第9話 「『狩桜(かりざくら)』には使い方があるッ!」
今日の試合は夜叉(やしゃ) VS 八咫烏(やたがらす)の時より多くの観客を集めていた。戦場の中心では既に夜叉(やしゃ)と寧々子(ねねこ)が対面していた。寧々子(ねねこ)は余裕そうな顔を浮かべていたが、夜叉(やしゃ)は無表情のままだった。騒々しい観客席の後方には水木(みずき)と烏天狗(からすてんぐ)が立っていた。
「えらい盛り上がりようやな。」
「殆ど寧々子(ねねこ)のファンだよ。試合予想も大半が寧々子(ねねこ)の勝利を予想していた。」
この前の練習試合やランク差などを含め、寧々子(ねねこ)と夜叉(やしゃ)とでは実力の差がありすぎるというのは火を見るよりも明らかだった。
「あれからなんも練習しとらんけど、夜叉(やしゃ)のやつほんま大丈夫なんです?」
「……分からない。」
今日の水木(みずき)は、普段と比べて表情に余裕が無かった。寧々子との戦い以来、夜叉(やしゃ)は他人に一切口を利かなくなっていた。何か話しかけても返事だけ。試合前の控え室でも同様だった。この状況には流石に水木(みずき)も不安を感じていた。
「夜叉(やしゃ)があそこまで考え込んでるのは見たことがない。」
水木が呟いた所で、「おーい!」という声が聞こえてきた。2人がほぼ同時に向くと、魍魎(もうりょう)がいた。そして魍魎(もうりょう)の隣には、八咫烏(やたがらす)がいた。
「見届けに来たぞ!」
「八咫烏(やたがらす)!?」
驚く水木(みずき)。魍魎(もうりょう)が来る、ということは事前に連絡が来ていたため知っていたのだが、八咫烏(やたがらす)まで来るのには流石に驚いた。
「あぁ、なんかさっきばったり会ってな!」
魍魎(もうりょう)がにんまりと笑いながらいきさつを話す。きょとんとしている烏天狗(からすてんぐ)。
「……こいつらが魍魎(もうりょう)と八咫烏(やたがらす)っちゅーんすか。」
「そう、魍魎(もうりょう)と八咫烏(やたがらす)。この前、夜叉(やしゃ)と戦った陽陰改(ようかい)たちだ。」
水木(みずき)に紹介されて魍魎(もうりょう)が笑顔を向ける。烏天狗(からすてんぐ)も笑って返す。そんな中、割って入るように実況者の叫びが聞こえてきた。
「準備が整ったとの情報が入りました!」
「お、そろそろ始まるみたいだな!」
魍魎(もうりょう)が戦場へと視線を向ける。それから遅れるようにして他も視線を戦場へと移した。不安げな顔で見る水木(みずき)と烏天狗(からすてんぐ)と、いつもと変わらないテンションで試合を見つめる魍魎(もうりょう)と八咫烏(やたがらす)。余裕を崩さずに構える寧々子(ねねこ)。睨みつけるだけ睨みつけて構える夜叉(やしゃ)。今の夜叉(やしゃ)が何を考えているのか、それは本人にしか分からない。
「それでは試合開始です!」
実況が叫び辺りに緊張感が漂う。そして、ついに試合の火蓋が切って落とされた。
「逢魔解放(おうまかいほう)ッ!」
先に動いたのは……。
「……!?」
夜叉(やしゃ)だった。解放と同時に突っ走り、いきなり飛び蹴りを食らわせた。勝負と言い切る前に、何が起きたのかを理解する前に寧々子(ねねこ)は後ろへ吹き飛んでいった。
「いきなり夜叉(やしゃ)のキックだーッ!?」
驚愕する実況者。観客たちも騒然とする。この状況には魍魎(もうりょう)もガッツポーズを見せ、「やるじゃねぇか!」と歓喜する。八咫烏(やたがらす)も「やるな。」と一言。
夜叉(やしゃ)が倒れた寧々子(ねねこ)を見下ろすように睨みつける。
「早く立ちな。この前の続きはこんなんじゃ終わらせないよ。」
「いててて……」と言いながら寧々子(ねねこ)はフラフラと立ち上がる。そして、
「当然、こんなんで終わるわけないじゃん……!」
と構え直す。観客たちは歓喜に叫ぶ。
「か、会場が揺れとる……!」
あまりの盛り上がりように烏天狗(からすてんぐ)は引き気味なリアクションを取る。
「こうやって熱気が戦いを熱くさせる……それが陽陰改(ようかい)同士の戦いの醍醐味だ。」
八咫烏(やたがらす)が興奮気味に喋る。一方、水木(みずき)は不安げな表情を変えず腕を組んだままだった。
「水木さん、アイツなら大丈夫だって! ほら、八咫烏(やたがらす)との戦いの時だってどうにかなったんだし? それに夜叉(やしゃ)もいつものテンションを取り戻せてるみたいだし、もう大丈夫じゃねぇのか?」
魍魎(もうりょう)に話しかけられてから少しの間の後、水木(みずき)が答える。
