第5話 「ま、銀階級同士、よろしく頼むわ!」
生命は生まれながらにして糸で吊るされている。自由に見えてるあの子もこの子も本当は糸でただ引っ張られ動かされているだけ。まぁ気づいたところでどうしようもない事実ではある。ただ、今一度世界に問いたい。果たして、糸を切るのは正しいのだろうか。
八咫烏(やたがらす)との試合から1週間が経った。水木陽陰堂(みずきようんどう)は平和だった。水木(みずき)は缶コーヒーを啜りながらタブレットを片手に動画を見ていた。夜叉(やしゃ)はぼんやりとテレビニュースを見ていた。
ニュースでは今をときめく大スター金階級陽陰改(きんかいきゅうようかい)・寧々子(ねねこ)の特集をしていた。寧々子(ねねこ)は現在の陽陰改(ようかい)業界の中でトップクラスの人気と絶大なファン数を誇っている。実力も金階級の中では上位に入っており、恐らく八咫烏(やたがらす)よりも高い。その名をネットやテレビで聞かない日は無いくらいだ。当然、夜叉(やしゃ)も名前は知っている。彼女の流れる水のような鮮やかな戦闘スタイルは画面で見ただけとはいえ夜叉(やしゃ)も一目置いていた。戦うなら変に付き纏ってくるような奴よりこういう大スター陽陰改(ようかい)と戦ってみたい、とつくづく思っていた。
そんな、普段となんら変わらぬ水木陽陰堂(みずきようんどう)に突如として変化が訪れた。水木(みずき)のスマホが着信音を鳴らした。突然のことに慌てながら机の上のスマホを手に取る水木(みずき)。夜叉(やしゃ)は何となく水木(みずき)の方を見た。
「もしもし、どうした……?」
どうやら知り合いからの電話らしい。
「あ、うん……え!?」
通話中、水木(みずき)が驚く。そして、
「分かっ……た。んじゃあ、ね。まぁ、なんとかするよ。」
と電話を切った。切ったと同時に水木(みずき)は急いで立ち上がって鞄を手に取り、玄関へ向かった。
「どうしたの?」
夜叉(やしゃ)が尋ねる。水木(みずき)は夜叉(やしゃ)を見ないで答えた。
「ちょっと友人の召喚士からね。東京駅まで行ってくるから、留守番頼むよ!」
そして、水木(みずき)は超高速で上着を羽織ってドアを思い切りしめ、何処かへと出かけてしまった。階段を走る音が事務所内にも聞こえてくるぐらい水木(みずき)は急いでいた。夜叉(やしゃ)はソファに乱雑に座ってテレビのチャンネルを変えた。
水木(みずき)が帰ってきたのは3時間ほどしてからだった。
「……はぁはぁ、ただいまぁ。」
「おかえりー」とソファから立ち上がって反射的に言いかけたところで、夜叉(やしゃ)は水木(みずき)の後ろに誰かがいることを察知した。そして、そいつから人ならざる気を感じ取った。間違いない、陽陰改(ようかい)だ。そのポニーテールの陽陰改(ようかい)はパンパンのリュックサックを背負っていた。
夜叉(やしゃ)の視線に気づいて「あ、あぁ、この子は……」と水木(みずき)が話しかけた所で、件の陽陰改(ようかい)が夜叉(やしゃ)に近づいてきた。何をしてくるのかと思っているとその陽陰改(ようあい)はくしゃっとした笑顔を向けてきた。
「お、アンタが夜叉(やしゃ)かー。……あ、ウチは柏原陽陰堂(かしはらようんどう)の烏天狗(からすてんぐ)っちゅーもんや。夜叉(やしゃ)のことは水木(みずき)さんから色々聞いとる。ま、銀階級同士、よろしく頼むわ!」
遅れて水木(みずき)が烏天狗(からすてんぐ)の来た事情を説明しだした。
「僕の友人に柏原(かしはら)ってのが関西にいるんだけど、どうも召喚士資格の更新をすっぽ抜かしてたらしくて。」
