第2話「知らない母」

「キーンコーンカーンコーン」


退屈な授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響くと、教室内はたちまち賑やかになった。机を離れる生徒たちの声が飛び交う中、クラスメイトたちはそれぞれの帰路へと散っていく。


「んじゃーな」


軽く手を振って立ち去る友人たちを横目に、僕は席に座ったままノートを片付けていた。その時、隣の席の健人がニコニコと話しかけてきた。


「この本の続き読もうぜ!」


どうやら昨日図書館で一緒に読み始めた本を、彼が借りてきたらしい。僕は健人がわざわざ借りてきてくれたことに感謝した。


「続きは、どこだ〜」と言いながら、健人はページをペラペラとめくり始めた。「目次見ろよ」僕は彼に向かって笑いながら言った。


「たしかに」と健人はうなずき、ホコリを払いながら目次を確認し始めた。しばらくして、彼の顔がパッと明るくなった。


「お!あった」


健人が見つけ出したページを開き、二人で読み始めた。



『知らない母』


深夜の静寂を破るように、古びた一軒家の電話が鳴り響いた。時刻は午前2時を回っている。佐藤一郎は寝ぼけ眼で電話を取り、何か不吉な予感を覚えた。


「もしもし?」


「一郎、お母さんよ。」


電話の向こうから聞こえるその声に、一郎は混乱した。彼の母は寝室で寝ているはずだからだ。


「お母さん…?」声が震えた。


「そうよ、あなたを迎えに行くわ。準備をして待っていてちょうだい。」


一郎は混乱と恐怖で声も出なかった。電話の向こうの声は確かに母のものだったが、その口調には冷たさが感じられた。


混乱した一郎は母がいる寝室に向かいドアをノックした。


「う~ん」と寝ぼけた母の声が聞こえ、一郎は怖くなり、自室に逃げ込むように入った。ドアをしっかりと閉め、鍵をかけて、これは夢だと言い聞かせるように眠りについた。


翌朝、一郎は友人の山田にこの奇妙な電話のことを話した。「怖い話するなよ~」と山田は笑いながらも、心配そうな目を向けた。


しかし、その夜も同じ時刻に電話が鳴った。


「一郎、お母さんよ。駅についたわ。準備できた?」


再び、あの冷たい声が響いた。一郎は恐怖で体が震えた。彼は電話を切り、布団の中に潜り込んだ。時間が経ち、震えが止まるころに、「ギシ、ギシ」と廊下から足音が聞こえてきた。足音はないと言い聞かせるように耳を手で覆った。


ふと足音が消え、良かったと安心するとドアノブがゆっくりと回される音がした。一郎は恐怖で動けなかった。ドアがゆっくりと開き、そこには…


母親の姿があった。しかし、その顔は暗闇の中に浮かび上がるように異様に青白く、目は空洞のように黒く、口元には不気味な笑みが浮かんでいた。


「一郎、お母さんよ。迎えに来たわ。」


彼は叫び声を上げることもできず、その場で意識を失った。


数日後、学校に来なくなった一郎が心配になり、山田は一郎の家を訪れた。玄関先で一郎の父から、一郎が自ら命を絶ったことを聞かされた。


一郎の死から数日後、山田はその出来事に違和感を覚え、一郎の死についてもっと調べることを決意した。彼は一郎が亡くなる直前に話していたことを思い出し、その奇妙な電話のことを再度考えた。何か手がかりがあるかもしれないと思い、一郎の家を訪れることにした。


一郎の父にお願いし、一郎の家に入ると、山田は冷たい風が吹き込むのを感じた。家の中はひっそりとしており、まるで時間が止まったかのようだった。山田は恐る恐る一郎の部屋に入った。部屋はそのままの状態で、一郎が最後に使った痕跡が残っていた。机の上には一郎のノートが開かれ、何かを書きかけたまま放置されていた。


山田はノートを手に取り、ページをめくった。そこには、一郎が電話について書き残したメモがあった。母親の声と内容、そして蝉の音が聞こえることについて詳細に書かれていた。ふと、一郎の母がいないことに気づき、一郎の父に一郎の母がどこにいるか質問した。


「母さんは、一郎が生まれたすぐ後に亡くなったよ。」と父から衝撃的な答えが返ってきた。


山田は驚き、一郎の父にさらに質問しようとすると、「日が暮れてきたしもう帰りな」と一郎の父に言われ、家に帰ることにした。


「一郎は、誰と話していたんだ」と言い山田は今日の出来事をノートにまとめていると、「プルルル」と電話の音がした。山田は恐る恐る受話器を耳に当てた。


「もしもし…?」


その瞬間、冷たい声が聞こえてきた。


「山田、遊びに来いよ。」と一郎の声が聞こえた。


彼は驚いて受話器を落とし、自室に逃げ込んだ。ふと気がつくと周りが明るくなり、朝になっていることに気づいた。安心した山田は、電話が怖くなり、電話のコードをコンセントから抜いた。


しかし、同じ時間に電話が鳴り始めた。山田はその電話を無視し続けたが、耐えられなくなり、受話器を取り「お前ともう遊ばねえよ!!」と電話越しに叫んでしまった。


「待ってる」と言う声が聞こえ、電話が切れ一郎からの電話がなくなった

それ以来、山田は一人で夜を過ごすことが怖くなり、友人の家に泊まることが増えた。しかし、ある晩友人宅で、その声がまたもや聞こえた。


「もっと遊ぼう」


その瞬間、山田の体は冷え切り、友人の家をあとにした。



「おい! もう下校の時間とっくに過ぎてるぞ!」先生の声が響き渡る。その声で我に返り、ふと時計を見ると、針はすでに19時を指していた。「やば! 母ちゃんに早く帰って来いって言われてたんだった!」健人は焦りながら帰り支度を始めた。


「また今度、続き読もうぜ〜」と彼は言い残し、教室を飛び出して行った。その姿を見送りながら、僕も急いで帰る準備を整えた。


教室を出ると、外はすっかり暗くなっていた。薄暗い夕闇が校舎を包み、夜の静けさが迫ってくる。冷たい風が吹き始め、校庭の木々がざわめいている。


家に着くと、玄関で「ただいま」と声を上げた。その声は静かな家の中に響き渡り、一日の終わりを告げるかのようだった。

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図書館の奇談 @nanimonoka

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