1作目ほんへ(仮)
はしおき
第0話
第0話
早朝。とあるマンションの一室にて。
野鳥の高鳴きと、自動車の走行音で目を覚ました”少女”は、瞼にかかる前髪を不慣れな動きで避けながら周囲を見回していた。
肩下くらいの赤茶髪をボサボサにしたその”少女”は、前側で両手を縛られ、口には猿轡のようなものをつけられていた。
監禁部屋は一般的なマンションの一室そのままで、内外を隔てる分厚い遮光カーテンさえも備え付けのものだ。
締め切られたカーテンの隙を掻い潜って流れ込む僅かな朝日が、散乱したゴミ袋の表面を経由しながら、フローリングに光の線を描き、コントラストの効いた影を彩る。
両手の自由を奪われながらも、上手く立ち上がることに成功した”少女”は、足音を立てないようにと一歩一歩を慎重に選びながら玄関までの道筋を模索していた。眠ってしまった”奴”の隙をついて逃走を図るためだ。
縛られた手ではボタンの外されたワイシャツを直すことはできず、露出した肩を震わせながら廊下を進む。
(やった...もう少しだ...)
物を蹴っ飛ばさないようにと壁をつたい、足元を見つめながら廊下を進んでいると、想像以上にすぐ目的地へ辿り着いた。
”少女”は、眼前に聳える玄関扉の磨りガラスから差し込む光を頼りに、施錠された錠前へ目を向ける。
音を立てないように、肩から指先へグッと力を入れながら上側の鍵の開錠を試みる。
ツマミが半分ほど回った時、突き出ていたデットボルトが動いて開放される音が聞こえる。その音で”奴”を起こしてしまわないかと心配になり、回し切ったツマミから腕を納めて後方を確認する。振り返った先、廊下の奥に見える景色は依然変わらず、薄暗い部屋と寝息を立てる”奴”がいるだけだった。
溢れる安堵感を封じ込め、一度深呼吸を挟んでから、冷静に二つ目の鍵へ取り掛かる。
扉越しの外気が無意識のうちに体温を奪い、気付く間もなく本能的に身震いをして体温を上げようとする。
起こしてしまわないかという恐怖もあるが、秋の早朝、しかも朝日の恩恵が受けられない状況であれば、室温が10℃程度を下回っていても何もおかしくはない。
(あっ!...)
緊張と寒さで萎縮した血管が血流を妨げ、立ち眩みを誘発する。立ち上がり様にふらつき、真っ暗になった視界のまま受け身を取ろうとするが、当然、両手の自由を奪われた″少女″にそれは叶わない。結果、″少女″はさらにバランスを崩し、反射的に踏み出した右足の軌道を大きく狂わせる。地を探して重力のままに放たれたそれは、勢いの余りに床と強く衝突する。
ドンッ!という大きな音と共にフローリングの床を叩く。
一気に身体中の毛が逆立ち、冷や汗が溢れ出る。
間違いなく気づかれたと思い、勢いに任せて二つ目の鍵を開けて、板状のドアノブごと扉に全体重をかける。
ガツッ!!
強烈なドアチェーンの張る音が響き、巨大な鉄板が”少女”の行く手を阻む。
「あれあれあれあれ?...へっへへぇ♪」
全力の突進を強制停止させられたことによる衝撃で朦朧とした意識のまま、”奴”の声が鼓膜に届き、本能的な恐怖で身震いする。だが同時に、逆らう事の出来ない命令が脳から発され、体ごと視線を後方へ向ける。
振り返りざまに自らの赤茶色の髪が靡き、視界を一瞬奪う。次に見た世界では、視野の8割以上を埋め尽くす程近く、文字通り、目と鼻の先に”奴”は居た。
「み〜い〜ちゃんっ♪」
”奴”は愛玩動物にでも向けるかのような柔らかい口調と視線で”少女”に語りかける。魔法か催眠術か、”少女”は”奴”の言葉に操られるかのように監禁部屋へ戻って行った。
そして、また今日も...
「さっ♪今日は何しよっか〜?えへへっ♪」
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