陽陰改(ようかい)を育てて面倒を見ていくのには危険が伴うため資格が必要である。タダでなれる訳ではない。水木(みずき)も当然持っている。そして召喚士資格は定期的に更新の申請を陽陰改協会(ようかいきょうかい)という組織に行わなければならない。面倒だがこれは義務である。
「一応、忘れてたってのを一定期間以内に言っておけば最悪何とかなるらしいんだけどね。ただ、何とかする間は柏原陽陰堂(かしはらようんどう)は仮とはいえ無い扱いになるから、この子がどこにも属してないって扱いになっちゃうんだ。」
「それでつまり……。」
説明を聞いて夜叉(やしゃ)は察する。
「あぁ。その間、烏天狗(からすてんぐ)はうち所属になる。仮移籍ってわけだ。」
「そういう訳や。」
水木(みずき)の後に烏天狗(からすてんぐ)も続く。
「まぁ短期間ならうちでも問題ないかなって。」
水木(みずき)は烏天狗(からすてんぐ)に、
「上がってゆっくりしていいよ。疲れたでしょ。」
と告げ、部屋奥の事務椅子へと向かって座る。烏天狗(からすてんぐ)は夜叉(やしゃ)の背後を通り過ぎる前に肩に手を置き、ニヤリとしながら小声で話しかける。
「アンタ、えらい強いらしいな。よかったら今度手合わせ願うで?」
肩から手を離した烏天狗(からすてんぐ)は
「あー疲れたー! 柏原(かしはら)もええかげんやなー!」
と大きく言ってからお構いなしに元々夜叉(やしゃ)が座っていたソファにどすんと座り、テレビのリモコンを操作しだした。図太い陽陰改だな、と思いながら烏天狗(からすてんぐ)に視線を向けつつ夜叉はその隣に座った。
そこから2人はぼーっと沈黙することとなった。沈黙の中、よそよそしく烏天狗(からすてんぐ)が「なぁ?」と話しかけた所、水木(みずき)が「あ。」と言って話を遮った。
「夜叉(やしゃ)、悪いんだけどさ。烏天狗(からすてんぐ)のこと泊めさせてやってくれないか? このままだと彼女、寝るとこないしさ。」
「え、あ、ああ……そう、分かった。」
突然の要求に困りつつも夜叉(やしゃ)は承諾した。付きっぱなしのテレビはドラマ番組を映していた。ドラマの「言われたこと、全部鵜呑みにしてるんじゃないか?」という台詞の空気と同化していた。
夜叉(やしゃ)の自宅は水木陽陰堂(みずきようんどう)から少し離れたアパートの一室にある。水木(みずき)の方はと言えばまた別の所で生活している。
夕方。「ただいまー」と誰もいない自宅に言った後、夜叉(やしゃ)は手提げ鞄を持たない方の手でリビングの電気を点ける。「お邪魔しまーす!」元気よく挨拶しながら乱雑に絨毯に荷物を投げ捨てる烏天狗(からすてんぐ)。
「ほえー、これが夜叉(やしゃ)の家かー。居心地良さそうやなぁ。」
夜叉(やしゃ)が鞄を床に置くより先にリビングに転がり込む。その姿を見てまたもや図太いなぁ、と夜叉(やしゃ)思った。
荷物整理を済ませた頃には窓の外はもう暗くなっていた。2人は床にぺたっと座り込んだ。座り込んだまま何も話さずしばらくじっとしていた。そんな中、ふと烏天狗(からすてんぐ)がテレビ台に視線を移して夜叉(やしゃ)に尋ねた。
「これからしばらくの間同居するんやし、折角やからなんかゲームでもせぇへん? 2人で出来るゲームとかないん?」
「まぁ、無いことはないけど。……スタファイとか。ちょっと待ってて。」
夜叉(やしゃ)はテレビ台の下の扉を開けるとゲーム機と2つのゲームリモコンを取り出した。それを見て烏天狗(からすてんぐ)は「やるか。」と袖を捲る。スタファイ(スターファイターズ)は数多くいるキャラクターの中から1プレイヤーごとに1キャラを選んで選択したキャラ同士で戦う対戦格闘ゲームだ。夜叉(やしゃ)は何となくそれが陽陰改バトルっぽいと思って気に入っていた。烏天狗(からすてんぐ)を見た感じだと嗜む程度にはこのゲームをやっているようだ。
