第11話
第11話
「さて...。」
状況確認と軽い自己紹介を済ませたところで、土下裕樹と佐々宮美咲の2人は現場である”3-501号室”の玄関扉を前にしていた。
玄関扉の周辺は片付けられており、近隣の部屋にある様な”傘立て”や”植木鉢”、”荷解き前の段ボール箱”などは一切置かれていない。玄関チャイムは備え付けのものであり、機種自体は古いが状態はかなり良く、あまり使用感を感じない。玄関チャイムの下には『秋篠』と書かれた表札が取り付けられていた。
「ここで間違いないな...?」
「あっ、はい、あってます。」
「オーケー。じゃあこっからは俺の番だな。犯人が美咲っちに会ったら何するか分かんねーから、先に下に降りて待っててくれ...。」
「はい、わかりました...。」
美咲が向かった先で階段を降る音が遠くなったのを確認した裕樹は、玄関扉の右隣に設置されている玄関チャイムのスイッチを押す。
スイッチが押されると同時に「ピンポーン」という電子音が鳴り響く。
音が鳴り止むまもなく、中からストストとフローリングを歩く音が聞こえ始めた。
ついで足音が止まるや否や、コロッというデットボルトが動く音が2回。
早くなる心拍を抑えようと、小さく深呼吸をする。
ガチャ。
ラッチの動く音を皮切りに扉が開き始めた。
裕樹はごくりと唾を一つ飲み込むと、スローモーションの様にゆっくりと、ただ着実に開き続ける玄関扉を前に全身の筋肉へグッと力を入れる。
扉は抑されることもなく全開し、扉のハンドルを握る1人の少女が出てきた。
「...ん......?」
「...あっあー...早朝に失礼します。その国営放送管理機関の者です。ご自宅のテレビの所有状況について確認させて頂きたく参りました。」
「...んっ...っ......。」
少女は空いた片手を前に出し、少し待つことを促す仕草をとった。こちらの応答を待つことなく、少女は扉から手を離して再び屋内へ戻って行こうとした。
目の前の少女があまりにも人畜無害そうで、一瞬ぼーっとしていた裕樹だったが、すぐさま冷静さを取り戻して目の前の”犯人”と思しき少女を捕えるべく手を伸ばした。
「...っ?!」
少女はその見た目に反して凄まじい腕力を持っていて取り押さえることができなかった。などということはなく、彼女の細い腕は少し力を入れたら折れてしまいそうなほどであり、片手で掴んで制止しただけでバランスを崩してしまう様な、まさに見た目相応と言った感覚だった。
裕樹は彼女の様子を元に”ある推測”を立てると、それを元に咄嗟に動き始めた。
「っ!!」
「ひゃっ?!」
すでに掴んでいた少女の右腕をその体ごとこちらへ引き寄せ、顕になった左腕と共に彼女の後部で動かせない様に拘束した。その反動で彼女の履いていたサンダルの片方が脱げて、玄関扉に挟まり、その動きを途中で妨げる。
「おい、ちょっ、聞けって!」
「っ!」
事情を説明するために顔を近づけようとするが、少女は抵抗しようと体を捩らせてしまい、こちらの話を聞こうとしない。
「おいっ!...おぉーい!俺はお前を助けに来たんだ!ちょっ、ちょっ待てよ!」
(くっそ、こいつぁハズレか?...人質なら”助けに来た”つってオッケーしない手はねぇだろーよ...それよか...。)
「ドジったか...。」
「あ〜らあらあらあらぁ〜...アタシのコにちょっかいかけるなんてぇ...いい度胸じゃなぁい...?」
声の元を辿ると、開いた扉に手を掛けた少女が立っており、その藍色の派手なツインテールを靡かせていた。少女は見下す様な視線をこちらに向けながら、不気味な笑みで引き攣った口元をしなやかそうな手指で覆っている。
「ねぇ〜聞いてるぅ〜?」
「じゃあオメーが...”秋篠綺捺”ってことで、いいんだな?」
「モチモチッ!アタシこそが正真正銘世界一可愛い女の子綺捺ちゃんでぇーす♪」
(美咲っちの言ってた通り身長もこの子よりちっせーし、コッチが本命で間違いなさそうだな...。)
「こっちだ!」
綺捺が瞬きをした一瞬の隙を見つけて、裕樹は人質の少女の手を引きながら廊下を走り始めた。
「えっ...?!」
人質の少女はなぜか少し抵抗をしながらも、裕樹の力にすぐ負けて半ば強引に引っ張られていく。
(うっし!練習してた俺の”瞬間移動(弱)”がブッ刺さる時が来たぜ!!)
瞬いた瞳が再度開かれるまでの1秒足らずで、裕樹たちはすでに階段の前まで到着していた。
(こいつを逃しちまえば、あとは実力行使だ。あいつの能力が...へっ!なんだろうと!多分”夢魔”と比べたら優しいもんだろうよ!!)
「...貰ったぜ!」
右は勝利を確信、しようと必死に笑顔を作っており、左は顔色ひとつ変えず、ただため息を一つつくのみだった。
1秒が何10秒にも感じられる様なこの世界であっても、自然の摂理同様”狩人は獲物を逃さない”。
「ハイ、すとっぷぅぅぅぅー!!!」
後方からその甲高い声が放たれた瞬間、加速していた思考がパッと止まり、”自らの動きを止めること”に考えを支配される。脳内にモヤモヤとした物が溜まっていく様な感覚が続き、それと同時に自我が失われていく様にも感じられた。
そして、朦朧とする意識の中で、”大好きな声”が耳に流れ込んでくる。
「あぁあ...紗綾ちゃ〜ん、アタシから逃げるってどういうことかなっ?」
その声を最後に、失いかけていた意識は完全になくなった。
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