第4話 「あの時、あのままだったら間違いなく負けていた……」
「羅掌紋(らしょうもん)!」
必殺技を叫ぶ声の直後、2人の間に巨大な爆風が巻き起こった。
これで八咫烏(やたがらす)にようやくまともなダメージを与えられた……訳では無かった。爆風の中から双剣で防御を固めつつ背から落下する八咫烏(やたがらす)が現れた。全身が黒く汚れてこそいたが大したダメージは感じていないようだった。そしてその後、追いかけるように夜叉(やしゃ)が現れた。だが、追い打ちの拳は十字に固めた双剣の防御によって阻まれ無効化されてしまう。防御に弾かれた夜叉(やしゃ)はその衝撃を利用して後方へと着地した。一方、八咫烏(やたがらす)は防御の反動から地面の砂地に足を引きずらせつつ着地した。地面には引きずった轍の跡が出来た。
完全に足が止まった所で八咫烏(やたがらす)は顔を上げた。その顔は夜叉の攻撃を食らったことに喜びを見出しているかのような笑顔だった。再び八咫烏(やたがらす)が語り掛けてきた。
「いい一撃だ。確かにこれは生半可な陽陰改(ようかい)では耐えきることは出来ないだろう。やはり、私の直感は正しかったようだ。」
喋りながら八咫烏(やたがらす)が双つの刃を構え直す。やはり、夜叉(やしゃ)渾身の一撃はあまり効いていない。しかし、夜叉(やしゃ)にとってそんなことはどうでもよかった。
「こっちもだいぶ体があったまってきた頃合いなんだよね。」
夜叉(やしゃ)が小さくジャンプを何度もして次なる攻撃へと態勢を整える。八咫烏(やたがらす)は構えを崩さずに右足を後ろに下げ、左足に重心を置く。第2ラウンドが始まろうとしていた。
「では行くぞ!」
言い切る前に八咫烏(やたがらす)は突進してきた。スピードは先までの倍、いや、それ以上はあると夜叉(やしゃ)は直感する。練習で戦ってきた影とは比べ物にならないレベルだ。首の皮一枚のところで何とか避ける夜叉。だが、飛んでくる超速の斬撃には対応しきれず腕でのガードを余儀なくされてしまう。一撃、更に一撃と、攻撃を腕で受ける。受けるごとにゲゲの粒子が溢れ出ていく。
八咫烏(やたがらす)の激しい連撃は止まらない。最早、夜叉(やしゃ)には回避と防御以外の選択肢が無くなっていた。じわじわと体から粒子が流れ出る。
「羅掌紋も防がれちまったらどうすんだよ!」
観客席の魍魎(もうりょう)が自分のことのように焦る。最早、夜叉(やしゃ)に打つ手は無い……かと思われた。
突然、八咫烏(やたがらす)の目の前に横薙ぎの光の一閃が現れた。
「何!?」
驚く八咫烏(やたがらす)。何とか後ろへ下がると、夜叉(やしゃ)が鬼の手(おにのて)から光の剣を生成しているのが見えた。光の剣は一瞬にして消えた。
「なんだなんだ!? 夜叉(やしゃ)の手から剣が出てきたァ!?」
実況が驚愕する。
「あいつ、あんな技を隠し持ってたのかよ!」
観客席の魍魎(もうりょう)も驚く。驚いていないのは水木(みずき)だけだった。
「あぁ。あれが、この1か月の間で夜叉が身に着けた新技・薙剣(なぎつるぎ)。鬼の手(おにのて)にゲゲを集中させて光の剣を生成し、接近してきた相手に抜刀術の要領で薙ぎ払うカウンター技だ。」
薙剣(なぎつるぎ)。夜叉(やしゃ)がそれを習得したのは10日ほど前に遡る。夜叉(やしゃ)はトレーニングルームの影と戦いながら延々と八咫烏(やたがらす)の対策を考えていた。
「奴にはただでさえ補足することが困難な程のスピードと、そして両手には武器を持っている。まともにやりあったとして、アタシが不利なのは目に見えてる。」