「アタシの実力見せてやるよ。」
「望むところや。」
こうして2人のゲーム対決が始まった。
「このっ!」
「やる!」
「あ! あ!」
「あー!」
ゲームに熱中する2人。隣人などお構いなしに盛り上がる。幸いここの壁は結構厚めなので余程のことが無い限りは大丈夫なはずであるが。
2人のゲームの実力は互角。かなり拮抗していた。ゲーム中、勝敗で一喜一憂する内に2人は次第に打ち解けていった。そして次第にゲームをしながら互いのことについて聞き合うようになった。そんなゲームの途中、不意に烏天狗(からすてんぐ)は夜叉(やしゃ)に聞いた。
「……急やけど、夜叉(やしゃ)ってやっぱ夢とかあるん?」
「夢? なんで?」
思いがけないところから夢という単語が出てきて夜叉(やしゃ)は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
「いや、他の陽陰改(ようかい)がなに目指してるかってなんか気にならん?」
「うーん、あんまり。」
「そっか。ウチはな、白金階級(はっきんかいきゅう)に到達するのが夢なんや。」
白金階級(はっきんかいきゅう)。それは金階級より更に上位に存在しており、選ばれし陽陰改(ようかい)のみが到達することの出来る領域。通常の試合のみではこの階級に昇格することが出来ず、常に9人までという制限が設けられていることから九使徒(つくもしと)とも呼ばれている。
「一応、ウチのとこには大天狗(だいてんぐ)って元白金階級(はっきんかいきゅう)の大先輩がいてな。今はその陽陰改(ようかい)の後を継げるよう頑張っとるとこなんや。」
大天狗(だいてんぐ)という陽陰改(ようかい)はどうやら既に第一線から身を引いている、つまりは引退しているらしい。引退した陽陰改(ようかい)のその後は様々だが、大半は召喚士のサポート役や後輩陽陰改(ようかい)のコーチ役に徹していることが多い。烏天狗(からすてんぐ)曰く、大天狗(だいてんぐ)もその1人のようだった。
「けどな……時々分からんくなるんや。ウチら陽陰改(ようかい)は本当はどこに行きたいのかって。人間って別に戦わなくても生きていけるやん? けど、ウチらには戦う以外に道がない……ゲームには目的が毎回設定されとるけど現実を生きているウチらはちゃう。だから、生きることの目的って、なんか時々分からんくなる。」
「たしかに、ね。」
しばらくの沈黙が訪れた後、「何言うとんねんウチは。」と烏天狗は自虐しだした。
「さっ、続き続きー!」
「あぁ、うん。」
ただ、そんな何気ない言葉の中には夜叉(やしゃ)の心に刺さる物があった。夜叉にも分からなかった。アタシたち陽陰改(ようかい)はなんのために生きているのか。生きることの目的は何なのか。戦いに生き、戦いを支え続けることが生きることなのか。そもそも自分って? てか、なんで急に今そんな話に? まぁ、そんなこと今考えてもしょうがないか。上手く言い表せないけど戦うこと自体はなんか好きだし。そう思って、夜叉(やしゃ)はゲームに集中することにした。
時間が経ち、ふと壁掛け時計を見た烏天狗。ゲームに熱中しすぎるがあまり、いつの間にか時刻は0時近くになっていた。
「うわもうこんな時間や。」
「……ご飯は遅いからいいかな。寝よう。」
「偉い律儀やな。陽陰改なんやし寝るとかご飯とか、そんなんに縛られんくてもええのに。」
