第10話
第10話
とあるマンションの玄関口。組織からの指令で訪れていた組織の犬系青年土下裕樹は、玄関口内の隅で拾った怪しげなメモを読んでいた。
メモの内容に気を取られていた彼に背後から近寄る一つの影があった。それは彼の後方からゆっくりと近づき、ついには彼に触れるうる距離にまで接近していた。
「っ!!」
「うっわ?!......なんだよ人間かー、驚かすなってぇー、て、ててて、おいどうしたんだ?それ...。」
不意に右肩を触られたかと思い振り返ってみると、そこには自分より少し小さいくらいの少女が弱々しく立っていた。少女の様相は誰が見ても分かるほどに異常で、明らかに何らかの問題を抱えていることが見て取れた。
少女の赤茶色の長い髪はボサボサで、少し青白い顔つき。目には大きなくまができている。そのうえ靴は疎か、靴下すらも履いていない。華奢な素足を秋風で震わせながら、必死に体を支えている。
そして何より、
「おぉーい?!ちょ、ちょちょちょどうして全裸なんだい嬢ちゃん...?んっ...よっとー、ほいこれ、羽織りな...?」
裕樹は来ていた短ランをサッと脱ぎながらそう言うと、少女の肩へ優しく掛けてあげた。
相当寒かったのか、少女は反射的な動きで受け取った短ランの裾をひっぱり、その小さな肩を覆う様に両手で押さえた。
それからしばらくして、少女の瞳が失っていた光を徐々に取り戻し始め、我を失ったかの様に終始半開きだった口元に力が込められた。
「あっ、こ...これ、ありがとうございます。」
「いやいや、いいけどよぉー、なんでそんなカッコで出歩いてんだ?変態的なやつ...じゃあねーよなぁ...?」
「えっ...あっ、私さっきまで監禁されてて、逃げてきたんです!それで、まだ女の子が1人監禁されてて......助けてください!!」
「はぁ...監禁すか...。」
「本当なんです!信じてください!!」
「いやぁ、信じてるから。とりあえず、どーしよっか...。家送る?遠かったらうちでも良いけど...。いや、普通に警察か...。」
(これぜってぇ例の”人質”ってやつだよな...。だったらもう1人か...。)
「じゃっ、じゃあお兄さんの家にお願いします!私の家ここから遠いし、それに今家に帰ったり、通報したりしたら時間取られちゃってあの女の子を助けられなくなるかもしれないですから!」
半裸で寒さに震えているこの様な極限状態であっても物事の優先順位をつけられる少女に感心しながら、「任せな!」と調子良く返事を済ませて、自宅へ送るために彼女を抱き抱える。
「いや待った!」
(この半裸の状態で彼女を運ぼうとすれば、流石に人目を引いてしまう。だったら俺の”瞬間移動”で衣服だけ取って戻ってきた方が手っ取り早い。)
「どうしたんですか?」
抱き抱えられた状態の少女が、ポカンとした表情でこちらを見上げながら問いかけてくる。
「実は俺んちすぐそこなんだけど、よく考えたら道中すごい大通りを通らなきゃなー...なんてことを思い出してさ...。」
「はい...?.........っ!!」
軽く受け答えを返しながらも、こちらが言いたかったことに途中で気が付いたのか、唐突に赤らめた顔を俯かせた。
「で、でよ...?ちょっとここで待っててくれねーか?最低限肌を隠せる服を持ってくるからよ...。俺の私服なのは申し訳ないけどな...。」
「......お願いします...。」
自分の素肌が赤の他人に見られていて、かつ容易に大衆に晒されうることを再確認し、両手で必死に自らの顔を隠している。
そんな彼女をマンションの階段裏にそっと置き、外に出る。
「よーい...」
ドォォォン!!
轟音と砂埃、遅れてやってくる疾風が辺りを包み込み、それと同時に彼の身体は勢いよく発射された。
「ゴール!!」
辺りが静けさを取り戻し、立ち込める砂埃が霧散し始めた頃。
異能系爆速デリバリー青年土下裕樹は、全裸の状態で保護した少女に服を届けるべく、自宅から現場のマンションまでの往復数kmを全力徒走していた。
道中、衣服を入れた紙袋を抱えていたため、彼の前髪は跳ね上がった状態で癖付いていた。
「こちらでっせー。ほい。」
衣類の入った紙袋を手前に差し出しながらそう告げると、少女はその少し赤い顔をゆっくりと持ち上げた。
「ぁ...ありがとうございます...。」
「あーそれと、いくつかサイズも用意しといたから、合うのを選んでくれ。」
「あっ、はい...。」
弱々しく返事を済ませると、少女は階段の影により深く潜り込み、ガサゴソと着替え始めた。
少女が離れてから数分後。
「おー、着れたか...。」
彼女からの合図で振り返ると、先ほど渡した紺色のジャージに身を包んだ少女が立っていた。余った数着の衣類で膨れる紙袋を肘に掛けながら、綺麗に畳まれた短ランを手にしている。
「あの、これありがとうございました。お兄さんも寒いですよね。...どうぞっ!」
「おー、サンキュー。」
受け取った短ランを羽織り、紙袋を足元に置く。
「じゃー、服も着れたということで。」
「はい...。」
(さぁて、重要なのは、現場と、犯人と、被害者だ。これだけ分りゃ良いって誰かが言ってた気がする...知らんけど。)
「そーだな、単刀直入に聞くけど...。君が監禁されてたって部屋は、ここの501号室で違ぇねーか?」
少女は一瞬ビクッと肩を震わせつつも、すぐに答えてくれた。
「はい、合ってます。」
「おっけ。」
(組織からの情報とさっきのメモとで、これはほぼ確実だったけどな...。)
「あの...それで、小さい女の子が監禁されててっ!」
(んー?たしか”綺捺”とかいう女が監視対象で、人質いるみたいな書き方してあったけど、実際はそいつが監禁されてて、人質はその綺捺の事だったってことか...?)
「おー、まぁ落ち着けよ...。」
「は...はい、すいません...。」
少し息遣いが荒くなっていた少女を落ち着かせ、情報収集を進める。
(そいえば、さっき拾ったメモに『髭デブが犯人』って書いてあったな...。となると...いや、もう聞いたほうが早いか...。)
「じゃーよぉ、犯人はどんなやつなんだ?」
自らの疑問を解決すべくそう問いかけてみると、少女は呼吸を整える様に小さく息を吸ってからゆっくりと話し始めた。
「犯人は恐らく小さな女の子です...。あっその、さっき言ってた”今監禁されている子”よりも小さい女の子です。」
「”恐らく”ってのは?」
「あっ、えっと...私の記憶では”小太りのおじさん”が明確な犯人像としてあるにはあるんですけど、その...記憶の影...?というか、なんと言うんですかね...?」
「おー、まぁ...なんとなく分からんこともねーなぁ。」
(自分も、同僚から記憶操作を喰らったことがあるから、その感覚はわかる。)
「ありがとうございま...す?」
目を逸らしながら苦笑いを決める裕樹を前に少し戸惑いながらも、少女は話を続ける。
「...ん、あーそれで、その...私の記憶の影にはいつもその”小さな女の子”がいるんです。」
「うんまぁ、大体わかった。」
要は『犯人は背の低い女で、数人の少女を監禁していた。そしてその1人が、今目の前にいるこの少女Aで、現在それとは別にもう1人監禁されている少女Bがいる。そしておそらく、犯人の”背の低い女”というのが指令文にあった”秋篠綺捺”なのだろう。また、少女Aの証言を元に、”秋篠綺捺”の能力は少なくとも”記憶を操作できる”可能性が高い。』と言ったところか。
それはともかく、今までなんだかんだ聞くタイミングがなくて忘れてたけど、この子の名前って何だ?俺が三人称的にどう呼ぼうが問題ないが、ちょっと呼びかける時とか呼び名がないと不便だし、聞いとくか。
「なぁ、今更なんだが...いいか?」
「はい...?」
「俺は君のことなんて呼んだらいいか、教えてくれねーか?...あーなんだ、一時的なものでもいい。」
「そういえば自己紹介してませんでしたね...。...あっ、本名でもいいんですよね...?」
「もちろん。ちなみに俺は普段”UG”って名乗ってる。けどまぁ、好きに呼んでくれ。」
「私は”佐々宮美咲”と言います。その、私も呼び方はお任せします。」
「おー、じゃー”美咲っち”でいーかな?」
「えっ、あっ.......あー、もちろんです!!よろしくお願いします...お兄さん...。」
「おっす、りょーかーい。」
彼女の返事に若干の間があったものの、呼び名が決定したのでひとまず軽快にそう返しておく。
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