第10話 「根性と爆発力……!」
「周りを見てみな。」
夜叉(やしゃ)から言われるがまま寧々子(ねねこ)は周囲を見る。そして気づいた。いつの間にか、2人を取り囲むように無数の光弾が纏わりついていた。
「狩桜(かりざくら)は単に飛ばすだけの技じゃない、アンタの技と同じ、設置技!」
四方に設置されていた無数の光弾が寧々子(ねねこ)に襲いかかってくる。寧々子(ねねこ)は何とか反応してアクターを生成、対処を試みる。だが、狩桜(かりざくら)の数の暴力には勝てない。今からの生成では間に合わないだけの圧があった。
「流石にあの距離からのあれは避けらんねぇだろ!」
夜叉(やしゃ)の逆転を見て露骨に明るくなる魍魎(もうりょう)。だが、水木(みずき)は未だ険しい顔のままだった。
「……いや。防ぐ術自体はまだある。」
「あ!」
水木(みずき)の一言を聞いて烏天狗は思い出した。そう、寧々子(ねねこ)には防御技のマッグバリアがあった。
「その程度!」
水木(みずき)の推測通り、寧々子(ねねこ)はマッグバリアで狩桜(かりざくら)を防ぎにきた。誰もがまずい、と思った瞬間だった。だが、夜叉(やしゃ)にとってはそれでよかった。マッグバリアを生成するその一瞬で夜叉(やしゃ)は起き上がり、即座にバリアの範囲内に入った。そしてバリアが完全に張られる寸前の所で寧々子(ねねこ)の片腕を掴んだ。
「させるか!」
回避不能な距離、塞いだ片手。この状況において夜叉(やしゃ)の技を防ぐ術などない。間合いに入りこんだ夜叉(やしゃ)は鬼の手(おにのて)を寧々子(ねねこ)の腹に当て、粒子を掌に集中させていった。今度こそこれを避けるのは不可能だという確信が夜叉にはあった。だが、その考えは甘かった。寧々子(ねねこ)がニヤリとした。
塞がれていない寧々子の片手には巨大な円盤『水歯車(みずはぐるま)』が生成されていた。動揺をあらわにする夜叉(やしゃ)。動揺を掻き消すように羅掌紋を放とうとするが、その時には既に寧々子(ねねこ)が水歯車(みずはぐるま)を放つ準備を終えていた。
「惜しかったねぇ!」
その一言の後、振り下ろされた斬撃がチェーンソーのように夜叉の胴に連続で刻み込まれた。
「ここで水歯車(みずはぐるま)が入ったァー!」
一撃が入ったのを見て実況と寧々子(ねねこ)ファンの叫びも最高潮となった。
「モロに食らっとるやん!」
烏天狗(からすてんぐ)が悔しさを乗せて叫ぶ。水木(みずき)たちの周囲には完全に敗北ムードが流れていた。八咫烏(やたがらす)ですら静かに目を閉じていた。水歯車(みずはぐるま)を耐えきれた陽陰改は今までに1人としていない。しかし、夜叉(やしゃ)の目はまだ死んでいなかった。
「羅……掌紋……!」
食らいながらも、震える鬼の手(おにのて)を何とか寧々子(ねねこ)に向けた。
「マジぃ!?」
驚愕すると共に危険を予期した寧々子(ねねこ)はマッグバリアを解き、瞬時にその場から大きく飛んで離れる。閃光が寧々子(ねねこ)の横を通り過ぎた。だが、ダメージの蓄積による影響か光は即座に儚く消え去った。
しばらくの後、夜叉(やしゃ)が煙の中から現れた。ふらふらとしながらもまだ何とか立てている。多大なダメージを受けているのにも関わらず、まだ解放は続いている。
「っしゃ!」
「夜叉(やしゃ)の奴、まだやれるで!」
魍魎(もうりょう)と烏天狗(からすてんぐ)は、夜叉(やしゃ)がまだ立っているという安堵から声を大きくした。
「まさか耐えるなんてね。」
着地した後、離れた場所から寧々子(ねねこ)が夜叉(やしゃ)に向けて呟く。夜叉(やしゃ)は鋭い眼光を向けながらゆっくりと寧々子(ねねこ)へと近づく。
「けど、その体力じゃあ睨みつけるのが限界だよね。だから楽にしてあげるよ!」
寧々子(ねねこ)は足元に水の膜を生成し、思い切り踏みつけてその反動を利用することで急接近する。夜叉(やしゃ)はなんとか構え直して攻撃に備える。寧々子(ねねこ)からの第一撃は、顔面への右ストレート。避けることに成功する夜叉(やしゃ)。そして、流れるように攻撃に合わせたカウンターパンチを左肩に当てる。寧々子(ねねこ)がよろける。
「やった!」
「やってない!」
喜ぶ魍魎(もうりょう)に水木(みずき)が返す。水木(みずき)の言う通りよろけた先には既に水膜が生成されていた。
「今のはわざと食らったんだよね!」
よろけた反動で肘が水膜に当たり、その反射からの更なるカウンターを浴びせる。よろめく夜叉(やしゃ)は無言のままもう一度、拳を振るう。が、その拳は届かなかった。
「『クラバック』っ!」
寧々子(ねねこ)の掌に水膜が生成される。水膜による反射を食らって夜叉(やしゃ)は後ろへ吹き飛んでいった。立ち上がる夜叉(やしゃ)。だが、構えが取れない。解放状態も次第に薄くなっていく。
「寧々子(ねねこ)の渾身の『クラバック』が入ったァ!」
実況の叫びは水木(みずき)たちにとって絶望の宣告だった。
「次こそ、本当にとどめを刺してあげるよ。」
夜叉(やしゃ)の敗北は最早時間の問題だった。ゆっくりと寧々子(ねねこ)はノーガード状態の夜叉(やしゃ)に近づいていく。寧々子の片手には水歯車(みずはぐるま)が形成されていた。
「逃げろ夜叉(やしゃ)!」
「何しとんねん! はよ動け!」
口々に叫ぶ魍魎(もうりょう)と烏天狗(からすてんぐ)。無言になる水木(みずき)と八咫烏(やたがらす)。意識も絶え絶えの夜叉(やしゃ)。ついに、間合いに入った寧々子(ねねこ)が水歯車(みずはぐるま)を振り下ろした。
朦朧とする意識の中、夜叉(やしゃ)は水木(みずき)と出会う前のことを思い出していた。それはとある陽陰改(ようかい)と戦っていた時のことだった。夜叉(やしゃ)はその陽陰改(ようかい)には一度も勝てなかった。だが、負けても屈することは無かった。何度敗北しても立ち上がって再戦を要求していた。あの時、あそこまで戦いに熱くなれたからこそ、今の自分があると夜叉(やしゃ)は思っていた。
「……まだやるぅ?」
小さな闘技場の中、例の陽陰改(ようかい)からの問いかけに夜叉(やしゃ)は無言で頷く。
「諦めが悪いなぁお前は。ま、そういうとこ好きだけど。……てか夜叉(やしゃ)はさ、やっぱまだあのこと気にしてんの?」
今度は頷かなかった。
「確かに、今の夜叉(やしゃ)じゃあアイツには勝てない。なんなら足元にも及んでいない。がむしゃらにそこを目指してるみたいだけどぜんっぜん足りてないものだらけ。パワーもスピードもテクニックも。んでな、アタシ思ったんだ。足りないとこ見るよりもっと自分自身を見た方がいいんじゃないかって。」
んじゃ、続きやるか、という一言の後、勝てるはずのない戦いが再び始まった。だが、勝てるはずがないからといって立ち向かわない理由にはならない。夜叉(やしゃ)は再び構えを取った。それを見て目の前の陽陰改(ようかい)は言った。
「ま、根性と爆発力はあると思うよ、夜叉(やしゃ)は。それをどう使っていくかは、夜叉(やしゃ)次第、だね。」
本気で言っているのか言っていないのか分からないが、その陽陰改はそんなことを言っていた。その陽陰改(ようかい)の名を夜叉(やしゃ)は忘れていない。その陽陰改の名は……猩々(しょうじょう)と言った。
「根性と爆発力……!」
水歯車(みずはぐるま)が振り下ろされていくのが見える。次の一撃を食らえば夜叉(やしゃ)は間違いなく敗北する。ならば、振り下ろされるより、当たるより速く、自分自身を爆発させるしかない。夜叉(やしゃ)は寧々子(ねねこ)の腹部にもう一度、鬼の手(おにのて)を翳す。腕を上げることすらままならないぐらいに追い詰められていたが、ここで撃てなければ確実に負ける。喉からひねり出すように技名を叫んだ。
「羅……掌紋……ッ!」
爆発は水歯車(みずはぐるま)の当たるコンマ数秒直前に発生した。夜叉(やしゃ)最大の切り札を体全体で浴びる寧々子(ねねこ)。並の陽陰改(ようかい)ならこれだけで試合が終わっている。だが、寧々子(ねねこ)にも意地があった。地を足で掴み、何とか吹き飛ばされそうになるのを耐え、そして必殺技を放つ夜叉(やしゃ)に水歯車(みずはぐるま)を接触させた。
「なァーんと! 寧々子(ねねこ)が羅掌紋(らしょうもん)を食らいながらも水歯車(みずはぐるま)を当てている!」
実況も観客も騒然とする。間違いない。この戦いは、先に技に敗れた者の敗北となる。回転する水歯車(みずはぐるま)にガリガリと身を削られ粒子を散らす夜叉(やしゃ)。光の中で技を解かずに攻撃を続ける寧々子(ねねこ)。ここで倒れることが出来たならさぞ楽なことだろう。だが戦場に立っている以上、ここで倒れる訳にはいかない。2人とも技の出力が下がるどころか先ほどより増していた。
「行け! 行け!」
「耐えるんや!」
「勝てるぞ、夜叉!」
水木の隣にいる3人の陽陰改(ようかい)たちが口々に叫ぶ。水木(みずき)は無言で拳を増して強く握っていた。いや、水木(みずき)だけではない。この試合を見る誰もが手に汗を握っていた。
夜叉(やしゃ)と寧々子(ねねこ)。2人の陽陰改(ようかい)は気合で叫びながら技を止めない。2人の技の衝突が流れ出たゲゲのオーロラを生み出す。20秒、30秒……1分……衝突はまだ止まない。
「なんで……まだ倒れないの……! いい加減にしてよ……!」
寧々子(ねねこ)が零す。これまで多くのダメージを多く食らっていたはずの夜叉(やしゃ)だったがここまで来ても倒れない。寧々子(ねねこ)には理解出来なかった。90秒……そして、2分が経とうとした所で決着はついた。
「終わりぃ!」
寧々子(ねねこ)が完全に水歯車(みずはぐるま)を振り下ろし、夜叉(やしゃ)の体を完全に両断。切り裂いた跡がそこに出来た。羅掌紋(らしょうもん)もそこで途絶えた。
「決まったかァ!?」
実況の声を聞き、絶望の表情を浮かべる3人の陽陰改(ようかい)たち。
「ボクの、勝ち……だ……。」
寧々子(ねねこ)が勝利宣言をし、夜叉(やしゃ)が倒れてしまう……。と思っていた矢先だった。夜叉(やしゃ)より先に寧々子(ねねこ)が地に伏し、解放が解けた。倒れる寸前のところで夜叉(やしゃ)は膝をついて意識を保ちなんとか持ちこたえた。最後の最後に耐え抜いた夜叉(やしゃ)が勝ったのだ。
「しょっ、勝負あり! 勝者、夜叉―ッ!」
予想外の試合結果。観客の間に一瞬、静寂が訪れる。が、状況を呑み込んだ所で夜叉(やしゃ)の勝利を喜ぶ叫びと、敗北した寧々子(ねねこ)を労わり称える声に会場は満たされた。魍魎(もうりょう)と烏天狗(からすてんぐ)も夜叉(やしゃ)の勝利に自分のことのように盛り上がっていた。無意識のうちに抱き合っている。
「勝ったーっ!」
「やったーっ!」
八咫烏(やたがらす)は「フッ、やるな。」と一言。水木(みずき)は安堵の息をついていた。
「うーくやじい……。」
うつぶせの状態から顔を上げた寧々子(ねねこ)が涙目で立ち上がった夜叉(やしゃ)を見る。陽陰改(ようかい)は人間のように長時間意識を失うということがない。気を失った状態で解放状態が終了すると、ダメージがリセットされて強制的に起き上がれるように作られている。
「いい試合だったよ。ありがとう。」
夜叉(やしゃ)は寧々子(ねねこ)を労わる言葉を向けた。
「お疲れ。」
闘技場から少し歩いた先の廊下で狩谷(かりや)は待っていた。寧々子(ねねこ)は俯いたまま歩いてきた。
「こういう時もある。ま、兎に角、低階級だからって甘く見ない方が良いってことだ。」
「お説教なんかいらないよ。」
立ち止まる寧々子(ねねこ)。声に涙が乗る。
「やっぱり、階級戦の方が有意義なんじゃ……。」
「いつもそればっかり! ボクのことを何も見ていないんだ!」
俯いたまま寧々子(ねねこ)が叫ぶ。寧々子(ねねこ)の怒りにどう言葉をかけるべきか狩谷(かりや)は迷う。その時、寧々子(ねねこ)の身に異変が起こった。
「いっ……!」
突然として、寧々子(ねねこ)が頭を抱えてうずくまった。かと思うとそのまま倒れ込んでしまった。
「寧々子(ねねこ)っ!」
瞬時に狩谷(かりや)は駆け寄って寧々子(ねねこ)の体を支えた。顔を覗くと、寧々子は完全に目を閉じて動かなくなっていた。それを見て唇を噛み締め、狩谷(かりや)は呟いた。
「そろそろ来てしまった、か……。」
それは諦観めいた呟きだった。狩谷(かりや)は察していた。寧々子(ねねこ)の命が尽きかけているということを。逃れられない別れを狩谷(かりや)は静かに感じ取っていた。
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