第6話
第6話
「あぁーっもう、クッソ鼻につく野郎だったぜ。」
ダメージ70%ジーパン、タンクトップと化した白シャツ、所々が切り裂かれて穴だらけの短ラン姿というクソダサファッショニスタ青年土下裕樹は、いつもの様に栗色混じりの黒髪を掻き上げながら悪態をついていた。
裕樹は摩擦で傷だらけの衣服を脱ぎ捨てると、自室の隅に置いてあった段ボール箱から乳白色のビニールで梱包された小包を一つ取り出した。
「これはまぁ...?組織サマサマだわな...。」
ベリベリっと小包の粘着テープを剥がして封を切ると、包まれていたのはいつしか目にした細身のジーパン、無地の白シャツ、裾を短く加工された学ランだった。
「おぉおー、やっぱこれだよなぁ!!」
超・クソダサファッショニスタ青年土下裕樹は、新調された短ランに袖を通し終えると、一瞬で姿見の前まで移動した。身長180cm以上ある彼でも全身が見渡せる程大きい特製の姿見にもファッションセンスを補う機能は搭載されていなかったが、彼の目にはそれが完璧に映るらしい。
「んあっ?」
飽きないのか謎だが、あれから裕樹はファッションモデルの様に”ポーズをとり瞬時に次のポーズへ”と繋げていくあれを姿見の前でずっと続けていた。そこへ、彼のスマホが新着メッセージを知らせる通知音と共に振動した。
それに気がつくと、素早く動かしていた体を停止させ、少し気怠げに音源へと手を伸ばす。
S『ターゲット:秋篠綺捺、能力:不明、要件:捕獲・無力化、補足:能力を利用した犯罪行為・人質の可能性』
「げっ...。もう次の任務かよぉ...?あぁあ、めんどくせぇ...。てか前の失敗......いや、まだ終わってねーけど、いいのかよ?」
UnderGround『直近の任務まだだけど?』
S『こちらを優先してください。』
UnderGround『了解』
「はいはい、わーかりましたよっ、と。」
真っ暗になったスマホの画面を見つめながら呟く。
2年前、俺は自分が常人より遥か素速く動けることに気がついた。いわゆる”瞬間移動”というやつだろうな。奇妙なことに、当時突如として使える様になった力にも関わらず、始めのうちから自分の考えた通りに制御して扱うことができた。それも相まって、ちょうど中2の盛ってた時期ってのが重なり、「学校中の不良相手に喧嘩を吹っ掛けられて返り討ちにする」というあまりにも物騒な毎日を送っていた。挙げ句の果てには、勝手に”西中裏番長”と言われて、ガチのヤバいおっさんと喧嘩させられたこともあった。まぁ、勝ったんだけどよ。
そんなある日、いつもの様に帰宅しようと校門をくぐると、急に黒服の大男から話しかけられて『力を使っているな?記憶消去で新たな人生を送るか、組織で働くか、選べ』と言われた。直ぐに”あれ”の事だと分かりシラを切っては見たが、奴は俺の力について詳しく知っていて、なんなら、俺よりも詳しかったかもしれない。
そんなこんなで、俺が今でも”この力”を使えているのは組織に入り、日々送られてくる任務をこなしているからである。
俺が所属している組織は、異能力関連の事件を扱う自警組織”ヒュプノスの息子たち”というらしい。”異能力関連の事件や事故を調査し、可能な限り未然に防ぐのが目的”とのことだ。それと、中二の時に俺が受けたみたいな”忠告・勧誘”を経て、構成員を集めている。
俺も今日まで幾つもの任務をこなしてきたし、訓練の成果もあって、現在では組織全体でも結構強い方のはずだった。
そんな俺でも歯が立たなかったあいつ。あのエイモスとかいう奴は、”夢魔”と呼ばれている奴で、普通の人間とは違う種族とされている。具体的に何が違うかというと、ただひとつ”万能の超能力が使える”という点だ。逆にそれ以外は普通の人間と区別をつけるのは難しい。
”夢魔”という呼び名も本人たちが名乗っているだけで、その意味は分かっていないらしい。
「あァー...あのクソ野郎ォ...思い出すだけでムカつくぜ、まったくよォ。」
両手に力強く握り拳を作って、数発ジャブを繰り出す。
「っし...しっしっ!......はァ...ちょいマシんなったかぁ...。」
気疲れを払拭できたのか、裕樹は拳に込めていた力を抜き、落ち着いた様子でベッドに横たわる。ベッドの柔らかさが眠気を誘い、条件反射的に自然と瞼を閉じる。
目を覚まし、スマホで時刻を確認すると10時30分。アラームを設定していたはずと考えたまさにその時、聞き逃していたアラームがスヌーズ機能で鳴り始めた。それを止め、体を起こす。気が付かぬうちに脱いでいた短ランを羽織り直し、リビングルームにある頑丈そうな木製の椅子に腰掛ける。
テーブルカウンターの端に10本程纏めて置いてあった缶コーヒーを1本開栓し、ゴクゴクと音を立てて飲み始める。
「プハーうめぇー。やっぱヒーコーはブラックよなぁ!」
彼は数える間もなく350mLの無糖ブラックコーヒーを飲み干し、手にしていた空き缶のキャップを閉じた。
「さぁてと、ちゃっちゃと行って終わらしちまうかー。」
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