第5話
第5話
夜の都会、ネオンが建物の輪郭を描く中、国内でも有数の超高層ビルの頂上に対峙する2人の男がいた。眼下に広がる都市の明かりは、彼らの足元で揺れ、まるで星屑が大地に散りばめられたような幻想的な光景を作り出していた。
「ようやく見つけたぜェ!よォー!夢魔野郎ォ!!」
「うむ、よくぞここまでたどり着いた。さぁ、名乗ると良い。......なに、私の信条でね。君のような強き者には名乗る権利がある。先手は不服か?では私が先に名乗ろう。...我が名はエイモス=ホワイト、そうだな、ホワイト家第2世代最強の夢魔...とでも言っておこうか。」
そう言い、銀髪オールバックの男エイモスは両腕を前後に回し、上品なお辞儀をする。
風が高層ビルの隙間を抜け、静かに彼のコートを揺らす。昼間には静けさを保つ秋風も、夜になればその冷寒な空気を撒き散らす。
「さて、私は名乗ったぞ?君も名乗りたまえ。」
ジーパン白シャツに短ランと言う不釣り合いな格好をした細身の男は、栗色が混じった黒髪を右手でかき上げながら、下に向けていた顔をスッと持ち上げた。
「えっ?あっ、俺?」
「...」
黙ったまま真顔で見つめてくるエイモスに根負けし、軽く弁解をする。
「わーったわーった、俺も名乗るからよぉー、そんな怒んなって、な?」
その言葉を遮るように銀髪オールバックの男は呆れた口調で自らの心情を吐露した。
「もういい。私も...やるならやるでさっさと終わらせたいんだ。あまり時間がなくてね、忙しいんだよ、君と違って。」
彼の言葉が開戦の合図となり、2人の間で電撃の如く激しい視線がぶつかり合った。
睨み合いが続く中数秒が経過したが、依然互いに一切の動きもなく、ただ相手の動きに集中していた。
その常人であれば精神をすり減らし気絶しかねない程の苛烈な睨み合いが、もともと静かだった空間にさらなる静寂を作り出した。
どちらが先手を切るか、相手が先だった場合どのように対処するのか、反射神経、思考力、相手の行動を予測する推測力、その全てに集中した結果がこの静けさだ。
刹那の末、この睨み合いに決着がついた。
勝者はエイモスの方だった。
とはいえこれまで、どちらも一切の攻撃も防御も回避もしていない。緊張状態で戦闘体勢を完全に維持した相手に半端な策で飛び込むのは死にに行く様なものだからだ。
これも互いに強者であった故の決着だったと言えるだろう。
勝敗が決し、銀髪オールバックの男は余裕を見せるように軽快に口を走らせることでその勝利をはっきりと示した。
「そろそろ聞かせて頂けるかな?」
「なにを?」
「名乗ると言っただろ?」
「あぁそうだったな、俺はとある組織のモンで、コードネームは”UnderGround”だ。なげーから”UG”とでも呼んでくれよ。」
「ふむ、本名ではないのか...」
「聞きたきゃ力ずくで聞いてみ”ろ”ぁ”!!」
第2ラウンド開始のゴングとでも言わんばかりに、叫び声をあげたUGは相対する銀髪オールバックの男エイモスに接近するべく、瞬時に彼の右側に高速で移動した。
対してエイモスは、目の前から彼の姿が見えなくなったことを全く気に留めている様子はなく、むしろ目を閉じることで自ら隙を作って見せた。
UGは、手の内を明かさないため直前まで隠し持っていた。40cmほどの筒状の武器を取り出し、グリップ部分のロックを解除、展開することで長槍型の武器を手にして構えた。
依然、エイモスは瞼を閉じたままだった。
「おいおい、スキだらけだぜっ?!」
そう吐き捨て、UGはエイモスの胸部めがけて槍を突き立て超高速で突進した。当然、一般人には、視認できないし、なんなら、訓練を受けた軍人や、世界最強の動体視力を持った人間でも彼の動きを追うことはできないだろう。文字通り、彼の動きは”人間のそれを超えていた”。
しかし、それほどの速度を持っていようと彼には追いつけなかった。
