第6話
「……気づいてしまったのか」
「ついでに全部思い出したわ」
私がそう付け足すと、複雑そうな表情をユーリーは浮かべた。
困ったような、でも嬉しいような、そんな顔。
「どうして私を何度もループさせたの」
間髪入れずに私は聞いた。逃げられないようにじっと見つめる。
ヘンリー様から婚約破棄される度に、私は繰り返しループさせられていた。それがどれほど私を困惑させていたか。
ユーリーははぁとため息をついた。私の視線に、逃げられないことを悟ったのだろう。
「君が俺に言ったんじゃないか。あのヘンリーとかいう男のことが好きなんだって」
確かに、私は昔ユーリーに言った。
社交界で知り合ったヘンリー様がかっこよくて素敵なのだと。残念ながらその男は、婚約者の義妹に手を出すクズ男に成長してしまったが。
「俺は、君に魔法を褒められたあの日から、君のことが好きで。……ずっと君の様子を見守ってきた」
――それって、やっぱりストーカー……。
思ったものの、口には出さない。
見守っていてくれた、というのは嬉しくもあるが、生活のあれやこれやを見られていたかもしれないというのは少し複雑なものがある。
「俺は、君の隣に立てるような綺麗な人間じゃないから。俺は、君を幸せにはできないから。……せめて、君が好きな相手と幸せになって欲しかったんだよ」
――この魔術師は本当に……。
「だから俺は……自分の寿命を対価に、君が幸せになれるまで時間を巻き戻すつもりだった」
なんて、優しいんだろう。
なんて、悲しい人なんだろう。
「ユーリー……」
「それなのに、今回君がおかしなことをするものだから、様子を見に行ったらこれだ」
おかしなこと、とは私が婚約破棄される前に婚約破棄したことだろうか。
男たちに森で襲われていたとき、タイミングよくユーリーが助けに来てくれたことにようやく合点が行く。
「ずっと我慢していたのに、どうしてくれるんだ? 君とこんなに近くで過ごしてしまったら、返したくなくなってしまうじゃないか」
私の腰に回されたユーリーの腕に、力が込められた気がした。
悲しそうに話すユーリーに、私まで余計に泣きたくなる。
だけど、私にはどうしても言いたいことがあった。
「あなた……ほんとにばっかじゃないの!?」
この魔術師は、優しくて悲しくて、そして何より大馬鹿者だ。
「そんなこと、いつ私が頼んだのよ! 私の幸せは私が決めるわ!」
私がそう言うと、ユーリーはぽかんとしていた。
「あなたが綺麗な人間かどうかなんてどうでもいい。私はあなたのことが好きで、一緒にいたいし……あなたの魔法にずっと惹かれているのよ! だから――っ!?」
まだまだ言い募ろうとした唇は、柔らかなものに塞がれた。
ユーリーの唇だ。
舌先が私の唇をなぞってくる。
そのくすぐったさに思わず緩んでしまった隙に、口付けを深められた。
「……っちょ、んん……っ」
「……俺をそんなに煽っていいのかい? もう返せないよ?」
唇が離された瞬間、間近で囁かれる。ユーリーの吐息が唇にかかってぞわりとした。
なんだか甘い花のような香りがする様な気がして、酔ってしまったかのようにくらくらする。
「そんなの……っ」
ユーリーは私の言葉を塞ぐように、何度も繰り返し口付けてきた。
まるで私からの言葉を聞きたくないかのようだ。
彼はきっと、私が「やめて」と言ったらその通りにするのだろう。そうしてきっと、私の知らないところで私のために勝手に何かして、私の知らないところで朽ち果てるに違いない。
――そんなのは許さない。
「返さないでいいわ」
どの道、私はもう公爵家に戻るつもりなんかない。
私はもうとっくに、この魔術師に捕まってしまっているのだ。
「じゃあ、旅に出ようか。世界一周なんてどうだい?」
「それは楽しそうね」
私はユーリーの言葉に賛成した。
ここにこのままいたところで、ユーリーを追っているであろう犯行グループの生き残りが来るだろう。
逃げた方が懸命だ。
「君は、魔術師に捕まった可哀想な子だ」
ユーリーが泣きそうな、だけれど幸せそうに顔をゆがめて、私を抱えあげた。
一見すると、確かに可哀想なのかもしれない。
魔術師に好かれたばかりに、何度も同じ時間をループさせられ、家を捨てる道を選んだ。
だけど。
「そうね。でも、とびきり幸せな子よ」
私は幸せだ。心を奪われるほど美しい魔法を使う魔術師が、私を愛してそばにいてくれるなら。
私は愛しの魔術師の首に、自分の腕を回した。
婚約破棄されたらループするので、こちらから破棄させていただきます!~薄幸令嬢はイケメン(ストーカー)魔術師に捕まりました~ 雨宮羽那 @amamiya_hana_
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