第10話 初めての言葉

 結局、あの後、オムツを替えてもらい、スッキリしたアルはそのままスヤスヤと眠ってしまったらしい。

 今、辺境伯はその寝顔を見てニヨニヨしている。


 ヴァイオレットが、言いかけていた、魔王グウェッジの末路について、長々と話している。


 要約するとこうだ。


 20万人の魔王征伐軍が一瞬で壊滅するほど、呪言の力は凄まじく、人間では太刀打ちする術がなかった。

 しかし、グウェッジ自身も呪言の力を制御しきれず、無差別に被害が拡大していく。自らの側近たちすら失ったグウェッジは呪言の力を自らに向け、消滅した。


 と言うものだ。


 呪言を使えた者はそれ以前にもいたとされているが、長命なエルフにも詳細は伝わっていない。なにしろ魔王の方がエルフよりもさらに長命らしく、数代前までしか、その名前すら伝わっていない。

 ただ、呪言師に目覚めた魔王の力は、どれも強力だったと言う事だ。


「ならば、アルは無差別に周りのものを攻撃し始めると言うのか?」


 不安を隠しきれない様子のザイル。


「まだ、アル様が呪言師と決まったわけではありません。もしそうだったとしても、魔王と人間では、その魔力量からしても違います。同じような事が起こるとは考えにくいのです。

 まずは、様子をみませんと。」


「そうだな。そうだよな。」


 何かを自分に言い含めるように頷くザイルだった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





 事件から3年の月日が経過し、アルは5歳になったが、あれから一度も呪言は発動していない。そもそも、言葉を発していないのだ。

 言葉を理解しているのは様子を見れば明らかだったが、口を開く様子が一向に見られない。


 心配したザイルは伝手を使って国中の専門家を招き、意見を聞いたが、『呪言の呪い』以上に納得できる説明をする者はいなかった。


 しかし、その日は突然やって来た。ザイルが王都での在留期間を終え、さんざん国王に文句を言い、領地に戻って来た際、いつものようにアルも出迎えに出ていたのだが、アルを見つけて破顔で駆け寄り、抱き上げたザイルに対し、


「とうたま。しゅき。」


 その後が大変だった。長旅の疲れもどこへやら。ザイルは狂喜乱舞のあまり、その場でその年の租税免除を決めてしまった。

 さらにその日、毎年5月5日を祝日とした上、毎月4日、5日を『アルの日』にしようとした所でソニア様が止めに入り事なきを得たのだった。


 普段は飄々としていながら冷静な判断を下す領主として信頼されているザイルが、子供のようにはしゃぐ姿を見て、微笑ましく思う者が多かった。

 しかし、人の上に立つ者である以上、好ましからざる反応も少なからずあるのが常だ。まして、ザイルは王位継承者争いの監督官である。

 公私混同も甚だしいとして、中立を旨とすべき監督官に相応しく無いとの主張も投げかけられるが、国王は一笑に付したのだった。


 アルが5年もの沈黙(言葉になっていない、あーだの、うーだのを除けば)を破って、いきなり2語文を披露したのには、理由があるのだった。


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