「なっ?!なぜ動けないっ?!おいっ!何をしたっ?!」
ギィィィンと言う音と共に、UGの体は空中で停止し、手足は磔られたかのように大の字に固定されていた。
そこで銀髪オールバックの夢魔エイモスは閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げ、眼前で磔られている男の目を覗き込む様に見上げた。
「っ?!...なんだよ?...俺を殺んのか?...ははっ!やめといたほうがいいぜっ!俺を殺すと組織はお前を組織の脅威として、一斉に殺しにかかるだろうよ。」
エイモスは、「ニヤッ」という効果音が良く似合う、悪役風な笑みを小さく浮かべ、例によって落ち着いた口調と余裕のある顔つきで冷静に答え合わせを始めた。
「殺しは、しないかな?...そんなことしたら”あの娘”に顔向けできないだろうからね。」
それだけ言い、右手をコートの内ポケットに伸ばすと直径1cm程の太い葉巻とライターを取り出した。
一見絶体絶命なUGだが、それでも組織で訓練を受けたそれなりの強者だ。この様な状況の対処法は弁えている。
「おいおいおい、結局これはなんなんだよ?」
UGが時間稼ぎのつもりで振った話に、エイモスは想像以上に食いついた。
こういう”訳の分からない技”を使う奴はそのギミックを聞いとけば大体説明してくれる。しかも、圧倒的に自分が有利な状況なら尚更だろう。
「糸だよ。...そうだねー、夢魔の力の応用と言ったところかな?」
「ふーん、”いと”ねぇー......やっぱ夢魔はきめーわ。単騎で来るんじゃなかったぜ。」
「ちなみにだけど、君が使っているのも、夢魔の力、その断片だよ。」
「は?」
これ迄は話を合わせていたが、唐突に齎された衝撃の情報に素で驚いた声を出してしまった。
「悪いが詳しくは教えられない。が、一つだけ言えること...いや、聞いて欲しいことがあるとすれば、”欲望のままに使いまくれ”ということかな?」
「これまた、は?なんだが...」
「あまり深く考えるなよ。所見だが、君の性格ならガンガン使ってくれそうだし、私も心配はしていない。あと、気になるだろうから教えてやろう。”それ”を使うことに直接的な害はない、言い切ろう。だが、その力に頼り切った生活をすることは今後のことを考えるとお勧めしない。これを言うと私が良い奴みたいになるからあまり気は進まないが、”あの娘”はきっとそうしろって言うだろうからね。」
そう言いながら、エイモスは再びコートの内ポケットへ手を伸ばすと、2本目の葉巻に火をつけ、一口目を大きく吸い込む。時折吹く秋風に、葉巻の煙が霧散しようかとしていた次の瞬間、ビィィィンと今度はギターの弦が切れる時の様な音が幾つも鳴り響いた。
時同じくして、威勢の良い声を張り上げたのは先程まで囚われの身であったUGだ。
「あ”ァ”ァ”あ”あ”ァ”あ”あ”ァ”ァ”ー!」
彼の声に一切驚くこともなければ表情一つ変えること無く、冷静に銀髪オールバックの男は宣言をする。
「ふむ、まぁ良いだろう。だが...次に邪魔する様なことがあれば......。」
「はいはい。舐めてかかったのは後悔してるさ、だから次は......俺も本気で行くよ。」
声を低くして真面目なトーンでそう告げると、右手に持っていた長槍型の武器を一度振り払う仕草をする。続けて手元を操作し、元の40cm程の棒状の形に戻すと、そのまま特製のショルダーホルスターに収納しながらUGは立ち去っていった。
彼が去った後、銀髪オールバックの男エイモスは、夜風にロングコートを靡かせながら1人高層ビルの頂上に立ち尽くしていた。眉を寄せ、深妙な目つきで夜空にさんざめく星々を眺め、独り言を呟く。
「ふむ、悪役というのも、難しいものだな...。」
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