そんな中、思考に気を取られていたことが災いして影からの急速な接近を許してしまう。気づいた時には回避はおろかガードすら間に合わない所にまで迫られていた。
「うわやばっ!」
回避もガードも出来ない。やむを得ず一撃を貰うことを覚悟した、その時だった。夜叉(やしゃ)は、以前水木(みずき)が見ていた抜刀術の動画を思い出した。
「刀を『抜いて』、『斬る』。この2動作をひとつで完結させ、予備動作を無くして放つことの出来る技……。」
この思考の中に鍵があった。夜叉(やしゃ)は咄嗟に鬼の手(おにのて)に光の粒子を集めて剣を生成し、そして横に薙ぎ払った。斬られた影は一瞬で跡形もなく消え去った。こうして夜叉(やしゃ)は新たな技を習得したのであった。
夜叉(やしゃ)の新技は八咫烏(やたがらす)の両腕をわずかに掠っていた。とは言え、避けられてしまったことには変わりはない。
「ほぉ。なかなか面白い技を隠し持っていたな。だが、この私に2度は通用しない!」
そう言うと再び八咫烏(やたがらす)は夜叉(やしゃ)へと向かっていった。たった一撃ではあったが、この時点で八咫烏(やたがらす)には薙剣(なぎつるぎ)を破れるという絶対的な自信を持てていた。抜刀によるカウンター。確かに自身の速さに匹敵するほどの速度を誇る一閃ではあったが、対応出来ない程ではない。
八咫烏が叫ぶ。間合いに入らせまいと夜叉(やしゃ)は左手か牽制の光弾を放ち続ける。が、それらを八咫烏(やたがらす)は旋回して容易く避け、着実に近づいてくる。
「そんな子供だましがァ!」
夜叉(やしゃ)は再び薙剣(なぎつるぎ)の構えに入る。今度こそは当てるという決意を胸に巨大な光剣を一閃薙いだ。が、その決意は届かなかった。八咫烏(やたがらす)は瞬時に一閃の真下へと掻い潜ることで避けてきた。
「あ! 避けられた!?」
魍魎(もうりょう)が驚く。が、相変わらず水木(みずき)は驚かない。
自身の間合いへと持ち込んだ八咫烏(やたがらす)は相手の技を完全に攻略したと思いこんでいる。八咫烏(やたがらす)の斬撃が夜叉(やしゃ)の体を抉ると思っていた。だが、実際は違った。
「どういうことでしょうか!? 八咫烏(やたがらす)がカウンターを貰っているゥ!?」
攻撃を食らったのは八咫烏(やたがらす)の方だった。いつの間にか八咫烏(やたがらす)の片翼には斬りつけられた跡が現れ、そこから粒子が溢れ出ていた。夜叉(やしゃ)の斬撃は八咫烏(やたがらす)の動くスピードを超えていた。
「今度は剣を振り上げたァ!」
夜叉(やしゃ)は剣を天へと振り上げ、そしてそのまま胴体目掛けて振り下ろした。確かに、動きの素早さだけで言うなら夜叉(やしゃ)に勝ち目は無いかもしれない。だが、腕を振り上げる・振り下ろすだけであれば相手に詰められる前に攻撃を繰り出すことが出来る。八咫烏(やたがらす)が素早く近づき敵を切り裂くならば、夜叉(やしゃ)は近づかずして剣を扱う。それが今回の作戦だった。
先ほどの斬撃に気を取られてしまった八咫烏(やたがらす)。だが、次なる振り下ろしに対しては何とか双剣と衝突させることで鍔迫り合うことで防御。剣と剣の間から粒子の火花が飛び散る。八咫烏(やたがらす)の顔からは先ほどまでの余裕は消え失せ、歯を食いしばらせていた。
「まさか、この私の翼に一撃を当てるとはな……!」
一度、互いの剣が弾けて2人が離れる。そして、再び互いが間合いを詰めていくと空中での斬撃戦が繰り広げ始めた。 その様子を見て魍魎(もうりょう)は感心していた。
「あれ、普通に武器としても使えるんだな。」
「あぁ。薙剣はカウンターだけじゃない。」
袈裟斬り、逆袈裟、突き……どちらも自分が一撃を貰うことを許さず、互いの剣と剣をぶつけ合う。が、決着がつかない。埒が明かないと判断した八咫烏は一度背を向け後方への滑空で距離を取ろうとする。
「逃がさない!」
だが、それを逃さず夜叉(やしゃ)は光弾を闘技場の端にいる八咫烏(やたがらす)へと飛ばす。八咫烏(やたがらす)は姿勢を逸らして回避しようとするが、翼にかすれてよろけてしまう。よろけた隙をついて光弾を更に連射。今度は右の翼を的確に捉え、そのまま八咫烏(やたがらす)を地面に落とした。
夜叉(やしゃ)が降りると同時に八咫烏(やたがらす)もするりと立ち上がった。彼女の頬から薄くゲゲが流れた。光弾のうちの1つが八咫烏(やたがらす)の顔面を掠めていた。
「私の顔に一撃を当てるとはな。やるではないか……。」
息を切らしてボロボロになりながら喋る。
「喋る気力はあるんだね。」
互いに満身創痍の中、2人はなんとか言葉を吐き出す。この時、八咫烏(やたがらす)は思った。これまで、戦いにおいて八咫烏(やたがらす)を滾らせてきた相手はそれなりにいた。スピード勝負に出る者、イチかバチかのカウンターに出る者、逃げ切ってスタミナ切れを狙う者……だが結局、それら全てを八咫烏(やたがらす)の高いスペックの前に悉く打ち破られていた。倒す度、八咫烏は感じていた。今の今まで誰1人として自分の顔を汚すことの出来た者がいない、と。ある意味それが彼女にとってのアイデンティティであり、プライドになっていた。だが、今日、ついにそれは打ち破られた。八咫烏(やたがらす)は天を見上げて大きく笑った。
「はっははははははっははははははっははははっはは!!!」
構えを崩さずその姿を見る夜叉(やしゃ)。前方を向き直した八咫烏(やたがらす)は右剣を突き出し宣言した。
「君を私にとっての最大のライバルと認めよう!」
再び八咫烏(やたがらす)が右足を左に下げ、左足に重心を置いた。
「これが、今の私の持ちうる最大の切り札だ……!」
だが、先ほどまでとはまた違った。両刃を前方にクロスさせる形の構えを取り、全身からは熱気の溢れるオーラを発生させていた。そして、ついに攻撃の時が来た。
「行くぞッ! いざ尋常に、勝負ッ!」
その言葉と同時に一気に突進してくる。周囲の空気を切り裂くその速さは今までの比ではない。薙剣(なぎつるぎ)を発動させようとする夜叉(やしゃ)。だが、このコンマの間に直感する。
「駄目だ……間に合わない!」
腕を振るスピードすら追いつけないぐらいの速度で八咫烏(やたがらす)が迫ってきていた。戦っている2人しか感じ取ることの出来ないであろうこの一瞬の思考時間。その中で夜叉(やしゃ)は考えた。この強さにどう追いつくべきなのか。そして、ひとつの答えを導き出した。それは至ってシンプルな物だった。
「羅掌紋(らしょうもん)ッ!」
信じられるのは伝家の宝刀。鬼の手(おにのて)を前方に突き出し、掌から光の熱線を放つ。発射自体は何とか突進が直撃する前に間に合った。だが……。
「甘い!」
「なっ!」
八咫烏(やたがらす)の突進は光線を切り裂くほどの力を有していた。光線を削りながら奴は突き進んでくる。自身の切り札ともいえる技を真正面から破られるという予想外の状況に夜叉(やしゃ)は驚愕する。接近させまいと即座に技の出力を無理矢理底上げするが、八咫烏(やたがらす)は止まらない。多少速度が落ちるも、それでも尚、夜叉(やしゃ)にじりじりと近づいてくる。 夜叉(やしゃ)の方へと寄れば寄るほど羅掌紋(らしょうもん)で食らうダメージも増えるはずなのだが、八咫烏(やたがらす)はそんなことを物ともしていない。
