第2話
第2話
妹の紗綾と学校帰りの買い物を終え夜道を歩いていた小林直哉は、嫌な記憶で気分が落ち込んだのを立て直すため、辺りを見回して気を紛らわせていた。
不意に目をやると、無言棒立ちだった街灯がピチピチっと通電する音を発しながら点灯していくのが見えた。
(...はえ、同時なんか...)
なんとなく、映画とかの地下研究室のような感じで道に沿って一つずつパッパッパッと点灯していくイメージがあったが実際にはそんなことはなく、見える範囲全ての街灯が同時に点灯し、真っ暗だった夜道を明るく染め上げた。
左腕の時計を見ると、17時45分。
(...んあ?45分に起動すんのか...)と、なんでもないことを考えていると、後ろから制服の裾をきゅっと引っ張られる。お呼びのままに彼女の方へ振り向き、応答する。
「ん?どした?」
「...んっ...」
さあは「こっち」と言わんばかりに右手人差し指をどこかに向け、その方向をじっと見つめていた。
「なんだ?こっちになんかあるのか?」
促されるまま、彼女の指差す方向へ目を向けてみる。
4、5メートルほど先、視線を落としながらこちらへ、とぼとぼと歩いてくる小さな女の子がいた。その女の子はさあと同じかそれより小さいくらいの身長で、小・中学生と見るのが妥当だろう。ただ、少し大人しい様にも見える。不思議な感覚だった。
幽霊とかじゃないだろうなと内心びびりながらも、女の子の元へ向かう。だんだん近づく彼女の身長を目測して、視線を合わせられるように膝を折る。
女の子の前でしゃがみ込み、優しく話しかける。
「どうしたの?迷子かな?」
「...っ...」
一言目は優しく、寄り添う様に柔らかい声で尋ねてみる。
すると女の子は唐突に、なにか発作的な所作で息を吹き出したが、泣きそうになって過呼吸気味だったのかなと適当に流した。
ひとまず、と話を続ける。
どこぞで聞いたが、子供と話す時は目線や立場を合わせて話すのが基本だとか。
「そうだね...実はお兄さんたちも迷子になっちゃったんだ。良かったらお兄さんたちと一緒にパパとママ探そっk…..か?」
言いかけてから思い出し、少し躊躇う。自分はもう割り切っているし、他人のことは他人のこととして処理できるが、こちらはどうだろうか...。
後方からの制服の裾を引っ張る力が少し強くなり、足が竦んだのか、革靴とアスファルトが擦れる音が聞こえる。
彼女の所作が過去の情景を蘇らせ、沸き上がる負の感情に襲われる。それでも気を強く持ち、目の前の小さな女の子を心配させまいと落ち着いた表情を作る。
少しの沈黙を跨ぎ、女の子は口を開いた。
「じ、実はさっきまで監禁されてて...!」
そこまで言いかけて、図太い声が彼女の言葉を遮る。
「きなつちゃ〜ん?...なあにしてるのかなぁ?」
「っ?!」
女の子が発した見た目にそぐわない流暢な言葉遣いに驚く間も無く、30代ほどに見える髭を生やした大男が彼女の後ろに立ち、女の子の言葉を遮る。その男は、ニヤッと不気味な笑みを浮かべながら女の子の手をガッと掴む。
「いやぁ〜、すいませんねぇ。うちの子が迷惑をかけてしまってぇ〜」
「あっ、娘さん...ですかね?」
先ほど女の子が言いかけた言葉、彼が来てから足を震わせて一言も喋らない彼女の姿から湧き出る考えを払拭できずに聞き返す。
「えぇ、まぁ、そんなとこですかねぇ」
(...怪しい)
「あの、失礼を承知でお願いしたいんですが...。」
「なんでしょ〜?」
「俺、その...娘さん?を今まで保護していたので、報酬が欲しいです。なので、今から交番に来て頂けませんか?」
なんとか怪しまれずに警察を介入させようと考えた結果、私欲を見せつけるという選択になった。
正直、これでは苦しいかもしれない。
「えぇ、良いですよぉ?」
「やっぱそうd、え?!良いんですか?」
「えぇ、もちろん。うちの娘を今まで保護して頂いたことには感謝してるんですからぁ。何かお礼ができるなら是非とも。」
予想外だ。間違いなく断られると思っていた。断られたら、尾行してなんとか警察に通報する予定まで立てていたのに、考えすぎだったか?