「そう言う烏天狗も、時間に縛られてるみたいだけど?」
夜叉が小馬鹿にするようにそう言うと2人は笑いあった。
「はは、せやな。……けど、縛られるような習慣より楽しいことを真似した方がええとウチは思うんやけどな。」
陽陰改(ようかい)は食事も睡眠もしなくても別に生きていくことは出来る。だが、人間社会の中に溶け込む以上、人間的な生活をしていく必要はあった。一応、趣味として食事を楽しむ陽陰改(ようかい)もいる。夜叉(やしゃ)はというと食事は好きだった。一方、烏天狗(からすてんぐ)はそこまで興味がないようだ。
ゲーム機を片付けながら夜叉(やしゃ)は尋ねた。
「ねぇ、烏天狗(からすてんぐ)ってさ、大阪出身なんでしょ? やっぱりたこ焼きとか好きなの?」
「それは偏見やな。みんながみんな好きってもんでもない。逆に夜叉(やしゃ)は何が好きなん?」
「うーん……。」
夜叉(やしゃ)は考え込む。たしかに夜叉(やしゃ)は飯を食べることは好きだ。好きなのだが、好きな食べ物はと聞かれると具体的に思い浮かばない。食事を摂るという行動そのものには興味こそあれど、それ以外の要素にはあまり興味を持てなかった。悩んだ末、頭に浮かんだ物をひとつ挙げた。
「しょ、ショートケーキ。」
取り敢えずの解答。それを聞いて烏天狗は大きく噴き出す。
「ぶははははははははははははははははは」
「……なに?」
噴き出した後、「見た目に反してかわええな!」と嘲笑する。夜叉(やしゃ)はむっとした顔を向けた。
「なに? 可愛くないって言いたいの?」
「いや、なんか、そのクール系やと思ってたから。すまん。」
烏天狗は笑いながら弁明した。
結局、それから2人は布団を敷いて電気を消して寝転がった。陽陰改(ようかい)からするとこんな行為に意味など無い。だが、溶け込むには何となくこういった行為が必要だと感じていた。
目を閉じる夜叉(やしゃ)。隣の烏天狗(からすてんぐ)は両腕を枕にしている。烏天狗(からすてんぐ)も目を閉じているのだろうか。暗闇の中、烏天狗(からすてんぐ)が夜叉(やしゃ)に問いかけてきた。
「なぁ。水木(みずき)さんのこと、どう思っとる?」
「まあ、いい人だなーって。」
「せやな。ええ人やな。……普段、何話すん?」
「普段、ね……。」
この時、夜叉(やしゃ)は思った。そういえば、水木(みずき)と出会い陽陰改(ようかい)バトルで鎬を削ってきた2年の間、バトル以外のことで水木(みずき)と会話したことがあまり無かった気がする。基本水木(みずき)が放任主義であまり話しかけてこないからなのか、夜叉(やしゃ)が周囲に無頓着すぎて水木(みずき)から「ついてくるか?」と聞かれても「いやいいよ。」の一言で終わらせていたからなのか。そもそも、夜叉(やしゃ)は水木(みずき)のことをよく知らない。2年も一緒にいるのに、未だに知らない部分が多すぎる。
「試合のこととか?」
間を埋めるために適当に答える。だが、本当にこれでよかったのか。
「テレビがーとか、ゲームがーとか、話さんの?」
「話さないかも。」
「へぇ。……もう少し水木(みずき)さんと仲良くした方がええんちゃうんか?」
「……そうだね。」
会話はそれだけ。どうして烏天狗(からすてんぐ)がこんなことを聞いてきたのか、その意図は分からない。だが、少しではあるが、夜叉(やしゃ)はもっと水木(みずき)のことを知ろうとしなければならないのかもしれない。そう感じた。
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