第6話 「自分を信じろ、夜叉(やしゃ)!」

 「2人とも準備出来たかー?」


 水木(みずき)の声がトレーニングルーム内に響く。トレーニングルームでは夜叉と烏天狗が面と面を向き合わせていた。遂に2人の練習試合が始まった。


 「じゃあ始めるぞー。ステージ選択は無し、このままでいく。」


 水木の声を合図に2人は解放の言葉を静かに口にした。


 「逢魔解放(おうまかいほう)。」


 一瞬にして戦闘用の姿となったと同時に烏天狗(からすてんぐ)は後方上空へ飛び上がった。一方、夜叉(やしゃ)は立ち位置から動かずに鬼の手(おにのて)から光の剣・薙剣(なぎつるぎ)を生成した。夜叉(やしゃ)は仕掛けずに烏天狗(からすてんぐ)の全体を見る。彼女の右腕にも、くの字型の何かが生成されていた。夜叉は思った。


 「あれは……?」


 思考を巡らす最中、上空の烏天狗(からすてんぐ)が右腕から巨大な光の矢を放ってきた。咄嗟に夜叉(やしゃ)は薙剣(なぎつるぎ)で光の矢を受け止め、少しの重みを感じつつ振り払う。すかさず烏天狗(からすてんぐ)は空中で回り込むように横移動しつつ、続けざまに光の矢を連射する。その一発一発を冷静に薙剣(なぎつるぎ)で受けて振り払いつつ、夜叉(やしゃ)も徐々に近づいていく。

 戦闘の場から完全に切り離され、2人に一切声の届かない場から水木(みずき)は烏天狗(からすてんぐ)の武器を見て呟いた。


 「あの光の弓が八手(やつで)、そしてあの光の矢が天狗礫(ガルダブラスト)だったかな。」


 八手(やつで)と天狗礫(ガルダブラスト)。それが烏天狗(からすてんぐ)の……いや、柏原陽陰堂(かしはらようんどう)の陽陰改(ようかい)に代々受け継がれる主力武器と主力技だった。

 天狗礫(てんぐつぶて)を切り裂いて一気に飛び上がる夜叉(やしゃ)。烏天狗(からすてんぐ)は後ろへ宙返りしながら更に上空へと逃げる。逃げながらも八手(やつで)から、今度は6発の拡散弾を乱れ撃った。

 なんとか薙剣(なぎつるぎ)で瞬時に防ぐも地面へと押し返されてしまう夜叉(やしゃ)。拡散弾が消えたのを確認すると共に薙剣を解除、そして掌を上空の烏天狗(からすてんぐ)へと向けて光弾を連射する。対し烏天狗(からすてんぐ)は空中での旋回で回避して再び天狗礫(ガルダブラスト)を連続で放つ。が、これを夜叉(やしゃ)は容易く避ける。2人の牽制の撃ち合いを見て、


 「夜叉(やしゃ)と互角。柏原(かしはら)のやつ、なかなかいい陽陰改(ようかい)を育ててるな。」


 と水木(みずき)は感心する。

 一方、避けながら夜叉(やしゃ)は考えていた。


 「このまま我慢比べをするのもいいけど……待ってられるほどこっちも呑気なことしてられないんだよね……!」


 夜叉(やしゃ)は次の一手を確定した。地面を思い切り蹴り、急速に烏天狗(からすてんぐ)に詰め寄るべく飛び立つ。烏天狗(からすてんぐ)から拡散弾の乱れ撃ちで迎撃されそうになるも、夜叉(やしゃ)は避けながら接近。そしてついに自身の間合いに入る。即座に防御の態勢に入る烏天狗(からすてんぐ)を見て、夜叉(やしゃ)は即座に薙剣(なぎつるぎ)を繰り出した。薙剣(なぎつるぎ)と八手(やつで)、刃と刃の撃ち合いが始まった。何度か刃がぶつかり合って火花が散る。かと思うと、次は鍔迫り合ってそこからの押し合いへと移行する。歯を食いしばりながら剣先を押し込む2人。

