第7話
第7話
休日の早朝。
昨夜の一件から、メモに記されていた住所へ向かってみることにした小林紗綾は、頬を劈く様な秋風に耐えながら目的地へ向かって歩いていた。家を出る迄は必要かどうかすら悩んでいたマフラーも今ではしっかり首に巻かれている。
暫く歩き、スマホをポケットから取り出す。地図アプリを確認するために電源を入れると、画面上部にメッセージアプリの通知が表示されているのが見えた。どうやら兄が心配して連絡してきた様だ。
小林直哉『おでかけ?』
Saa8『そう』
小林直哉『一言言ってね。起きたら居なくて心配しちゃった。^^;』
Saa8『ごめん、次はちゃんと言う。』
小林直哉『^-^』
こういうチャット形式の文字でなら結構話しやすいけど、対面して喋るってなるといつもどうしてもうまくいかない。別に誰を意識してとかそういうのじゃないけど、目の前の人に喋っていると考えるだけで言葉が詰まっちゃう。なんというか、あんまり分かってもらえないかもしれないけど、”喋るのと話すのを両立できない”っていう感じ。それに、元々あまり喋らないせいで声を出すこと自体が苦手っていうのもある。
人差し指で画面をスワイプしてアプリを閉じ、画面が真っ暗になったスマホをポケットに納める。
(...私ももう少し頑張らないと。)
無意識に漏らしてしまったため息がうっすら白いのを見つけると、寒さで少し震えていた両手へ息を吹きかけて暖をとる。
ある程度温まったと判断し、口元を覆っていた両手を下ろす。すると空いた手指が再度秋風に晒されてしまうが、構わず肩にぶら下げる。小さい頃に母から言われた「両手をポケットに入れて出歩くのは危ないからやめなさい」という言葉を守るためだ。
とはいえ、何の対策もなく晒し続けるには外気は寒すぎるので、指先で引っ張り出したパーカーの袖先で掌を隠す。
それからまた暫く歩き、昨夜訪れた近所のスーパーマーケットの近くへ到着した。
店内は消灯しており、店先の自動ドアは開店を待つ数名の人々を前にしながらも固く閉ざされていた。
「...あっ...(あっそうだ、帰りに直哉にいにお土産買って帰ろう。)」
開店を待つ客たちを眺めながら、ふとした考えを思いつく。何気ないよくある考えだがその時は名案に思えた。
…って言っても、まだ開店前だし...帰りかなっ...
兄に対する懸念も忘れ”早く帰る”ことだけが思考を支配し、先程よりも早歩きになる。
それからは早く、あっという間に目的の住所に到着した。
地図アプリを見ていたスマホをポケットに納め、周囲を見渡してみる。
そこは、事前に確認していた通り、4棟のマンションが併設された集合住宅の様な場所だった。ただ、所々に落書きを消した時の重ね塗りで若干色の違う場所があったので、あまり治安は良くないのかもしれないと推測し、警戒を高める。
助けを求めるメモ、そしてそれを元に訪れたこの地を前に、兄の無実を証明したいという気持ちと、恐怖と緊張が齎すほんの少しの好奇心に背中を押されて敷地内へ足を踏み入れる。
御丁寧な事に、例のメモには住所の末尾に棟番号までしっかり書かれていたので、迷う事も無く”第3棟”へ向かうことになる。
「...っと...(...秋篠...あきしの......)」
第3棟の玄関口へ到着した紗綾は、入って直ぐの位置にある集合ポストの表札を順々に眺め、メモに記されていた名前を探し始める。
「...んぅ〜...(...違う...違う......ちが...う......)」
右端の3-101から順に見ていくが、一向に見つからない。
探すのに集中し、周囲の動向に意識を向けるのが疎かになる中、彼女に向かって一つの人影が迫る。
そんなことはいざ知らず、紗綾は続け様にポストを観察している。
「...あっ、あった!(...あ、あった!!!)」
彼女のその声と同時に、背後の影が巧みに笑う。
「ラッキー!いい娘が釣れちゃったぁ〜♪」
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