陽陰解放(ヨゥンカイホウ)!

招来 勇沙奈(まねき いさな)

第1話「まだ足りない。なにもかも。」

 説明しよう! 陽陰改(ようかい)とは、召喚士と呼ばれる人々が召喚・育成した人外少女たちのことである! 現在、我が国ニッポンでは陽陰改(ようかい)同士の決闘『陽陰改(ようかい)バトル』が大いに盛り上がっていた!



 人間社会には『縁』という言葉がある。その言葉が言うには、一度生まれてしまった繋がりというものはどう足掻いても取り消せないものらしい。それは別に人と人が、とか人と人外が、という実在する物だけに限った話ではない。人と過去、といった概念的なのもそうだ。陽陰改(ようかい)の夜叉(やしゃ)にとってそれは人生……というより、人外生における最大の命題だった。



 『陽陰改(ようかい)バトル』試合前の控え室で、夜叉(やしゃ)の召喚士である男・水木(みずき)が畳の上の座椅子でくつろぎながらタブレットをぽちぽちとタップさせていた。


 「で、今日の対戦相手なんだけど。」


 「魍魎(もうりょう)、でしょ? 対策は既に考えといてあるよ。」


 夜叉(やしゃ)は控え室の入口に背を持たれかけて立っている。その声色には大きな自信が感じ取れる。


 「例のあの技もか?」


 「勿論。」


 「……んじゃ俺から言うことはないか。」

 タブレットに目を釘付けさせながら水木(みずき)は軽く笑う。


 「てか水木、何見てんの?」


 「抜刀術の動画。」


 「なにそれ?」


 「日本刀を1回仕舞ってから凄い速さで引き抜いて敵を切るの。そういう技。動画で見ると想像の倍は速くてびっくりするんだよね。」


 自分から聞いてみたはいいが想像以上に興味のない話が出てくる。夜叉(やしゃ)は適当に「ふーん」とだけ返事。そんな夜叉(やしゃ)に水木(みずき)は話を続けた。


 「昔の侍って凄くない?」


 「うん。凄いんだね人間って。」


 「関心なさそうな反応。」


 「……じゃ、時間だしそろそろ行ってくるよ。」


 夜叉(やしゃ)は銀髪ロングの髪を靡かせながら控え室を後にした。水木(みずき)はタブレットから目を離さず手だけ振った。

 夜叉(やしゃ)。青・銅・銀・金とあるランクの内、銀階級(ぎんかいきゅう)に位置し、中でも上位10%の実力を持つ陽陰改(ようかい)。デビュー戦以来無敗、派手な必殺技、そして敵の能力を冷静に読み切る高度な洞察力の持ち主として近年注目を浴び始めていていた。



 40mもの高さを誇る巨大なドームに囲まれた砂地の闘技場が一瞬にして暗闇に包まれ、実況席にいる実況の女性が立ち上がった。


 「さぁいよいよ始まります! 銀階級ランク戦、夜叉(やしゃ)VS魍魎(もうりょう)! 現在、銀階級トップクラスの実力を持つ陽陰改・魍魎(もうりょう)に、新進気鋭のルーキーが挑む! 勝利の女神はどちらに微笑むのか! 陽陰改(ようかい)入場!」


 実況者の叫びの後、闘技場は盛大な歓声に包まれた。と同時に選手入場口から煙幕が吹き上がり、東口から夜叉(やしゃ)が、西口からは褐色肌のショートヘアー陽陰改(ようかい)……魍魎(もうりょう)が歩いてきた。両者は共にゆっくりと中央の試合開始位置へと進み、立ち止まった。両者が相まみえる。夜叉(やしゃ)は余裕の表情を相手に見せつけた。対し、魍魎(もうりょう)はニヤリと笑みを見せつけた直後、試合前にも関わらず夜叉(やしゃ)の眼前に拳を突き出した。夜叉(やしゃ)は微動だにしない。一切動じない夜叉(やしゃ)を見て魍魎(もうりょう)は寸止めした拳を引っ込めた。


 「はっ、お前が夜叉(やしゃ)か。噂には聞いてたぜ。最近ブイブイ言わせてるみてぇだけど、実際見てみると大したこと無さそうだな。今日もランクポイントは頂いたかな。」


 「それはどうかな。」


 魍魎(もうりょう)の煽りに夜叉(やしゃ)は冷静に返す。その顔には余裕の笑みがあった。


 「ただいま、試合開始の準備が整ったとの情報が入りました!」


 再び実況者が叫ぶと観客たちが更に歓声を上げ、場内が熱気で沸き立つ。


 「レギュレーション、ステージ、デフォルト! オールクリア! それでは試合開始です!」


 緊迫の中、夜叉(やしゃ)と魍魎(もうりょう)の2人は戦闘の構えに入った。そして、観客、実況、陽陰改、その全てが同時に叫んだ。


 「逢・魔・解・放(おうまかいほう)!!!」


 叫びと共に2人は瞬時に戦闘用の姿へと変化した。解放。戦う時、彼女たちは鎧を身に纏っているのではなく本来の姿をさらけ出している。だから解放と呼んでいる。

叫びの後、2人は間髪入れずに互いの拳をぶつけた。その衝撃が波となり場内に破裂音のような拳の音が響いた。拳の衝突を確かめた後、2人は一度下がって間合いを取り直した。そこで改めて変身後の夜叉(やしゃ)の右腕を見て魍魎(もうりょう)は気づいた。