「今のはただの不意打ちだ。この前の戦いでは寧々子(ねねこ)は確実に夜叉(やしゃ)の動きをほぼ完全に読み切っていた。だから、寧々子(ねねこ)が理想的な動きを出来るようにする前に叩きつぶそうって算段なんだと思う。けど、結局今のこれも付け焼刃の対策にしかすぎない。だからこれ以降、上手く試合運びが出来る保証はない。」
急に理屈っぽくなった水木(みずき)に魍魎(もうりょう)は怪訝そうな顔を向ける。
「じゃあ、夜叉(やしゃ)を信じねぇってのか?」
「いや。それでも僕は信じてる。」
力強く水木(みずき)は呟く。その時だった。立ち上がった寧々子(ねねこ)に対し、態勢を立て直す余裕を見せずに夜叉(やしゃ)が続けざまにと一瞬で間合いを詰めた。
「はやいっ!?」
魍魎(もうりょう)が目を見開く。
「私と同じぐらいはあるかもな。」
これには八咫烏(やたがらす)も驚く。そして夜叉(やしゃ)は寧々子(ねねこ)に反撃をさせる隙を与えることなく、続けざまに拳の連打を叩き込んだ。
「拳のラッシュ! ラッシュ! ラッシュ! 夜叉(やしゃ)の拳が止まらない!」
実況と共に、観客席側の声援も熱を帯びてくる。そして、ついに寧々子(ねねこ)の態勢が完全に崩れ落ちた。その隙を夜叉(やしゃ)は見逃さなかった。
「あの時のお返し!」
叫びと同時に夜叉(やしゃ)が拳を振り下ろす……その時だった。
「なんだなんだ!? 夜叉(やしゃ)の拳が弾き飛ばされた!?」
驚く実況。一撃が弾かれ、今度は逆に夜叉(やしゃ)の態勢が完全に崩されてしまった。
「ざーんねんっ!」
ニヤリと笑う寧々子(ねねこ)。夜叉の拳は小さな透明の膜のバリアに遮られていた。
一撃を防いだのを確認した寧々子(ねねこ)は、自身の背後に透明の膜を生成し、そこに右足を当てることで自身を思い切り弾き出した。そして完全にがら空きとなった夜叉(やしゃ)の胴に右膝蹴りを食らわせた。上空へと飛ばされてしまった夜叉(やしゃ)はすぐさま空中で後方へと宙返りして立て直すが、余裕を与えさまいと寧々子(ねねこ)が周囲に透明な円盤状の物体……浮遊させたアクターを一斉に射出させてくる。
「避けきれるかな!?」
飛んでくる無数のアクターを、夜叉(やしゃ)は光弾の連射と空中移動による回避で捌き切ろうとする。だが寧々子(ねねこ)からの攻撃は止まらない。回避の連続によりなんとか急所の直撃は避けたものの、全身の至るところをアクターが掠めたことにより全身からゲゲを噴出させられている。凌ぎきれない。
致命傷ではないとはいえ、これ以上のダメージは後に響く。そう考えた夜叉(やしゃ)はここで一旦の着地を見せた。かと思うと、瞬時に壁に沿うように走った。追尾してきたアクターは全て壁に衝突。何とか掻き消していくことに成功する。
何とかアクターを打ち破った夜叉(やしゃ)は再び寧々子(ねねこ)への接近を試みる。そして遂に夜叉(やしゃ)得意の間合いに入り込めた……と思っていた。だが、そう思ったその時、夜叉(やしゃ)に想定外の事態が発生した。
「なんで……跳ねてる……?」
知らぬ間に夜叉(やしゃ)は寧々子(ねねこ)の真上を高く飛び跳ねていた。足元を見て、夜叉(やしゃ)は気づいた。寧々子(ねねこ)が夜叉(やしゃ)の足元に巨大な膜を設置し、そしてわざと飛ばせたのだ、と。だが、気づいた所でもう遅かった。
「計画通り!」
飛び跳ねた先には、既に無数の円盤が四方から夜叉(やしゃ)に向かって落下してきていた。絶体絶命の夜叉(やしゃ)。この状態から回避するのは不可能。かと思われた。
「狩桜(かりざくら)ッ!」
夜叉(やしゃ)が技名を叫ぶ。同時に、夜叉(やしゃ)はアクターに向けてまき散らすように光弾を飛ばし、全ての円盤を掻き消した。この技を見て烏天狗(からすてんぐ)は思わず「なんやあの技!?」と声を漏らす。今まで何度も練習試合をこなしてきた烏天狗(からすてんぐ)だったが、こんな技は一度も見ていない。当然、使えるということも一切知らなかった。それは烏天狗(からすてんぐ)のみならず、水木(みずき)も同じだった。
「まさか、この土壇場で咄嗟に新技を編み出したのか!?」
驚く水木(みずき)。だが、かといって夜叉(やしゃ)の状況が良くなったという訳ではなかった。掻き消されたアクターが煙幕が発生させ、次にどこから攻撃が繰り出されるか一切分からない状態となっていた。宙に浮遊したまま周囲を警戒する夜叉(やしゃ)。次第に煙幕が薄くなっていく。そこで初めて、夜叉(やしゃ)は気づいた。いつの間にか、周囲にアクターが再び設置されていた。そして、それらを踏み台に寧々子(ねねこ)は飛び跳ね移動していた。素早く動き回ることで攪乱してくる寧々子(ねねこ)。目で追う夜叉(やしゃ)。そこには完全に寧々子(ねねこ)の領域が完成されていた。
