ケータンナー

沖縄には色々なシキタリがある。

その中に葬式の時、故人と同じ干支の人は納骨してはいけないと言うものがある。

つまり、故人と同じ干支の人は墓に入ってはいけない。

これは現代においても忘れずに伝えられている、先人の知恵なのだ。


古謝さんは今年で30歳になる公務員であった。

高校を卒業すると同時に、那覇市で一人暮らしを始めた。

実家から職場まで通えない距離ではなかったのだが、古謝さんは迷わず一人暮らしを選んだ。

一人暮らしを決めたキッカケは地元から離れたかったからだ。

長男である自分の顔色を伺う母、自分を頼りにして甘えてくる妹、集まれば同じ思い出話を何度もしてくる馴れ馴れしい友達。

そして、顔を見れば説教ばかりしてくるいつまでも子供扱いをやめない父。

その全てが嫌だった。

就職が決まれば家を出る、昔からそう決めていた。


去年のお盆に帰省した時の事だった。

実家の近くにあるコンビニで地元の友人に会った。

「あい!久しぶり!帰って来てるわけ!?」

友人は笑いながら近づいて来た。

古謝さんは笑顔を作って少し話すと

「じゃあもう行こうねと」

と言った。

「帰って来てるなら飲みに行こう」

「他の奴らも呼ぶから行ける日あったら連絡しれな」

古謝さんが笑顔で手を振り、離れる時友人はそう言った。

(もう地元の友達と飲みに行く事は無いだろうな)

