第5話 ヴァイオレットの推察

「ではヴァイオレット。お前では無いのであれば、あれはなんだったのだ?

 一番近くに居たのであろう。そして、お前ほどの手練れだ。どんな事でもいいのだ。教えてくれ。」


 ワシャワシャと大量の泡を立てて、膝まで手を洗うヴァイオレットの横で、一刻も待てないとばかりに辺境伯が尋ねている。


「私も全てを理解しているわけでは無いのですが、恐らく、ここで話せる内容ではありません。

 後ほど執務室に伺いますので、その時にお話しいたします。」


 手洗いを止める事なく、辺境伯へ向き直ることもなく、ヴァイオレットが答える。

 どう見ても上位貴族に対する態度ではないが、辺境伯は気にする様子も見せなかった。


「わかった。誰もおらぬ方が良いのだろう? 奥もダメか?」


「誰にまで話すのかは、内容を聞いてから辺境伯様がお決め下さい。」


「ふむぅ。それほどの事か。わかった。なるべく早く聞かせてくれ。」


 辺境伯が立ち去って行く。


 ようやく邪魔がいなくなったとばかりに、より強い力で腕全体を洗い始める。

 前職の癖が抜けず、『仕事』の後は念入りに手洗いをせずにいられないのだ。


 アル坊ちゃんは奥様の元にいる。厳重な警備がついているので大丈夫だろう。

 しかし、


「どこまで話すべきか、、、」


 ヴァイオレットには気がかりがあったのだった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「それは、まことの話か?!」


 辺境伯は目を丸くする。


「はい。アル坊ちゃんは、あの時、言葉を発しました。」


 アルは2歳3ヶ月。簡単な言葉を発してもおかしくは無いのだが、まだだった。少し言葉が遅いかも知れないと心配をし始めていたところだ。


「そうか!! それはめでたい!!

 あの状況で言葉が出たのなら『パパ』だな! ワシに助けを求めたに決まっておる!!」


 親バカを炸裂させる辺境伯に、


「恐れながら、」


「違うのか、、、」


 明らかに気を落とすのだった。


「言葉は2度発せられました。一度目は『やめろ』と。」


 ハッとする辺境伯


「あの時か! 自害しろと言われた時に、確かに聞いた。だが、大人の男の声だったぞ。」


「はい。だから私もご報告すべきか迷いました。聞き間違いかもしれませんので。」


「構わぬ。間違いであっても決して咎めぬ。だから、見た事、聞いた事を感じたままに話してくれ。」


 それを聞いても、逡巡するヴァイオレットだったが、


「2言目はハッキリとは聴き取れませんでした。

『・・ドレ・・・ソジャ・・』とだけ。

 これも正しいかどうか。」


「どれそじょ? 音階か?」


「歌っている感じはありませんでしたので違うかと。ただ、その直後に暴漢が苦しみ出したのです。」


「魔法か!!

 まさか、『影』の中にそのような魔法を使える者がおったのか!?」


「いえ。それはあり得ません。そう言う能力を隠し持った者がいたとして、あの状況で遠距離から暴漢のみを攻撃する事は不可能です。」


「そうだったな。お前の位置からでも無理な事を、さらに離れた場所からは無理だとすでに聞いておったな。」


 盾にされていたアルが無傷だったのは確認済みだ。


「なら、何が起こったというのだ。」


「ここからは私の戯言としてお聞き下さい。」


「何を言おうと構わぬ。お前の意見が欲しいのだ。」


 ヴァイオレットは決意の籠った目で辺境伯を見つめると、


「アル様は呪言師です。それも、恐ろしいほどの力を秘めていらっしゃいます。」


 辺境伯の固唾を飲む音が聞こえた。

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