第2話 「なんか知らないけど絡まれやすい体質なんだよね。」

 試合を終えた夜叉(やしゃ)は闘技場を背に控え室へ延びる廊下をゆっくり歩いていた。そんな中、夜叉(やしゃ)は目の前に気になる者……漆黒のローブを着て深くフードを被っている怪しい人物を見つけた。壁に背を付けているその人物のフードからは長い黒髪が伸びているのが見えた。そして、口元だけを出した仮面をつけていた。

 夜叉(やしゃ)は怪しく思いつつもそいつの目の前を通り過ぎた。通り過ぎてしばらく歩いた所で仮面の人物に呼び止められた。


 「ねぇ。夜叉(やしゃ)ちゃん。」


 「え?」


 立ち止まる夜叉(やしゃ)。その顔から一瞬で表情が消え去り、一気に警戒態勢に入る。陽陰改(ようかい)同士は僅かな間に感じ取られる気だけで存在を区別することが出来る。こいつは人間じゃない。陽陰改(ようかい)だ。


 「……随分と馴れ馴れしく呼ぶね、アンタ。」


 「忘れちゃったの? この声を。」


 「覚えてないね。顔を見せてくれたら、思い出せるかも。」


 警戒したまま振り向こうとした時。いつの間にか仮面の陽陰改(ようかい)は夜叉(やしゃ)の背に接近し、気付く間もなく腰に両手を回してきた。そして、耳元に口を近づけ湿った吐息を吹きかけてきた。瞬間、夜叉(やしゃ)は背筋が凍る感覚を覚えた。


 「残念だけど顔は見せられないわ。あなたが思い出してくれるまで。……あの時私をフッたこと、後悔させてあげる。愛しの、夜叉(やしゃ)ちゃん。」


 夜叉(やしゃ)は素早く振り向く。が、既にそこには誰もいなかった。


 「な、なんなの……?」


 過去に夜叉(やしゃ)は数えきれないぐらいの因縁を持たれた。だから先ほどの声の主も恐らくそんな因縁の内のひとつなのだろう。だが正体を思い出そうとしても思い出せない。記憶を巡らせても該当する存在が浮かばない。しかし、これだけは言える。一度生まれてしまった繋がりは取り消せない。例えそれが小さなものだとしても。



 「期待のルーキー・夜叉(やしゃ)はこの試合で一気に金階級到達の可能性アップ! 今後の活躍に目が離せません!」


 テレビからのニュースキャスターの声が響く事務室……『水木陽陰堂(みずきようんどう)』の一室。召喚士(しょうかんし)は皆、『陽陰堂(ようんどう)』と呼ばれる拠点を構え、召喚した陽陰改(ようかい)をサポートしている。黒のデスクトップチェアに座っている水木(みずき)は事務机に頬杖をつき、ソファに座りぼんやりとテレビを眺めている夜叉(やしゃ)に話しかけた。


 「作戦は当たったみたいだな。」


 「まぁね。」


 「流石は期待のルーキー、だな。」


 「その言い方やめてよ。」


 期待のルーキーの部分を強調されて夜叉(やしゃ)は恥ずかしがりながら笑う。昨日の試合前、夜叉(やしゃ)は魍魎(もうりょう)の試合映像を何度も見返し、その戦闘スタイルから倒し方を考えていた。いくつかの映像内から決めにかかった所で詰めが甘くなる弱点を見つけ、『飛ばしてくる腕を逆に利用して戦う』という戦法で立ち回ることにした。狙いは実際に大当たり。勝利を手にした。そんなことを思い返している中、ふと水木(みずき)が頼みごとをしてきた。


 「あ。夜叉(やしゃ)、悪いんだけどポスト見にいってくれないか?」


 「え、うん。」


 返事をしてゆっくり玄関まで向かい外へ出る。水木陽陰堂(みずきようんどう)は雑居ビルの3階にある。コツコツと足音を立てて古っぽいコンクリートの階段を降り気だるげにポストまで向かって1階入り口前にあるポストを開ける。1通だけ入っていた。何も書かれていない汚れひとつない無地の白封筒がそこにあった。


 「……なにこれ?」


 封筒の中身を引っ張り出してみると短冊状の紙が1枚。紙の中央には筆でデカデカとこう書かれていた。


 『決闘状』


 夜叉は顔をしかめて呟いた。


 「本当になにこれぇ?」


 この前に続いてまたもや変なヤツに絡まれたようだ。確かに夜叉(やしゃ)は試合は好きだが、面倒なヤツを相手にすることは得意ではない。夜叉(やしゃ)のため息がコンクリートに虚しく吸い込まれる。果たし状の主が昨日のなんか気持ち悪い陽陰改(ようかい)ではないことを夜叉(やしゃ)は祈った。その後、水木(みずき)のもとへと戻って「こんなの入ってたよ。」と封筒を手渡したのだが、水木は中身を見た途端半笑いで「ほぉ~?」とだけ言っていた。夜叉(やしゃ)は漠然と不安を抱えることとなった。

 それからしばらく何もすることがなくぼんやりとスマホを弄っていたのだが、これ以上陽陰堂(ようんどう)にいてもしょうがないと感じて外の空気を浴びることにした。外は曇りだった。どこへ行くかも思いつかず、取り敢えずジャージを着て土手の道路でランニングをしていた。陽陰改(ようかい)にとってランニングなど何のトレーニングにもならない。だが、夜叉(やしゃ)はなんとなく人間の真似事がしたくてやっていた。

 普段のように変わり映えのしないランニングの途中……道の中腹を過ぎようとした時、突如として背後から何かを投げつけられた。振り向かずに走ったまま右手の人差し指と中指だけで受け止め、投げつけられた物を確認するため立ち止まった。投げつけられた物は予想外の物だった。


 「……アスパラ?」


 何故アスパラを投げつけられたのか。分からない。困惑を隠せずに突っ立っていると背後から突然何者かが頭上を通り過ぎ、目前に片膝立ちの姿勢で華麗に着地した。そいつの姿を見て夜叉(やしゃ)は感じ取った。こいつも陽陰改(ようかい)だ。ただ、昨日のキモいやつとは異なる。目の前の陽陰改(ようかい)は立ち上がると共に熱い声色で話しかけてきた。


 「初めましてだな、我がライバル!」


 「誰?」


 その陽陰改(ようかい)は片手を額に当てて答えた。


 「フッ。名乗らせて頂こう。私の名は金階級(きんかいきゅう)の八咫烏(やたがらす)。君の戦いぶりに感銘を受けて決闘状を送らせていただいた。ちなみに、そのアスパラは先ほど買ってきた。」


 「あれ、アンタが送ってきてたんだ。」


 「そうだ。」


 面倒そうにしている夜叉を無視して八咫烏(やたがらす)は長々と語りだした。


 「君を見かけたのはつい昨日のことだ。魍魎(もうりょう)と戦う君の姿を見た瞬間、私の心の臓に今までに感じたことのないほどの衝撃が来た。華麗なる技捌きからの逆転劇、計算されつくした戦術、階級を感じさせない才覚……その全てが美しく輝いていた。そして、私は思った……高ぶるこの感情を何としてでもぶつけたい、とな!」


 困惑しながらも夜叉(やしゃ)は口を挟んだ。


 「決闘状って言うけど、対戦相手とかってのは陽陰堂(ようんどう)が決めることなんじゃないの? アタシたち陽陰改(ようかい)が勝手に決められないことでしょ。」


 「それについては心配ご無用!」


 その一言でまさかと思い夜叉(やしゃ)はズボンのポケットからスマホを取り出した。水木(みずき)からの通知が一件、入っていた。恐る恐る開いてみるとそこにはこんな一言があった。


 「次の試合相手、決まったぞ。」


 その真下には八咫烏(やたがらす)のプロフィール画像が添付されていた。

 

 「そういう訳だ。では、君との試合を楽しみにしているぞ! はっはっはっはっ……」


 八咫烏(やたがらす)は高笑いしながら一瞬で消えてしまった。


 「まじかうわー。」


 思わずそう呟いてしまうが、夜叉(やしゃ)はここで引き下がるような陽陰改(ようかい)ではない。確かに面倒な奴に絡まれるのは嫌だがどんな相手が来ようと戦うと決めている。ひとまずは水木(みずき)に「分かった。情報よろしくね。」と送った。



 水木陽陰堂(みずきようんどう)に戻り、ドアを開けるとなぜか応接間で向かい合って椅子に座る水木(みずき)と魍魎(もうりょう)がいた。いつの間に仲良くなっていたのか2人は談笑しあっていた。帰ってきたことに気づいた魍魎(もうりょう)が夜叉(やしゃ)の方を向いた。


