第5話
私が忘れていたのは、五年前のことだ。
忘れていた……というより、忘れさせられていた、という方が正しいのだろう。他でもない、ユーリーの魔術によって。
思い出したのは、ユーリーの魔力に間近で触れたせいだろうか。
ともかく、私とユーリーは五年前に出会っていたのだ。
あの男たちが言っていたように、私は五年前に当時国内最大規模だと噂されていた犯罪者組織に誘拐された。
多くの貴族の子息や令嬢が誘拐された、国を揺るがすほどの大事件だった。
ほとんどの子たちがひとつの部屋にまとめられて監視されているなか、私は一人何もない別室にいた。
私は公爵家の令嬢ということもあり、それなりに特別扱いされていたのだろう。
犯行グループたちが国との交渉に忙しい中、私の見張り役としてやってきたのが、ユーリーだった。
彼はあまり喋らなかったが、暇だった私は彼を話し相手にした。
当時は12歳と幼かったとはいえ、我ながら肝が据わっていると思う。
「ねぇ、あなた暇なの? 私とお話しない?」
「……好きにしてくれ」
無表情でそう言われたが、私は気にせずに続けた。
「私、フェリシアって言うの。フェリシア・ウィングフィールド。あなたは?」
「…………ユーリー」
「へぇ、綺麗な名前ね!」
私はユーリーに、色んなことを話した。まるで友達のように。
もうすぐ父親が再婚すること。義妹ができること。当時片思いをしていたヘンリー様のこと。
多分、誘拐された恐怖でおかしくなっていたんだと思う。
突然部屋にやってきた、少し年上で眼鏡をかけた銀髪の少年をやり過ごすための、私なりの対処法だった。
やがて私はユーリーに聞いた。
「あなたはどうしてここにいるの?」と。
「……俺はこの組織に拾われたからここにいる。それだけだよ」
どうでも良さそうにユーリーが答える。
今よりも能天気に生きていた当時の私には、あまり理解できないものだった。
「……ふぅん? お父さんやお母さんの代わりをしてくれているってこと?」
「違う。俺の魔術の力を利用しているだけだ」
当たり前だが、魔術なんてそうそう見られる機会なんてない。
私はユーリーのその言葉に目を輝かせて身を乗り出した。
「あなた魔術が使えるの!? 見てみたいわ!」
はしゃぐ私の様子にため息をついたユーリーは、仕方なさそうに魔法を使ってくれた。
あの、白い花が出る魔法だ。
白い花が、甘い香りと光を放ちながら現れる。
この瞬間こそが、本当に私が初めて魔術をみた瞬間だった。
私はこの時も、ユーリーの魔術に目と心を奪われた。
「すごい! 初めて魔術をみたけど、とっても綺麗! あなたのその力、絶対他のことに使った方がいいわ!」
「他の、こと?」
私の言葉は思いもよらぬものだったのだろう。ユーリーが目を丸くする。
彼の表情が変わった瞬間だった。
「ええ! もっと素敵なこと! あなたが楽しいと思えることに!」
「……そうか。なら俺は、君のために力を使いたいな」
「え……」
そこからは屋敷に戻るまでは、あまり思い出せなかった。
気づけば私は屋敷に戻っていて、父に泣きながら抱きしめられていた。
新聞では、犯罪者組織が壊滅寸前まで追い詰められ、主犯格のメンバーは捕らえられたと報道がなされていた。
だが、その時の私にはもう、誘拐されたこと自体の記憶がなく、完全に他人事で状態だった。
◇◇◇◇◇◇
ふっと暗闇から意識が浮上する。
私が目を開けるとそこは、ユーリーの家の食堂だった。それも夜。
――私、生きてる?
馬車が燃えて、炎に包まれたあの時。
私は確かに死んだと思った。
ユーリーの腕に抱かれて、私は自分の命が消えていくのを確かに感じた。
だけど、今、私は生きている。
体が溶けて消えてなくなりそうなほどの熱さを感じたのだ。
火傷の一つや二つ、それどころか全身に火傷を負っていても不思議ではないのに。
私の体には、傷一つない。
――やっぱり巻き戻ってる。
そんな馬鹿なと思う自分と、やっぱりと思う自分がいるのを感じる。
六度目のループ先は今までとは異なり、ヘンリー様との婚約が結ばれた時ではなく、ユーリーの家だなんて。
食堂には私一人しかいない。部屋に置いてある時計を見るに、ユーリーが街へ行ってすぐの時間くらいだろう。
ここまであからさまだと、溜息をつきたくなる。
婚約破棄される度に、今まで私を何度も何度もループさせてきた犯人はユーリーだったというわけだ。
――ユーリーに会いたい。
私は、おかしい。
あんな、得体の知れない魔術師に会いたいと、こんなにまで強く思うなんて。
ユーリーの顔が見たくてたまらないなんて。
私は一度死んで、なおさら狂ってしまったのかもしれない。
それもこれも、あの男が最期に私を抱きしめたりなんかするから。
あの男が、涙なんて見せるから。
私の脳裏には、私が死ぬ間際に見たユーリーの姿がすっかり焼き付いてしまった。
私を想って泣く、彼の姿が忘れられない。
「ユーリーの馬鹿……!」
私がユーリーを探しに行こうとを部屋を出ようとしたその時。
後ろから不意に抱きしめられた。
「誰が、馬鹿だって?」
耳元から、聞き覚えのある甘い男の声がする。
「……ユーリー……っ!?」
一体いつ現れたのだろう。
この部屋には誰もいなかったはずだ。
だが、そんなこと問うだけ無駄であろうことは分かっていた。
彼は魔術師だ。大概のことを魔術で解決出来てしまう。
「どうしたの? そんなに泣いちゃって。俺に会いたかった?」
言われて気づく。どうやら私は泣いていたらしい。
「ええ、会いたかったわよ、私なんかに大技を何度も使う馬鹿な魔術師に!」
私はユーリーの腕の中で振り向くと同時に、彼の唇へと口付けた。
ユーリーからされた時と同じように、私も一瞬だけ触れ合わせて直ぐに離れる。
見上げたユーリーは、薄紫の瞳を驚きで見開いていた。
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