 このまま力勝負になる……と思われていたが違った。そこで夜叉(やしゃ)はわざと烏天狗(からすてんぐ)の力に押されるがまま後ろへと下がって薙剣(なぎつるぎ)を解除する。烏天狗(からすてんぐ)は押し込んだ力のまま腕を振り下ろしてしまい完全に隙が出来てしまう。それを見て夜叉(やしゃ)は再び詰め寄って鬼の手(おにのて)を相手の腹にねじ込むことに成功する。刹那の出来事に驚く烏天狗(からすてんぐ)。が、防御する間もなく零距離で夜叉(やしゃ)の掌から渾身の一撃が放たれた。


 「この距離で防げるかな? 羅掌紋(らしょうもん)ッ!」


 2人を中心に爆風が巻き起こる。少しの間の後、爆風の中から飛んできたのは……何故かダメージを食らっている夜叉であった。背から地に落ちる寸前で後天受け身をとって立ち上がる夜叉(やしゃ)。黒煙の中からは無傷のまま宙で仁王立ちする烏天狗(からすてんぐ)が現れた。何が起こったのか理解できないという顔をしている夜叉(やしゃ)に烏天狗(からすてんぐ)が一言。


 「驚いたやろ?」


 この様子には水木(みずき)も驚愕して「何が起きたんだ?」と漏らす。


 「ま、タネは企業秘密やけどな!」


 ここまでの戦闘で烏天狗(からすてんぐ)は全く息を切らせていないが、夜叉(やしゃ)は息を切らせていた。互角と思われていた戦いは、いつの間にか夜叉(やしゃ)側が不利となっていた。


 「なら、その種を明かしてもらうまで!」


 夜叉(やしゃ)は鬼の手(鬼の手)に光を集め、再び烏天狗(からすてんぐ)へと突進する。


 「懲りない奴やな!」


 羅掌紋(らしょうもん)がぶつかって再び爆風が発生する。が、やはり夜叉(やしゃ)が後ろへと吹き飛ばされてしまう。片膝で地面を滑りながら着地する夜叉(やしゃ)。普通に考えれば、もうこの技は烏天狗(からすてんぐ)には通用しないはずだ。が、それでもなお夜叉(やしゃ)は再び鬼の手(おにのて)に眩い閃光を集中させて突進していく。


 「何度やっても同じや!」


 烏天狗(からすてんぐ)は勝ち誇るよう叫ぶ。それでも尚、夜叉(やしゃ)は羅掌紋(らしょうもん)を放つ。そして吹き飛ばされる。が、間髪入れずに立ち上がってくる。烏天狗(からすてんぐ)は次第に理解した。決して夜叉(やしゃ)がヤケクソになって無駄な行動を繰り返している訳ではない、と。この時、烏天狗(からすてんぐ)は夜叉(やしゃ)の目が死んでいないのを、そして夜叉の口角が怖ろしいぐらいに上がっていたのを見ていた。

 そして、その様子を見ていた水木が呟いた。


 「こうなったらアイツはもう止まらないんだよな。」


 何度も向かってくる夜叉(やしゃ)の不適な笑みを見た烏天狗(からすてんぐ)は次第に精神的に押されつつあった。


 「あの時と、同じ……?」


 烏天狗(からすてんぐ)は夜叉(やしゃ)と格闘ゲームをした時のことを思い出していた。同じ行動ばかりを取る夜叉(やしゃ)。烏天狗(からすてんぐ)はそれを読み切って容易に対処していた。


 「そればっかやな!」


 リザルト画面の映る液晶を指さしながら烏天狗(からすてんぐ)は大笑いする。そして、夜叉(やしゃ)の顔を向く。何勝したのか分からないぐらいの結果が出ているのだからここまで負けたら流石に夜叉(やしゃ)の表情も陰るだろうと思っていた。が、夜叉(やしゃ)の表情は全く変わっていなかった。それどころか心の底から楽しそうに笑っていた。烏天狗(からすてんぐ)は思った。