 「よぉ。お邪魔してるぜ。」


 「魍魎(もうりょう)? なんで?」


 「いやぁなんか寄ってみたくなったんだよなぁ。」


 「さっきから色々話してるけど、結構面白いよこの子。」


 水木は魍魎(もうりょう)から貰ったらしいミニチーズケーキを頬張りながらもごもごと喋る。それを見て「会話が面白いんじゃなくて美味いケーキを貰えたことが嬉しいだけでしょ」と夜叉(やしゃ)は思う。当然、水木陽陰堂(みずきようんどう)に魍魎(もうりょう)が来たのはこれが初めて、水木(みずき)とは初対面だ。

 美味しそうに食べている水木(みずき)を見ていて、ふと夜叉(やしゃ)は例の件のことを思い出した。


 「そういえば次の試合なんだけど、いつの間に決まってたの?」


 「あ、あぁすまん。言い忘れてた。今日の早朝に連絡があったみたいで……。」


 壁掛け時計に示されている現時刻は午後4時過ぎ。もうそんな時間だったんだ、と夜叉は思った。


 「いやそれなら言ってよ。」


 「ごめんごめん。」


 水木(みずき)は手を合わせて謝る。


「まぁ全部任せてたアタシに言えたことじゃないけど。」


 水木(みずき)は報連相が出来ないことが多々ある。抜けている、と言ってしまえばそこまでなのかもしれない。毎回夜叉(やしゃ)は「いいよ。」で許してしまっている。別に夜叉(やしゃ)は怒ってはいない。ただ、こんなのでも召喚士をやれているのは不思議だ、とは思う。人間とは摩訶不思議だ。

 「お、次の試合もう決まったのか!」



 魍魎(もうりょう)はそう言いながら腕組みをして椅子の背もたれに寄りかかる。


 「で、相手は誰なんだ?」


 「八咫烏(やたがらす)って言うらしいんだけど。よく分からない決闘状とかいうの送ってきてて。」


 「なにそれ?」


 魍魎(もうりょう)に水木(みずき)が答えた。


 「一応、陽陰改(ようかい)バトルで試合が成立する条件てのがいくつかあって。毎月ランダムな対戦表が組まれる階級戦の他に、陽陰堂(ようんどう)が他の陽陰堂(ようんどう)に対戦交渉をして双方同意の上で試合が組まれる指名戦がある。俺がまだ生まれる前には指名戦を行う前に相手の陽陰堂(ようんどう)に決闘状てのを送るっていうならわしがあったらしい。もう無いと思ってたんだけどね。」


「で、さっきその陽陰改(ようかい)と会ったんだけどさ。それが凄い面倒な奴で。」

 夜叉(やしゃ)はスマホを取り出し2人に画面が見えるよう中央のガラステーブルに置いた。そこには、八咫烏(やたがらす)のプロフィールと顔写真が載っていた。


 「こいつこいつ。変な絡まれ方されてさ。」


 魍魎(もうりょう)は「こいつかー。」と知ってるのか知らないのかよく分からない反応をする。


 「で、こいつ強いの?」


 夜叉(やしゃ)に尋ねられ、水木(みずき)は神妙な顔で答えた。


 「あぁ。結構厄介そうではある。……こいつに能力は一切無い。強いていうならスピードタイプの双剣使い、といったところか。」


 「え、能力が無いんだったら余裕なんじゃねぇか?」


 魍魎(もうりょう)の発言に対し水木(みずき)が「いや、そうとも言えない。」と続ける。


 「能力が無いということは相応の弱点も見当たらないということでもある。その上、八咫烏(やたがらす)はどこを取っても高水準。スピード、パワー、テクニック、タフネス……その全てをバランス良く持ち合わせている。特長が無いうえにハイスペックとなると戦法も読めず明確な対策を決めることは出来ない。」


 それを聞いて魍魎(もうりょう)は「まじかぁ。」と一言。その後、


 「それにしてもなんで金階級のやつから急に挑まれたんだ? 格下なら兎も角……」


 と呟く。それにに夜叉(やしゃ)はため息と共に


 「なんか知らないけど絡まれやすい体質なんだよね。」

 と呟く。呟くも、その後にはすぐに


「けど、やるしかないよね。大丈夫。考えとくよ。」


 と笑顔に切り替えて得意げに呟いた。

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