「で、では...ご足労お願いします。」
「えぇ。」
最寄りの交番は家とは逆方向にあるので、さあには先に帰ってもらうことにした。既に家のすぐ近くだったのと、暗い夜道で人目が気になりにくければ、見た目を気にせず1人で帰れる判断らしい。あとは、多少なりとも俺に迷惑を掛けまいと、彼女なりに頑張ってくれたのかもしれない。
さあと別れてから数分歩くと、特に問題を起こすことなく男と女の子を交番に連れてくることができた。
最寄駅に併設された交番には巡回用のパトカーと小型バイクが止められており、窓から漏れ出す蛍光灯の明かりが辺りを純白に照らしている。
警官に直接事情を話すため、「大勢で入って警官の仕事を邪魔するわけにはいかない。」と、適当な理由をつけて男を外で待たせることにした。ここで無理に女の子を引き離そうとすれば怪しまれると考え、女の子も外で待ってもらうことにした。
隙をついて男が逃げないかと心配だったが、交番に入り事情を話すと、警官の1人が男たちを見ていてくれることになった。
ベテラン風の警官が男たちを外で対応してくれていたので、こちらでは考えを正直に警官に伝えることができた。
「それで、誘拐?とかではないかと疑っていて...。」
「分かりました。でも、その女の子と男性の方は今そこにいるんですよね?」
「そうなんですよ。正直、自分でも分からなくて...。」
「良いですよ。では、お二人にお話を伺いましょうか。」
「あ、あの...俺が女の子を保護していた報酬が欲しい、と言う体でここまで来たので、その体で話を進めていただけませんか?」
「んー、我々は皆さんの意見や主張を公平に聞くのが仕事なので...。まぁ、良いでしょう。始めのうちはそうしましょう。仮に誘拐犯となると確かに必要以上に刺激するのは良くないですからね。」
「ありがとうございます。」
「では。」
そう言うと、警官は表の扉を開け、男たちを招き入れた。それが済むと、外で対応していた警官は駐車場の隅に停めてあった原付に跨り、パトロールだかなんだかで排気音と共に走り去って行った。
抵抗もせず、男に手を引かれて入ってくる女の子はじっと下を向き、恐怖からか肩を震わせている様に見える。
警官が裏からパイプ椅子を2つ持って来て、それらを展開し「どうぞ」と着席を仰ぐ。恐らく着席させることで、逃亡の足を緩めるためだろう。
「ではお父さん、早速ですがお名前とご住所をこちらに、あ、娘さんのもお願いします。」
そう言いながら、警官は一枚の記録用紙と、ボールペンを持ってきた。
全て書き終えたのか、男はボールペンをノックしてペン先を納め、記録用紙と共に警官の方に差し出した。
警官は用紙を受け取り内容を確認すると「では、しばらくお待ちください」と告げて、裏方へ消えた。
男に話しかけられたらどう返そうかと緊張していたが、その心配は徒労に終わった。
1分もせずに警官は帰ってきたのだ。しかし、警官は不思議そうな顔で、先ほどの記録用紙を凝視している。
数秒の後、警官は目線をこちらへ向けて話し始める。
「お父さん、これ書き間違いとかないですかね?今こちらで情報を確認したところあなたと同姓同名の男性、かつ顔も似た方の捜索願いが出されていたんですが...。」
警官の言っていることが理解できないでいると、男が落ち着いた様子で話し始めた。
「はて、恐らく駐在さんの見間違いかなと思います。私は間違いなくここに居ますし、ええ、見間違いですよ。」
どの様な判断を下すのか気になり、持っていたボールペンをカチカチとノックして考えている警官をじっと見つめていると、横目に見えていた男が急に立ち上がった様に見えた。
目線を移動し隣の男へ向けたが、特に何も何事もなかったかの様に変わらず座っていた。
必要以上に男の方を見ていると怪しまれると思い、再度目線を警官に向け直す。それと同時に警官もこちらへ向き直し、話し始める。
(さぁどうなる...?)
「仰られた通り私の見間違いだと思います。お父さん、それとお嬢ちゃん、ご協力ありがとうございました。あ、君も協力ありがとう。」
「えっ?...その、ゆう...報酬の件は?」
誘拐犯の疑いで調査をお願いしに来たのに、全く要領を得ない警官の言葉に危うく言葉を誤るところだった。
「一体どういうことだよ...。」
あの後も警官の意向は変わらず、と言うより「ご協力ありがとうございました。」しか言えない”ご協力ありがとうございましたbot”にでもなっていたとしか思えない様な状況だった。
いくらなんでも警察に楯突くのは私生活にまで多大な影響があると判断して、女の子には悪いが諦めるという選択をとってしまった。
(というか、見た目だけで怪しいと判断するのもあまり良くはなかったか...でも、彼女は「誘拐されてた」とかなんとか言ってからな...)
もう忘れて自分の生活に戻ろう、と言うことにして、家までの道を少し早歩きで進む。
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