そして夜叉(やしゃ)の真上を取った瞬間、固定されたアクターを巨大化させて相手へと踏み落とした。踏み落とされたアクターは無数の雹へと変化し、夜叉(やしゃ)へと降り注いだ。
夜叉(やしゃ)はすぐさま旋回による回避を試みる。だが、無数の雹は夜叉(やしゃ)を追尾してきた。
「逃げても無駄だよ! 『マッグゲイル』っ!」
技名の叫びと共に寧々子(ねねこ)は次々と雹を飛ばしてくる。避け続ける夜叉だったが、このまま避けているだけではジリ貧になるのは見えている。咄嗟に薙剣(なぎつるぎ)を生成することで雹を切り払い、頭上の寧々子への接近を試みようとする。が、雹の圧に耐え切れず天へと上がることが出来ない。薙剣(なぎつるぎ)による防御も次第に限界がくる。雹が夜叉(やしゃ)の体を掠り、ゲゲが流れていく。蓄積していくダメージ。何度も雹が掠れていく。捌き切れない。次第に防御が追い付かなくなった夜叉(やしゃ)。そのまま無数の雹が1本、また1本と突き刺さっていく。そしてついに完全に防御することがままならなくなり、寧々子(ねねこ)の攻撃を全身で浴びることとなってしまった。夜叉(やしゃ)はそのまま地面へと墜落した。
……地に落ちた夜叉(やしゃ)は仰向けのまま完全に動かなくなった。その目は閉じていた。寧々子(ねねこ)はアクターを全て消してゆっくりとを地へ降りたった。
「夜叉(やしゃ)がダウンしたぁ!?」
実況のその言葉を耳にして水木(みずき)は唾を飲み込み拳を握った。目の前には倒れたままの夜叉(やしゃ)という現実があった。10秒……15秒……起き上がる気配はない。かろうじて解放されたままではあるため、まだ敗北扱いにはならないことが救いではあったが、それでも敗北寸前の状況であることに変わりはなかった。大多数の寧々子(ねねこ)ファンたちはこの状況に熱狂し、逆に少数の夜叉(やしゃ)ファンは失意に暮れていた。
「っしゃ! 寧々子(ねねこ)の勝ちだ!」
「前の赤滅流(あかへる)だっけ? のが強かったんじゃない?」
「つまんない試合。」
「ここで終わりか……?」
「いくら夜叉(やしゃ)でも寧々子(ねねこ)には勝てないのか!?」
「奇跡起こしてよ!」
観客たちが口々に叫ぶ。が、内心では夜叉(やしゃ)の負けを悟っていた。この状況には夜叉(やしゃ)の勝利を信じていた魍魎(もうりょう)も焦りを見せ始めていた。
「ま、まじかよ……。」
「おい、これまずいんやないか?」
烏天狗(からすてんぐ)も動揺していた。だが、ただ1人だけ焦りを見せず動揺もしていない者がいた。
「まだ負けたと決まった訳では無い。」
そう、八咫烏(やたがらす)だけはまだ夜叉(やしゃ)を信じていた。
「けどよ、この状況は……」
魍魎(もうりょう)が弱気なことを言いかけた所で八咫烏(やたがらす)が遮る。
「奴はその程度で屈する陽陰改(ようかい)ではない。お前たちなら分かるはずだ。水木(みずき)さんも。」
その言葉を聞いて、魍魎(もうりょう)と烏天狗(からすてんぐ)は黙り込んだ。水木(みずき)は戦場から目を離さないでいた。
勝利を確信した寧々子(ねねこ)は地面に降り、周囲に複数個のアクターを再び形成・使役させて一歩、また一歩と夜叉(やしゃ)に近づいていった。
「残念だったね。リベンジならず、といったところかな? って、もう聞こえてないか。」
そして、夜叉(やしゃ)を真上から見下ろせるぐらいの距離にまで近づいた途端にアクターでとどめを刺そうとした、その時だった。無言になっていたはずの夜叉(やしゃ)が突然口を開いた。
「……聞こえてるよ。」
当然、寧々子(ねねこ)は驚いて動きを止めた。夜叉(やしゃ)の声色は、大きなダメージを食らっているとは思えないぐらい強さに満ちていた。その瞬間、思わず寧々子(ねねこ)は一歩後ずさりをしてしまった。それだけの圧が今の夜叉(やしゃ)にあった。圧を見せつけながら、夜叉(やしゃ)は一言……たった一言だったが寧々子(ねねこ)を動揺させるには十分な言葉を口にし、目を見開いた。
「『狩桜(かりざくら)』には使い方があるッ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます