第8話 「真の強さとは力だ。」
トレーニングルームでは、いつものように夜叉(やしゃ)と烏天狗(からすてんぐ)が特訓に励んでいた。
夜叉(やしゃ)の手から放たれる光弾の連打を宙にいる烏天狗(からすてんぐ)は空中で華麗に旋回して回避。そして右腕に生成した光の弓・八手(やつで)から十字型の光刃を最大出力で放つ。
「天十刃(ガルダクロス)ッ!」
それを見て夜叉(やしゃ)は即座に掌を掲げ、技の構えに入る。
「羅掌紋(らしょうもん)ッ!」
叫びと同時に鬼の手(おにのて)から光線が放たれ、技の押し合いへと移った。何回何十回と繰り返された光景。だが、2人とも互角に押し合えるようになっていた。
「そこまで!」
2人がヒートアップしていたところで水木(みずき)の叫びが響く。解放解除をし、息を切らせながら突っ立つ夜叉(やしゃ)。烏天狗(からすてんぐ)は空中からゆっくりと降りる。
「10戦4勝。負け越し、かぁ。」
「今日はウチの勝ちやな。」
そう言った後に笑いあう2人。そんな中、水木(みずき)のいるモニター室の後ろからドアの開く音がして、全員の視線が集まった。そこにはテレビで見たことのある少女がいた。
「随分と低レベルな戦いをしてるんだね。」
「……ねっ寧々子(ねねこ)!?」
夜叉が驚く。そこには何故か寧々子(ねねこ)がいた。
「なんでここに!?」
これには流石に烏天狗(からすてんぐ)も驚いた。
「え、召喚士は?」
水木(みずき)が尋ねる。ここに寧々子(ねねこ)が来たことは水木(みずき)からしても想定外のことだったらしい。そんな空気を無視するかのように得意げに寧々子(ねねこ)は喋り始めた。
「あれっ、もしかして知らないの? 今の時間は、ボクの所属している『ルートリバーグループ』がここのトレーニングルームを優先的に使えるってことになってるんだよ?」
「え? 水木(みずき)さん、そうなん?」
烏天狗(からすてんぐ)から問いかけられ、水木(みずき)は豆鉄砲を食らった鳩のような顔をして数秒ほど固まった後、「あ。」と呟いた。
「あぁぁーそうだったそうだった。そういやそうだ。」
頭を抱える水木(みずき)。夜叉(やしゃ)と烏天狗(からすてんぐ)は呆れてがっくりと肩を落とした。
「忘れとったんかい……。」
ふと、寧々子(ねねこ)はトレーニングルームにいる夜叉(やしゃ)を見て気づいた。
「あれ? もしかして君、次の対戦相手の陽陰改(ようかい)でしょー?」
「え、あ、うん、そうだね。」
たじろぐ夜叉(やしゃ)に寧々子(ねねこ)は意地悪な笑みを見せて言い放った。
「へぇ~……見た感じ余裕で倒せそうだね。召喚士もなぁんか情けなさそうだし。」
その一言には明らかに悪意が含まれていた。それを感じ取り、夜叉(やしゃ)は怪訝な顔を見せた。
「あ、そうだ。ボクから提案があるんだけどさ。確かルームの交代までには10分の猶予がある。ボクと戦って10分以内に勝てたら君たちは引き続きここのトレーニングルームを使えるってのはどう?」
この場にいる誰もが気付いていた。これは明らかな挑発だ。烏天狗(からすてんぐ)が夜叉(やしゃ)に背後から小声で話しかける。
「やめとき。試合まで耐えるんや。」
「……分かってるよ。」
振り向かずに一言だけを烏天狗(からすてんぐ)に返す。そしてしばらくの後、夜叉(やしゃ)が口を開いた。
「10分以内? ……甘いね。3分で叩きのめす。水木、制限時間3分、試合の準備して。」
「え、あ、あぁ。」と水木(みずき)は慌てて機械を操作しだす。烏天狗(からすてんぐ)は「まじかよ……。」と困惑しつつも空気を読んでルームを退室。そして、入れ替わるようにノリノリで寧々子(ねねこ)がルームに入ってきた。そして部屋と部屋を隔てる唯一の扉が完全に閉まる音がした。
トレーニングルーム外から不安げな目を向ける烏天狗(からすてんぐ)。
「なぁ、水木(みずき)さん……ええんですか、これ……?」
「確かに、今の寧々子(ねねこ)は本格的な試合の前に力の差を見せつけてメンタル面で優位に立とうとしている。けど、夜叉(やしゃ)はその程度で倒れるような陽陰改(ようかい)じゃあない。……よし、準備出来た。制限時間5分、レギュレーション、ステージ、共にデフォルトだ!」
準備完了を知らせる水木(みずき)。ルーム内で2人が構えを取る。そして、戦いの火蓋が切って落とされた。
「逢魔解放(おうまかいほう)!」
「逢魔解放(おうまかいほう)っ!」
解放と共に2人は後方へと下がる。同時に寧々子(ねねこ)は自身の周囲に透明な小型円盤アクターを漂わせる。夜叉(やしゃ)は睨んだまま動かない。
「来ないの?」
「そっちこそ。」
寧々子(ねねこ)からの挑発に夜叉(やしゃ)は更に構えを固めて様子を見る。間違いない。寧々子(ねねこ)はカウンターを狙ってくる。詳細な手の内が分からない以上ここで一気に攻め込めば不利になるのは夜叉(やしゃ)の方だ。
……と、考えている間に浮かんでいたアクターがいつの間にか消えていた。
「ボーっとしてていいのー?」
気付くと無数のアクターが夜叉(やしゃ)の周囲を取り囲み、そして夜叉へと向かっていっていた。瞬時に夜叉(やしゃ)は薙剣(なぎつるぎ)を生成、飛んでくるアクターをひとつひとつ切り捨てて消滅させていく。夜叉(やしゃ)にとってはアクターの軌道を目で追って何とか凌ぎ切るのが精一杯であった。
だが、寧々子(ねねこ)の攻撃はそれだけでは終わらない。上空から寧々子(ねねこ)の踵落としが飛んできた。
「いただきぃっ!」
当たる寸前のところで何とか薙剣(なぎつるぎ)で防いで押し返す。押し返された寧々子(ねねこ)は華麗なムーンサルトを見せて地面へと着地する。これで一時は凌げた……と夜叉が思った矢先だった。
夜叉(やしゃ)の背後から再びアクターが飛んできた。なんとかジャンプで避けようとするも、気付くのが遅れてしまい、右足首を掠られてしまう。アクターはそのまま寧々子(ねねこ)の手へと戻って消失した。
「ふふーん、アクターのブーメラン。隠してたの、気づかなかったでしょー?」
「ちっ……。」
ゲゲが流出する足首を一瞥して舌打ちする夜叉。
「まだまだ行くよ!」
間髪入れず寧々子(ねねこ)は更にアクターを何度も投げ飛ばす。薙剣(なぎつるぎ)で防ぎながらダッシュで前へと詰める夜叉(やしゃ)だったが、物量に押されてしまって猛攻を防ぎきれないでいた。そのため、体の至る所からゲゲを流出させてしまう。
だが、そんな夜叉(やしゃ)にもチャンスはあった。ダメージを負いながらも自身の間合いになんとか入ることに成功、薙剣(なぎつるぎ)で寧々子(ねねこ)に斬りかかる。寧々子(ねねこ)はバック転で難なく回避。その一瞬で夜叉(やしゃ)の技の準備が整った。
「行ける!」
その確信と同時に夜叉の掌に光が球状となって集まっていく。光が最大まで貯まった後、大きく振りかぶり、そしてパンチの要領で拳を突き出して光を相手へと飛ばした。
「『狩紅葉(かりくれは)』ッ!」
烏天狗(からすてんぐ)との特訓の末に編み出した夜叉(やしゃ)の新たな技、『狩紅葉(かりくれは)』。その勢いに驚き、咄嗟に寧々子(ねねこ)はジャンプで回避する。だが、狩紅葉(かりくれは)は飛び跳ねた軌道を追って突撃してくる。予想外の挙動により寧々子(ねねこ)は狩紅葉(かりくれは)の直撃を許してしまった。そのまま寧々子(ねねこ)は地に叩き落された。
「余裕で倒せそう、だっけ?」
「なんだよーっ!」
片膝をついて悔しそうに叫ぶ寧々子(ねねこ)に対し夜叉(やしゃ)は仕返しと言わんばかりに煽る。その顔に笑みは無く、拳も強く握りしめられていた。夜叉(やしゃ)は再び狩紅葉(かりくれは)の構えを取った。
「アタシに何か言うのはいい……けど水木(みずき)への発言は取り消してもらうよ!」
そして再び狩紅葉(かりくれは)を飛ばす。……だがその一瞬、寧々子(ねねこ)の表情が余裕を持った笑みに変わっていた。
「なぁんちゃって!」
そう言うと、寧々子(ねねこ)は自身の体を包むように透明な膜を生成した。膜に当たった狩紅葉(かりくれは)は完全に動きを止めてしまった。
「『マッグバリア』。 その技、防げないとでも思ってたの?」
寧々子(ねねこ)はニヤニヤと煽りながら、完全に停止した狩紅葉(かりくれは)をマッグバリアの膜越しに飛び蹴りで返した。夜叉(やしゃ)は驚きながらも返された一撃を薙剣(なぎつるぎ)で振り払う。
「完全に勝ったみたいな雰囲気出しちゃって! 油断するのはよくないよー?」
寧々子(ねねこ)がマッグバリアを解く。膜が液状となって地面へと落ちていく。だが、解除のその隙を夜叉は見逃していなかった。
「油断してるのはそっちの方だったみたいだね。」
バリアが解けるその一瞬、完全に自身の間合いに持ち込んだ夜叉(やしゃ)が一気に距離を詰めていた。そして鬼の手(おにのて)に光を集め、零距離から渾身の一撃を放った。
「羅掌紋(らしょうもん)ッ!」
だが……倒れていたのは夜叉(やしゃ)の方だった。天井を見ながら横たわる夜叉(やしゃ)。大きなダメージを感じているが辛うじて解放はまだ解除されていない。
「残念。ボクの『クラバック』の方が君の必殺技より速かったみたいだね。」
『クラバック』。それは、強い弾力性のある透明な膜を利用して超至近距離から敵を押し返す発勁。いわば、寧々子(ねねこ)版の羅掌紋(らしょうもん)とも言える技である。
「油断と余裕ってのは全く違うよ。」
夜叉(やしゃ)をにっこりと見下ろす寧々子(ねねこ)。烏天狗(からすてんぐ)に続いてこの戦いでも自身の得意技が破られ、夜叉(やしゃ)は焦燥感を覚え始めていた。
「まだ、これぐらい……!」
全身に響くダメージを感じながらも何とか起き上がろうとする夜叉(やしゃ)。だが、そこでルーム内に3分経過を告げるブザー音が鳴り響いた。それを聞いた寧々子(ねねこ)はすぐに解放を解いた。遅れて夜叉(やしゃ)は解放を解いた。
「じゃあ、この続きは本番で! 楽しみにしてるよ!」
寧々子はそう告げてルンルンとトレーニングルームから水木(みずき)たちのいる部屋へと戻っていった。ドアの閉まる音がしても尚、夜叉(やしゃ)は動かなかった。夜叉(やしゃ)の顔から表情が消えていた。
「夜叉(やしゃ)、お疲れ。帰るぞー。」
水木(みずき)の声がルームに入る。が、夜叉(やしゃ)の耳には入ってきていないようだった。何秒かして、慌てた烏天狗(からすてんぐ)がルームに入り「ほな行くで。」と夜叉(やしゃ)の腕を引っ張って無理やり退室させた。
夕日の照らす街中の道。気まずそうな顔をしたままの水木(みずき)と俯いたまま喋らない夜叉(やしゃ)、そんな2人をやや後ろからちらちらと見る烏天狗(からすてんぐ)の3人が歩いていた。
「あの陽陰改(ようかい)、煽るだけ煽ってったな。腹立つわー。っぱ、指名戦入れたのもネット情報の通り低階級狩り目的なんやろな。」
夜叉(やしゃ)と寧々子(ねねこ)の試合が決まったあの日、烏天狗(からすてんぐ)は寧々子(ねねこ)について興味本位で調べていた。するとサジェストには『寧々子 嫌い』、『寧々子 格下狩り』といった物が出てきていた。気になって見てみるとどうやら最近の彼女は格下とばかり勝負することから『格下狩り専門』のレッテルを張られているようだということが分かった。
「まぁ本番で勝てばいいんだ。」
「せやけど。」
水木(みずき)と烏天狗(からすてんぐ)の会話の途中、不意に夜叉(やしゃ)が口を開いた。
「やっぱり足りない。」
「足りない?」
烏天狗(からすてんぐ)が聞く。それに水木(みずき)が答えた。
「夜叉(やしゃ)の口癖なんだ。勝っても負けてもこの調子で、戦いの後は常に落ち込んでる。自分にはまだ足りてないっていう、ね。」
「何が足りてないて思うてるん?」
「分からない。何もかも……って言ってた。」
「随分とふわふわした答えやなぁ。」
少し間を置いてから、烏天狗(からすてんぐ)は夜叉(やしゃ)に話しかけた。
「足りないって言うても色々あるやろ。余計なお世話かもしれんけど、例えば……技の威力が足りない、とか、 速さが足りない、とか?」
夜叉(やしゃ)にその言葉が届いているのかどうかは分からない。ただ、かつて夜叉(やしゃ)はとある陽陰改(ようかい)から言われたことがある。それは水木と会うより前のことだ。
「いくら策を立てようが無駄だ。お前如きの小手先の技など、私のこの一撃だけで潰せる。真の強さとは力だ。」
真の強さは力……全ての攻撃が必殺技級だったその陽陰改(ようかい)のことを夜叉(やしゃ)は思い出す。あの陽陰改(ようかい)に敗北を喫した時、夜叉(やしゃ)は感じた。この世には如何ともし難い明確な『差』というものが存在する。自分など真の力の前では塵に過ぎない、と。そしてその『差』を埋められるような強さが無ければ存在する意味など無い、と。今の夜叉(やしゃ)にはあの陽陰改(ようかい)のような強さはまだない。あの陽陰改(ようかい)のように強くなければ、なにも守れない、と。
そもそも、何故陽陰改(ようかい)にこんな力が与えられたのか。この力の意味は?
「力……力……。」
うわごとのように呟き続ける夜叉(やしゃ)はどこか生き急いでいるようだった。
一方トレーニングルームの準備室内では、寧々子(ねねこ)と、その目の前に腕を組んで椅子に座る狩谷(かりや)の姿があった。狩谷(かりや)は険しい顔を見せていた。
「あんまり他を挑発するようなことはするな。」
「言いじゃん別に。」
口を尖らせる寧々子(ねねこ)。
「こっちも困るんだよ。グループの名に泥を塗る可能性だってあるんだぞ。」
狩谷(かりや)からの説教を聞いて表情を曇らせる寧々子(ねねこ)。
「会社なんかどうでもいいでしょ。好きにさせてよ。」
「駄目だ。好き勝手にすればそれで他に迷惑をかけることになる。」
「……好きに、生きさせてよ。」
寧々子(ねねこ)が暗いトーンで呟く。その一言で狩谷(かりや)は何も言えなくなった。思わず狩谷(かりや)は床に視線を落とす。2人の間には常人には想像のつかないような重苦しい空気が漂っていた。
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