第1話 最期の時
「お友達とおしゃべりしてみたかったなあ。」
ぽつりと呟く。
私は怜堂白夜(れいどうびゃくや)。今年、16歳になったばかり。普通の体なら高校1年生なんでしょうけど、生まれつき体が弱くて、学校には通った事が無いの。
お父様は大きな会社の社長さんらしいのだけれど、どういう会社なのかはよく分からない。看護師さん達は、日本人なら誰でも知っている有名な会社だって言ってたけど。
お母さんは娘の私から見ても綺麗な人。毎日、私の様子を見にきて、いろんな話をしてくれる。でも、涙を堪えて私に謝るのはやめて欲しかったなあ。
だって、お母さんは何も悪く無いんだから。
10歳くらいまでは動けていたんだけど、お外には出ちゃダメって言われてて、お屋敷から出た事は無かったわ。
それからどんどん体に力が入らなくなっていって、咳き込み出すと止まらなくなるの。それで骨が折れちゃったり、そのまま意識を失うのが当たり前になってからは、お医者様が一切の刺激を与えないようにって、テレビもネットも禁止になっちゃった。
だからこの世界の事、なんにも知らないの。楽しい場所や綺麗な場所、元気になったら行ってみたかった所がたくさんあるのに、お庭の花すら見られなくなっちゃった。
お友達も出来なかった。家族と病院のスタッフさん達以外に会う人もいないから。
でもね、今日はお出かけなの。お父様が真剣な顔でそうおっしゃったから。お母さんはその間、涙が止まらなかった。
そういう事なのね。
私には何も思い出が無いから、お父様たちの大事な場所を見たいって、わがままを言ったの。
そしたら、
「わかった。」
ってぽつりと言って、お父様は部屋から出て行った。
しばらくして、いつも私のお世話をして下さっている介助スタッフさん達が、いつもは一人ずつなのに、全員で部屋に入って来て、私の体に刺さってる針とかチューブとかを抜き始めたの。
そして、ずっと憧れていたかわいいワンピースに着替えさせてくれた。
外は日差しが強いからってリボンのついた麦わら帽子も被せてくれた。
普段、履くことの無い白いソックスと、学校に通えるようになったら履く予定だった革のローファーも履かせてもらって、ストレッチャーで久しぶりにお部屋の外に出たの。
私は運んでもらっただけなのに、ちょっと頭がクラクラする。普段よりも強めのお薬なんでしょう。まだ、咳も出ていないし。
ストレッチャーのまま外に出ると、大きな車が停まってる。色は黒いけど形や内装は救急車とおんなじ。救急車には小さい頃に何度も乗ったから見慣れてるの。
そのまま運び込まれると、お母さんが中で待ってた。笑顔で明るく話しかけてくれたけど、目が真っ赤に腫れてた。
車が走り出す。お母さんはずっと話しかけてくれるけど、頭に入ってこなかった。お父様は私を見ないようにしていたみたい。
やがて、車は大きな公園に到着する。普通は車で入っちゃいけない所まで、特別に入れて貰えるんだって。お母さんがそう言ってた。
車から下ろされると、そこは芝生の公園。私はストレッチャーから車椅子に乗り換える。
砂でできたお人形を扱うみたいに、スタッフさん達総出で、そっと、そっと、持ち上げられたの。
体が起こされて、周囲を見渡せるようになると、遠くに池が見える。
芝生の広場では、子供連れの家族や、カップル、おじいさんとか、みんな思い思いに楽しんでいる。
「ここはね。お父さんと初めてデートした場所なの。」
お母さんが教えてくれた。
「新婚旅行は南の島の、すっごくお高いリゾートホテルだったんだけど、お母さん、全然、落ち着かなくて、そしたら、機嫌が悪いと思われちゃったみたいでね、お父さんったら焦って、『エ、エビ食べに行こう!』って、言い出して、『そこは、カニじゃないの?』って、その頃流行ってた歌に引っ掛けてツッこんだんだけど、お父さんったら、その歌知らなくて、『カ、カニ? この島はエビが有名なんだけど、カニもあったかなあ』なんて言いながら、フロントに電話してね、、、、、、、、」
クスクス笑いながら話すお母さんと、『そんな昔の事を、、、』ってちょっと困ってるお父様の話を、体が傾かないようにスタッフさんに支えられながら聞いてる私。
最期がこんな風で本当に良かった。この家に生まれて良かったって、本当に思ったの。そしたら、涙が溢れてきて、それに気付いたお母さんの顔が急に曇って、
「こんな体に産んでしまってごめんなさい!」
って謝り始めちゃった。ごめんね。私は感謝を伝えたかったのに、もう声が出ないの。だから、最期の力を振り絞って先にお父様、次にお母さんの眼を視てから、最高の笑顔を見せてあげたの。
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