 「こいつ、こんな状況でも楽しめとんのか!?」


 なんとか画面に視線を戻してゲームの続きをする。そこから戦況が変わった。夜叉(やしゃ)は先ほどまでの動きからは想像できない程に変則的な動きを取るようになり、今度は逆に烏天狗(からすてんぐ)の方が恐ろしいぐらい勝てなくなっていた。同じ行動ひとつひとつでも、繋ぎで出す技の択、攻撃発動のタイミング、行動への返し、とその全てが完全に予測不能だった。頭の中で烏天狗はこう思わざるを得なかった。


 「尋常じゃない対応力や……なんやこいつ……!」


 今の戦いの状況はまさにあの時を彷彿とさせていた。夜叉(やしゃ)が何も考え無しに突っ込んでくるとはとても思えない。動揺する心を必死に抑え、唾を飲みながら烏天狗(からすてんぐ)は頭の中で確信する。


 「間違いない、夜叉(やしゃ)はウチのこの技を破ってくる!」


 烏天狗(からすてんぐ)は八手(やつで)を突き出して光の矢を連射するが、夜叉(やしゃ)は物ともせずに薙剣で払いのけてくる。そして、ついに烏天狗(からすてんぐ)の至近距離に鬼の手(おにのて)が迫った。その一瞬の間に烏天狗(からすてんぐ)は念じた。


 「怖気ずくな烏天狗(からすてんぐ)! 腹を決めろ! 例え破られるとしても自分を信じるんや!」


 そして烏天狗(からすてんぐ)は例の技を発動させた。


 「天狗風(ガルダウィンド)!」


 烏天狗(からすてんぐ)の叫びと同時に八手(やつで)から光の矢が発射される。矢が一瞬で全身を駆け巡り、零距離から放たれた光の威力を乗せ、そして今度は夜叉の体へと突き進んでいく。ダメージを完全に受け流し、そしてそのまま相手に返す。それが、柏原陽陰堂(かしはらようんどう)代々秘伝の妙技・天狗風(ガルダウィンド)。

 羅掌紋(らしょうもん)が放たれる寸前、天狗風(ガルダウィンド)の風圧が形成されて羅掌紋(らしょうもん)が夜叉へと跳ね返っていく。防御する余裕もなく夜叉(やしゃ)は吹き飛ばされた

 ここに来て遂に夜叉(やしゃ)は受け身を取れず地面に仰向けに倒れてしまった。ダメージの蓄積が多かったのだろうか。苦し紛れに笑って烏天狗(からすてんぐ)は安堵した。


 「杞憂に終わったみたいやな……。」


 だが、安心するのは早計だった。突如として、烏天狗(からすてんぐ)の背中をひとつの光球が撃ち抜いた。思わず烏天狗(からすてんぐ)は片膝をついた。光球はそのまま夜叉(やしゃ)の鬼の手(おにのて)へと還っていった。ゆらりと夜叉(やしゃ)は立ち上がった。


 「やっぱり……その技、不意打ちに対しては使えないみたいだね……。」


 烏天狗(からすてんぐ)も何とか両膝に手を当て立ち上がる。


 「さぁ? どうやろなぁ……?」


 揺さぶりをかける烏天狗(からすてんぐ)。そんなちゃちな策などもう夜叉には通用しないということはよく分かっている。が、最早そう言うしかなかった。この時、烏天狗(からすてんぐ)は考えた。


 「さっきのは所詮子供だましの不意打ちや。遠距離やろが近距離やろが、剣やろが閃光やろが、次に来るのは絶対に破ったる……!」


 夜叉(やしゃ)の得体のしれないプレッシャーに動揺しつつ烏天狗(からすてんぐ)は構えを堅めて視線を張り巡らせる。目の前の夜叉(やしゃ)は鬼の手(おにのて)を見せつけるように前方に翳していた。


 「……油断するなよ烏天狗(からすてんぐ)! あれはブラフってやつや。騙されたらアカン。」


 脳内で自分に言い聞かせる烏天狗(からすてんぐ)。次に攻撃が来るのは右か、左か、上か、下か。答えはすぐに現れた。


 「そこ!」


 光球は地中から現れた。夜叉(やしゃ)は秘かに光球を地面へと潜行させていたのだ。烏天狗(からすてんぐ)は上空へ飛び上がり体の軸をずらすことでなんとか避ける。光球は烏天狗(からすてんぐ)の目の前を通り過ぎていく。が、そこで視線が光球へと移ってしまったのが仇となった。夜叉(やしゃ)へと目線を戻した頃には既に鬼の手(おにのて)が向けられていた。