古謝さんはおぅと返事をしながら、そう考えていた。


コンビニから実家に帰宅し、リビングのソファでくつろいでいると妹が走って来た。

妹は古謝さんと歳が離れていて、現在小学6年生だ。

「お兄ちゃん!アイス買ってくれた?」

古謝さんは笑いながら妹にアイスを渡すと、頭をなでた。

妹はアイスを食べながら学校の事や友達の事等を話した。

妹は話の合間に

「中学生になったら私もお兄ちゃんみたいにバスケ部でキャプテンをする」

「お兄ちゃんみたいに頭良くなれるように家に帰っても予習、復習してるの」

と嬉しそうに言ってきた。

その言葉が心に引っかかって、古謝さんは妹の話をうわの空で聞いていた。

まるで妹に理想の兄のままでいろと言われているようで、それが古謝さんには辛かった。


しばらくすると母が父を連れて帰ってきた。

父は数年前から体調を崩して、通院を続けていた。

今日も母は父を病院に連れて行っていたのだろう。

「生活リズムを乱すなよ」

「休み明けの仕事がキツくなるぞ」

父は厳しい顔でいつもの様に言った。

「大丈夫、今日も朝7時には起きたよ」

古謝さんは笑いながら父にそう返した。

父は頷くと、父は母に支えられながら寝室に向かって行った。

古謝さんはその背中を見ながら、身体にまとわりつく様な疲れを感じた。

子供の頃から父の顔色を伺って生きるのが嫌だった。

久しぶりにその疲労を思い出した。

身体では無く、心の疲労だ。


コーヒーを淹れていると、母が寝室から戻ってきた。

古謝さんは母にコーヒーを渡した。

「ありがとねぇ」

「あんたは本当に気がきくねぇ」

母は嬉しそうにそう言った。

「あの子もお兄ちゃんみたいに少しはなってくれたらいいのに」

母が妹を見ながら言うと、妹は拗ねた顔をして自分の部屋に走って行った。

「お父さんの介護大変なら俺も帰ってこようか?」

古謝さんは心配そうな顔をして尋ねた。

「大丈夫だよ」

「あんたは自分の心配をして」

古謝さんは母がそう答える事を知っていた。

いつもそう答えるのだが、出来た息子をする為に聞いたのだ。

もちろん古謝さんに帰る気なんてない。

「あんたは本当に親想いの息子だね」

母は続けてそう言った。

これでいいのだ。

母にはとっては理想の息子が大事なのだ。

古謝さんは母が飲んだコーヒーが入っていたコップを掴むと

「これとついでに他の物も洗うね」

と言い、キッチンに向かった。


古謝さんは車を運転しながら去年のお盆の事を思い出していた。

あの後父の体調は良くはならず、とうとう昨晩亡くなってしまった。

朝イチに母から連絡を受けた古謝さんは、実家に向かって車を走らせていた。

古謝さんの心には不思議と悲しみはなく、淡々と事実を受け入れていた。


実家に着くと親戚や父の友人、仕事仲間がたくさん来ていた。

「おぅ大丈夫か?」

振り向くと地元の友達が数名来ていた。

自分のために来てくれている、その事実に古謝さんの胸は締め付けられた。

「ありがとう」

古謝さんは絞り出すように言った。

「気にするなよ」

そう言ってくれた友達を見ていると、涙が込み上げて来そうになった。

古謝さんが何も言えず俯いていると、母と妹が近づいてきた。

「お父さん亡くなる前ずっとあんたの自慢話をしてたよ」

古謝さんは驚いてそう話す母の顔を見た。

「お父さんは無理して笑うあんたをいつも心配していたよ」

「私にもお父さんにも理想の息子でうれしかったけど、あんたは苦しかったよね」

「お父さんの最後の言葉はありがとうだったよ」

母は肩を震わせ、涙をこらえながらそう話した。

その時、妹が泣きながら抱きついてきた。

地元を嫌がっていた事を友達も家族も知っていた。

その上でみんな古謝さんを愛して、心配してくれた。

みんなを拒否して壁を作っていたのは古謝さん自身だった。

気づくと古謝さんは涙を流していた。


葬式も進み、火葬も終わり納骨の時になった。

古謝さんは納骨時、墓に入り骨を納める役目を希望した。

今まで心から話せなかった分、少しでも長く父といたかった。

父と古謝さんが同じ干支である事を知っている母はお坊さんの方を見た。

「シキタリを破る事にはなりますが」

「墓から出る時に振り向かないシキタリを護れば大丈夫です」

お坊さんにもそう言ってもらい、希望通り古謝さんが墓の中に入る事になった。


古謝さんは骨を納めて戻りながら、父との記憶を思い出した。

父との虫取り、勉強を教えてもらった事、かけっこで1番になって褒められた事。

(お父さんから褒められるのがうれしかった)

(ずっと期待に応えたかった)

(お父さんは心配してくれたのに、認められてないと思っていた)

その時、背後に気配を感じた。

入り口の方から母とお坊さんの顔が見える。

2人とも古謝さんの背後を見て青ざめていた。

古謝さんは振り向きたくなる気持ちを抑えて、お坊さんに言われた通りに振り向かず墓を出た。

墓から出ると

「もう振り向いても大丈夫」

振り向くと、お坊さんがそう言い終わると同時に扉を閉めようとしていた。

古謝さんは扉が閉まる前、墓の中で遺影のような笑顔で微笑む父の姿を見た。


「父は今でも私の事をあの優しい笑顔で見守ってくれていると思うんです」

古謝さんは目を擦りながらそう言った。

今年のお盆には帰郷するのか尋ねると

「私は帰りたかったのですが、母が初盆だからダメと言うんですよ」

聞くと墓から出た直後、母から今年のお盆は絶対に帰ってくるなとものすごい剣幕で言われたらしい。

「その後も何度も電話で絶対初盆は来るなと言われまして」

「お盆はしないけど帰るだけはいいかと聞いたら、怒鳴られました」

「父の葬式から母や妹とも本音で話せるようになりました」

「でもシキタリの事だけであんなに怒る事無いのに」

古謝さんは笑いながらそう言い、何度も目を擦った。

現在古謝さんは実家で暮らしており、家族と友達との関係も良好だそうだ。

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