第1話

第1話


週末、放課後の帰路。

黒髪短髪、藍色の生地にチェック調の白線がうっすら入った学校指定のスラックスとブレザータイプの制服を着用した高校1年生の小林直哉は、3つ下で中学1年生の妹、紗綾と共に近所のスーパーマーケット『フレンドリーマート』に立ち寄っていた。

兄の後ろを隠れるようについてくる紗綾は、濡烏の如き紺色の光沢を放つ黒髪を可憐に揺らしながらも、時折、垂れ耳のような控えめのツーサイドアップに括られた毛束へ手指を伸ばし、もじもじと恥ずかしそうに毛先を弄っている。

直哉たちが通う学校は、一貫校というわけではないが、立地と学力的にほとんどの学生がエスカレーター式に進学するため、中学校の制服をそのまま使えるようになっている。それも、その運びで進学すると、授業料等、掛かる費用が大幅に免除されるというおまけ付きとなっており、敢えて別の高校へ進学する生徒はほとんどいない。その影響もあって、数年に一度行われる中学校の制服改修のたびに、委員会の事務所へは在校する中高校生からの意見書が大量に届き、それがある種のイベント事と化している。

そして、中学一年生でちょうど制服改修の年が重なった紗綾は、兄とは全く違う大手ブランドの生地で、指定の白ワイシャツに、サロペットタイプのスカート、その上から短めのジャケットを羽織る上品な仕様となっていた。当然学校では同級生が皆同じ制服なのであまり気にならないが、外を出歩くとなると少々派手で、人目を引いてしまう。それ故、そういうのが苦手な紗綾にとっては通学だけでもかなりの負担になるらしい。そんな妹のために、直哉は通学時間を合わせ、かつ部活などの課外活動は一切せず、一緒に登下校をするようにしていた。


買い物を終え、商品がパンパンに詰まった買い物袋を両肘にかけながら、帰り道に食べようと思って買った菓子パンを袋から取り出す。開封し、切れ込みに沿って三分の一をちぎり取ると、それを妹に渡す。

「...ぃがとう...」

彼女の発した、か細く弱々しい礼の言葉を、なんの疑問もなく「あぁ」と受け取り、菓子パンをさらに三分の一ちぎりとり口に入れる。



初秋の日没は想像以上に早い。

まだ17時半だというのに、あたりは真っ暗。分厚い曇り空で、元々薄暗かったこともあり、絶対時間で起動する街灯は未だだんまりだ。深夜の街灯が消えるタイミングを除けば恐らく、今日一番暗い時間だろう。

買い物自体がのんびりめだったというのもあるが、それ以前に、今日は偶然にも学校を出る時間が遅くなってしまった。妹の三者懇談があったためだ。参加できない父の代わりに保護者代理として俺が参加していたのだ。

とはいえ、どちらにしても、さあと一緒に下校するために待っていたとは思うが。


「なぁ、さあ?親父、いつ帰ってくるかな?」

自分の勝手な気持ちで、落とし所に困った独り言をぶつけてしまったと、言い終えてすぐ後悔する。

「......」

「あっ、そうだな。まぁ、独り言として聞いてくれ...」

「...ぅん......」

さあの口数は相変わらず少なかったが、普段からそうなだけで、実際しっかり俺の言葉を聞いてくれるし、俺の悩み事には一緒に悩んでくれる。恐らくだが、かなり兄妹仲は良い方だと思う。

元々物静かな妹ではあったが、昔は今ほどではなかった。

彼女をこうさせてしまった原因は間違いなく、あれだろう。



「ゆ、行方不明って?!」

ちょうど2年前、その日も今日のような少し肌寒い初秋だった。

学校から帰ると、重苦しい空気が漂うリビングにはテーブルに肘をつき頭を抱える親父と、ランドセルを背負ったままソファーに座り俯いている紗綾がいた。

「何だよ親父。なんかあったのか...?......なぁ...母さんは?」

2人は条件反射で肩をビクッとさせ、より一層目線を下へ向けた。

「おい!か、母さんはどうしたんだよ?!」

少し怒鳴る様に言うと、紗綾は鼻をグスッと鳴らしながら立ち上がり、逃げる様に部屋を出て行った。

「母さんは...」

紗綾が出て行ったタイミングで親父がやっと口を開いた。

「母さんは、行方不明だ。」

「ゆ、行方不明?!何だよ、行方不明って?!」

「分からん...。」


聞くと、警察にはもうとっくに連絡済みだが、全く情報がない状況らしい。行方は疎か、生死すら分かっていない上に、ある警官からは「気持ちの整理のために、今のうちから諦めておいた方が良い」とも言われたそうだ。なんでも、この様なケースは海外の犯罪者、もしくは、プロの犯行の場合が多いからだそうだ。



俺と紗綾は当時子供で、そこにある現実を受け入れることしかできず、半年もせずに母さんのいない生活に馴染んでしまった。

当然、愛妻家で頑固な親父にはそんなことできるわけもなく、廃人の様になってしまい、ある日から家にも帰って来なくなった。


ただ以前、夜中に親父が家に居るのを見かけたことがある。

その時親父は、右腕から血を流し、足を引きずっていた。

「一体何があったんだ」と聞くが、「気にするな」の一点張りで、ついにはそのまま家を出て行ってしまった。

その一件が、大体1、2ヶ月前のことだったが、それからも何度か親父が家に居た痕跡があったので、ひとまず命の心配は無いのだろうが...。

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