 「今度こそ当てる! 羅掌紋(らしょうもん)ッ!」


 そして高出力の閃光を烏天狗(からすてんぐ)へと放つ。ダメージを受け続けていた夜叉(やしゃ)の方も限界が来ている。だがここで決めなければ自身の負けは確実となる。だからこそ、ここで一気に決めにかかる。ギリギリの勝負そのつもりだった。だが、その考えは烏天狗(からすてんぐ)には予測済みだった。


 「甘い! 天狗風(ガルダウィンド)ッ!」


 烏天狗(からすてんぐ)が胸元に右手を当てる。そして、右腕に生成された八手(やつで)から矢を放ち、体中に張り巡らせる。その後、烏天狗(からすてんぐ)へと届いた光線が矢に乗せられ、その威力だけが夜叉(やしゃ)の方へと返っていく。更に、反射した羅掌紋(らしょうもん)に上乗せするかのように八手(やつで)の刃で空を十字に斬り、十文字型の巨大な光刃を放った。

 

 「しまいや! 天十刃(ガルダクロス)ッ!」


 迫りくる光刃。その速度と威力は、以前八咫烏(やたがらす)が繰り出した最後の突撃に勝るとも劣らない。当然、今の夜叉(やしゃ)では正面から返すことは出来ないだろう。かといって、既に放たれてしまった技を破るための策が今ここにあるわけでもない。実際のところ、あの不意打ち以上の策を夜叉は用意していない。ここで不意打ちの一撃を放った所で間に合わないだろう。避ける……? この速度の技を避けるのは十中八九無理だ。八咫烏(やたがらす)との試合では運に助けられたが今回はそうはいかない。

 そんな夜叉(やしゃ)に今出来ること。それは一歩も引かないことだった。右の掌の一点に光を集め、そして迫る矢に向け、必殺と信じる技の構えをとった。


 「自分を信じろ、夜叉(やしゃ)!」


 心の中で叫ぶように唱える。策など無く、勇気と意地が今の彼女を動かしていた。そして、羅掌紋(らしょうもん)の叫びと同時に渾身の閃光が解き放たれた。光と光が重なって衝突し押し合う。

 押し合いの中で夜叉(やしゃ)は烏天狗(からすてんぐ)の切り札の破壊力を鬼の手(おにのて)で感じ取っていた。恐らく、今まで戦ってきた相手の中でも三本の指には入るであろう威力だ。足も次第に下がってくる。だが、ここで押し負ける訳にはいかない。夜叉(やしゃ)は更に羅掌紋(らしょうもん)の威力を強めた。

 最大まで威力が高まった羅掌紋(らしょうもん)は、烏天狗(からすてんぐ)最大の切り札を押し返し始めていた。夜叉(やしゃ)も水木(みずき)も確信していた。この一撃は八咫烏(やたがらす)戦以上の威力が出ている、と。

 しかし、このまま押し返せると思った矢先で衝突する2つの光が弾けた。ルーム内には埋め尽くすほどの爆風と黒煙が発生した。

 固唾を飲んで見守る水木(みずき)。十数秒ほどして黒煙が消え去った。夜叉(やしゃ)と烏天狗(からすてんぐ)は……どちらも立っていた。当然、どちらの全身からも多量のゲゲが漏れ出ている。が、ふらふらになりながらも2人は相手の方へ進んでいた。解放状態も解けかけている。それでも試合を続行させようとしている姿を見てすぐさま水木(みずき)はルーム内にスピーカーを繋いだ。


「そこまで!」


 水木(みずき)の指示を耳にした所で2人は動きを止め、元の姿へと戻った。夜叉(やしゃ)は尻もちをつくように座り込み、ほぼ同時に烏天狗(からすてんぐ)は大の字に倒れ込んだ。


 「今回は引き分け、ってことで。」


 「引き分け、か。せやな。」


 今にも燃え尽きそうな顔で、2人はせめてもの笑顔を作った。

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