『火の玉』を浮かべた。


 後は〝脱出方法〟だ。

 穴の高さは多分数百メートルはあるだろう。

 ロープとかでは距離がありすぎる。

 上に居る4人も何か考えて行動に移しているだろうが、今のところこちらへのアプローチはみられない。

 食料は三日分ある。

 その間に何としても方策を見つけだすのだ。


 食事を続けながらヒメからの情報も共有してゆく。

 『転移魔法』は念の為確認した事。

 壁沿いにギミックがないかも確認済みだそうだ(一国の皇女さまにしてはサバイバル能力が高い(笑))。

「モブぅ?……いま、失礼なコトぉ、考えなかったぁ?」

(何故判った(笑))

「この干し肉、意外と美味しいですね」

 オレがあからさまに話題を逸らすと、ちろんっ、とジト目が返ってきたのだった。



   ■オ・マータ視点■


 ヒメとタダノうじが穴に落下してから半日ほどが経過した。

 タダノうじがヒメを助けてくれた事は確信している。

 絶対だ。

 あの後、イクイクとチンチンには『冒険者ギルド』に救助依頼に行って貰った。

 わたしとチチの二人は降り口がないか辺りの捜索を行って先ほど戻ってきたところだ。

 何の手掛かりもないと疲れがいや増すものだ。

 ダンジョンは壁からの自然発光で常に仄明るいので時間の経過が判り難いが、だいぶ陽が傾いている頃だろう。

「あっ!」

 縋る思いで覗き込んだ穴の底に小さく灯りが灯った。

 あれはヒメの灯した『火の玉』だ。

 良かった、無事だ。

 声が届かないのは既に確認済みなので呼び掛けはしないが、無事を確認できて、ほっ、とした。

 その時、入り口方向から声がした。

 イクイクたちが戻ってきたようだ。

「只今戻ったにょ」

「お帰り、どうだった?」

「冒険者ギルドから、『遠距離念話*』を使って王室の侍従長殿と話したにょ」

「それで、何と?」

「竜騎士*を2騎だして貰ったにょ!…ただ、穴に入れる訳もないしぃ、ダンジョンの前で待機してもらうにょ!」

「うむ、賢明な判断だ」

 わたしからも、ヒメの『火の玉』を事を伝えると、二人の顔に安堵感が滲んだ。

 しかし、無事は判ったが、問題はどうやって引きあげるかだ。


「あとは、『飛行魔法*』にょ…」

 イクイクの言葉で思い出す。

「そうだ『飛行魔法』を使える大魔導師さまに……あ、そうであった…」

 わたしが言い淀むとチンチンが項垂れて謝罪した。

「も、申し訳ありません……」

「いや、チンチンが謝る事ではない」

 チンチンの祖国(チンチ王国*)は本来なら例の王太子の国の属国になる定めだった。しかし、が露見した為、我がアイントハルフ王国*が暗黙裡に介入して我が国の『預り』となったのだ。

 その為、戦禍で荒れた国土の復興に我が王国からも多くの人材が派遣されていた。その中心人物が『大魔導師さま』だったのだ。

「他に飛行魔法を使えるのは……」

 この世界での移動手段は『転移門ポータル』や『転移魔法』、更に『竜車*』が主流で『飛行魔法』はあまり発達していない。というか、習得する必要性があまりないのだ。実際問題使える人材は我が王国では大魔導師さまくらいであった。


「『収納袋』に3日分の食料は入れてあるが、それまでに何とかしないと拙いにょ!」

 イクイクの言葉で現実に引き戻された。

 ヒメさま不在の今、わたしが指揮をとらねばならない。

 しかし、八方塞がり感が満載である。

「後は……タダノうじの魔法に…期待…だろうか……」

「確かに、タダっちの魔法は底が知れないにょ(笑)……飛行魔法くらい、生みだすかも知れないにょ(笑)」

「一先ず、今夜はここで野営しよう。ここを離れる訳にはいかないしな」

 そう言って四人で野営の準備に掛かったのだった。


          *


 その頃、穴の底では……


「モブったら、頬っぺたに干し肉の欠片が付いてますわよ(笑)」

「え、どこ、です?」

 オレが、わた、わた、するとヒメが可笑おかしそうに言った。

「取ってあげるから、そのまま動かないで」

 そのままヒメの顔が近づいてくる。

 いや、まさか……口で、ぱっくん、して取るとか……ないですよね?

 え、いや、近い、ちかい、チカいぃいいいいいっ!?

 オレの視界一杯にヒメのアップが迫り、思わず目を瞑ったオレの頬に、柔らかい、何かが触れた瞬間 ――

「ふふふ……もしかして、ちゅう、されるとでも思ったの?」

 ヒメの顔が離れていき、干し肉の欠片を摘まんだ指を見せつけてきた。

「うぬぬぅ……」

 うめくしかできないオレにヒメが挑発してくる。

「モブって、確かお国に〝いいひと〟が居るのよね?……当然、ちゅう、とかしてるわよね?」

「いや、彼女は片思いで……あれ、でも…確か?……保健室で…唇が、触れた…よう…な…」

 オレが記憶を辿って(何故か転移前の記憶が、あや、ふや、なのだ)いると何故かヒメが、むっ、として言った。

「ふ、ふ~ん……片恋でも、ちゅう、とかしちゃうんだっ!……だ、だったら、わたくしがしても、構わないわよね?」

「えっ? いや、何をっ?」

 また、ヒメの顔がアップになってくる。

 慌てて目を瞑ったオレの今度は唇に、柔らかく、濡れた、感触が触れた。

 そのまま押しつけられている感触が、微妙に揺れている(?)―― 震えている?

 ……と、思った瞬間、離れていった。

「こ、これは……その…お、お礼…だから……た、、お礼だからね……」

 何故か、そっぽ、を向いて言い訳のようにヒメが言った。


 ―― その頃、穴の底では、いちゃ、いちゃ、していたのであるが(笑)。



            【つづく】

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