夜叉(やしゃ)には確信があった。この突進を食らってしまえば敗北は免れない、と。だが、今の夜叉(やしゃ)には羅掌紋(らしょうもん)以上の策が思い浮かばなかった。
「勝負あったな!」
勝利を確信し八咫烏(やたがらす)が叫ぶ。ここまでか、と諦める夜叉(やしゃ)。だが、十字の双剣が夜叉(やしゃ)の体に当たるか当たらないかという寸前にまで届いていた所で、事態は予想外の方向へ向かっていった。
「勝負あり! 勝者、夜叉(やしゃ)!」
突然、闘技場内に夜叉(やしゃ)の勝利を告げる機械音声が流れた。攻撃した時の態勢のまま静止する2人。観客も夜叉(やしゃ)も八咫(やた)烏(がらす)も困惑を隠せない。少し間を置いてから、夜叉(やしゃ)が自身の勝因に気付いた。観客席にいる魍魎(もうりょう)もほぼ同時に気づいた。
「や、八咫烏(やたがらす)のやつ……解けてやがる……!」
八咫烏(やたがらす)も自身の体を見てようやく気付いた。
「くっ、耐えきれなかったか……!」
どうやら、限界まで放たれた羅掌紋(らしょうもん)に八咫烏(やたがらす)が本気でぶつかった結果、八咫烏(やたがらす)のゲゲの残量が耐えきれなくなってしまったらしい。陽陰改(ようかい)バトルにおいての敗北条件は戦闘不能になること。つまり、解放の強制終了も敗北を意味する。いくら強力な攻撃を放てたとしても、またいくら意識を保てていたとしても耐久が限界を迎えていては意味がない。八咫烏(やたがらす)の双剣が粒子となり空気に溶けていく。同時に攻撃の構えを止めてそのままゆっくりと下がった。
次第に状況を呑み込んできた観客たちからパラパラとではあるが、夜叉(やしゃ)の勝利を祝う歓声が上がり始めてきた。夜叉(やしゃ)はどこか気まずい感覚を持ちながらも観客たちに申し訳なさそうに手を振った。そんな姿を見て八咫烏(やたがらす)は呼び止めた。
「夜叉(やしゃ)と言ったな!」
「え、なに?」
気まずそうに八咫烏(やたがらす)に顔を向ける夜叉(やしゃ)。八咫烏(やたがらす)は宣言するように叫んだ。
「この借りは必ず返す! 覚えておくがいい!」
そして八咫烏(やたがらす)は夜叉(やしゃ)に背を向け選手出入口へと走っていってしまった。なんともすっきりしない心持ちで夜叉(やしゃ)は呆然とその様子を見つめることとなった。
試合終了後、控え室で夜叉(やしゃ)は椅子に座ったまま俯いて考え込んでいた。水木(みずき)は屈んでその顔を覗き込んだ。魍魎(もうりょう)は、水木(みずき)の後ろに立っていた。
「まずはお疲れ様。」
水木(みずき)が優しく呼びかける。が、返事はない。
「まぁ色々と思うことはあるだろうけど、気にして立ち止まっててもしょうがないさ。」
そう言ってゆっくりと立ち上がる水木(みずき)。
「今回見つかった課題も含めて、今は次のバトルに向けての対策を考えていこう。」
水木(みずき)は欠伸をしながらゆっくりと伸びをした。相変わらず魍魎(もうりょう)は呆けた面を見せていた。夜叉(やしゃ)は水木(みずき)のことを見向きもせず、試合の後悔のことを黙々と考えていた。
「あの時、あのままだったら間違いなく負けていた……。」
口に出せない言葉を、夜叉(やしゃ)は延々と頭の中でループさせていた。
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