 「なぁお前。その右腕……ガントレットって言うんだっけ? 結構イカしてんじゃねぇか。すげぇ目立ってんな?」


 夜叉(やしゃ)の右腕には左腕と異なり鬼の手(おにのて)という名の特徴的な籠手が備わっていた。


 「アンタの随分とデカい両腕も目立つけど?」


 「ははっ。だろ? これはなぁ……」


 魍魎は喋りながらじわじわと距離を詰め、そして拳を振り下ろしてきた。


 「こうやって使うんだよ!」


 瞬時に反応して咄嗟に腕を十字に固める夜叉(やしゃ)。構わず魍魎(もうりょう)は1発2発と拳の連打を仕掛ける。ガードを続けている内に夜叉(やしゃ)は段々と壁際に追い込まれていく。そして、ガードの上から魍魎の強力な右ストレートを被せられてしまう。あまりの威力に夜叉は後方へと吹き飛ばされ、背中から壁に衝突した。壁に大きな亀裂が入った。


 「強力な右ストレート! 魍魎、順調な動き出しを見せる!」


 実況が叫ぶ。壁際から動かない夜叉へ決めにかかるべく魍魎(もうりょう)が大きく振り被った拳を叩きつけようとした。その時だった。


「あぁっと! 魍魎(もうりょう)が宙に浮いたァ!?」


 放った拳が夜叉に掴まれ、そのまま魍魎(もうりょう)は後ろの壁に投げつけられていた。これが夜叉の得意技のひとつ、カウンターだ。


「壁際に追い詰められていたはずの夜叉(やしゃ)が、たったの一発で逆転! 今度は魍魎(もうりょう)が壁際に追い詰められてしまった!」


 実況も観客も急展開に白熱し興奮する。そのまま夜叉(やしゃ)は魍魎にマウントの態勢に入って殴りかかった。即座に防御の態勢に移った魍魎に殴打のラッシュを仕掛けながら夜叉(やしゃ)は考えていた。


 (ここから魍魎が有利を取り返すのは普通は不可能……普通は……。)


 だが、魍魎(もうりょう)は“普通”の陽陰改(ようかい)の内には入っていない。夜叉(やしゃ)の悪い予感はすぐに現実となった。


「なんだ!? 夜叉(やしゃ)が吹っ飛ばされた!?」


 実況が驚愕する。よく見ると魍魎(もうりょう)の左腕が最初よりも細く……左腕から巨腕が無くなっていた。そして、吹き飛ぶ夜叉(やしゃ)の腹部には……あの巨腕がめり込んでいた。魍魎(もうりょう)はよろりと立ち上がった。


「残念だったなァ夜叉(やしゃ)……この腕は取り外し式だぜ?」


「魍魎(もうりょう)の必殺技、狒々ノ腕(ひひのうで)だァーッ!」


 魍魎(もうりょう)にも得意技がある。狒々ノ腕(ひひのうで)……彼女の巨大に見える両腕は着脱式となっており、好きなタイミングでロケットかの如く飛ばすことが出来る。魍魎(もうりょう)にとってはこれが一発逆転の切り札だった。

 吹き飛ばされた夜叉(やしゃ)が地面に落下する直前で魍魎(もうりょう)はもう片方の腕を飛ばし、打ち上げる。今度は夜叉(やしゃ)が宙を舞うこととなった。

 追撃はまだ終わらない。魍魎(もうりょう)の両腕は飛ばすだけではなく意のままに操ることも出来る。間髪入れず両腕が四方八方から宙の夜叉(やしゃ)に殴りかかってくる。身動きを取る間もなく夜叉(やしゃ)は攻撃を食らってしまう。


 「このまま眠りなァ!」


 勝ち誇ったように叫んだ魍魎(もうりょう)は助走をつけて夜叉(やしゃ)の真上まで高く飛び上がり、そして右拳に飛ばした腕を戻した。地面に落下する夜叉の身の下には突き上がってくる左腕。魍魎(もうりょう)は狒々ノ腕(ひひのうで)による挟み撃ちを狙っていた。だが、ここで夜叉(やしゃ)が想定外の動きを取った。


 「魍魎(もうりょう)が吹き飛ばされたァー!?」


 叩きつけようとしていた魍魎(もうりょう)。だが、背後から夜叉(やしゃ)が咄嗟に下に回り込みつつ、そのままの勢いで出した回し蹴りで迫りくる左腕を魍魎(もうりょう)の顔面に飛ばした。


 「自分の攻撃を受ける気分ってどう?」


 夜叉(やしゃ)はかすかに笑い、吹き飛ぶ魍魎(もうりょう)にすかさず自身最大の必殺技を放った。


 「羅掌紋(らしょうもん)ッ!」


 羅掌紋(らしょうもん)。それは鬼の手から放たれる一筋の閃光。夜叉(やしゃ)がいかなる防御手段でも貫けるという絶対的自信を置いている高出力の光線。モロに食らってしまう魍魎(もうりょう)。華麗な着地を見せる夜叉(やしゃ)。戦況が大きく動いたことは言うまでもなかった。

 羅掌紋を直撃させたことで立ち上がってこないだろうと考えていた夜叉。だが、予想に反して地面にドサりと落下した魍魎(もうりょう)はすぐに後転した後、立ち上がってきた。とはいえよろけながら何とか立ち上がっている状態ではあった。魍魎(もうりょう)の唇から光の粒子・ゲゲが流れ出た。陽陰改は傷を負うと血の代わりにこのゲゲが流出する。多量に出てしまうと、解放状態を保てなくなってしまう。陽陰改(ようかい)バトルは、先に戦闘不能になった者……つまり、解放状態を保てなくなった者が負けとなる。


 「今のは、効いたぜ……けどよ、この程度では倒れねぇんだよな……。」


 魍魎(もうりょう)は向こうにある地に落ちた巨腕を睨みながら、口元から溢れる粒子を巨腕の残る右手で拭った。その瞬間だった。魍魎(もうりょう)の視界に急接近してくる夜叉(やしゃ)が映った。そして、夜叉(やしゃ)の鬼の手(おにのて)が魍魎(もうりょう)の顔面に迫り、そして掴んだ。

 夜叉(やしゃ)の必殺技である羅掌紋(らしょうもん)は光線として使うことが出来るが、それは本来の正しい使い方ではない。羅掌紋(らしょうもん)の本来の使い方、それは相手に零距離で閃光のエネルギーを流し込むこと。それが夜叉(やしゃ)の切り札。魍魎(もうりょう)の顔を掴みそのまま上へと持ち上げた。


 「アンタ、簡単に切り札を見せすぎなんだよね。そういうのは、最後まで隠しておくべきだよ。」


 夜叉(やしゃ)は最後のとどめとして技名を叫んだ。


 「光れ! 羅掌紋(らしょうもん)ッ!」


 こうして勝負は決まった……かに思われていた。鬼の手(おにのて)の指の隙間から魍魎がニヤリとしているのが見えた。


 「残念だったな夜叉(やしゃ)。簡単に切り札を見せていたのはテメーの方みたいだぜ?」


 魍魎(もうりょう)は左の巨腕をわざと戻していなかった。全ては完全に油断しきっている夜叉(やしゃ)の背に直撃させるため。地に落ちている巨腕を戻ってくるブーメランかのごとく掴まれている自身へと戻すことに逆転の勝機を見出していた。だが、事はそう簡単には運ばなかった。


 「あぁー!? ななななんと夜叉(やしゃ)、魍魎(もうりょう)を後ろに投げ飛ばした!? 忍び寄る狒々ノ腕(ひひのうで)に気付いていたのか!?」


 投げ飛ばされた魍魎(もうりょう)は再び自身の技を食らってしまう。夜叉(やしゃ)は宙を舞う魍魎(もうりょう)の顔面を空中でキャッチし、天に掲げ、そしてとどめの一撃を放った。

「これで本当の終わりだッ! 羅掌紋(らしょうもん)ッ!」

 鬼の手(おにのて)を中心に巨大な爆風が発生した。しばらくの沈黙の後、砂埃の舞う場内から鬼の手(おにのて)を天に掲げ勝利をアピールする夜叉(やしゃ)と、背後で変身が解け、うつ伏せに倒れている魍魎(もうりょう)の姿が現れた。


 「勝負あり! 勝者、夜叉(やしゃ)!」


 ゴングが高鳴り、勝敗が決したことを実況者が告げる。同時に観客たちは今試合中最大の声量で叫びだし盛り上がった。夜叉(やしゃ)は実況席の上にある巨大モニターに『勝者 夜叉』の文字が大きく表示されたのを一瞥。ファンに笑顔で手を振った。笑顔だったが、その表情にはどこか影があった。手を振りながら誰にも聞こえないぐらいの声量で夜叉は呟いた。


 「……まだ足りない。なにもかも。」


 先ほどの戦闘で食らったダメージを感じて脇腹を抑えつつ手を振り続けて退場した。

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