トーフノカシィ
伊志嶺さんから聞いた話。
伊志嶺さんは電気工事会社に勤めていた。
夏の暑さが続くある日、会社の事務員が亡くなった。
伊志嶺さんの会社は沖縄でよくある家族経営の会社だったので、事務員といっても社長の母で高齢であった。
出勤するのも月に2回程度で、最近は全く姿を見ない事から体調を崩していると噂が社員同士でも流れていた。
その日伊志嶺さんは今は行けないと言うベテランの先輩何名かの香典を預かり、葬儀場に来ていた。
突然
「おい!」
と背中を叩かれた。
振り向くと、一緒に仕事をしている電気工事会社の上原さんだった。
今は同じ現場では無いが、一緒の現場の時お世話になったもんだ。
上原さんは豪快で面倒見の良い性格でいかにも職人という感じだった。
しばらく上原さんと話していると、上原さんは前の席に呼ばれそこに歩いて行った。
お経が始まってしばらくした時だった。
入口から1人の人物が前の方に歩いて行った。
伊志嶺さんがその人物の顔を見ると、その顔は遺影に写っている笑顔と全く同じ事務員だった。
(そんなまさか)
伊志嶺さんは息を飲み込んだ。
しかし、よく見ると事務員の姿はおかしかった。
事務員は小柄で背中も年相応に曲がっていたのだが、今歩いている事務員は170センチほどの成人男性の身体をしていた。
その事務員は前の席に座っている人達の周りをウロウロすると急に立ち止まった。
事務員は先程話してた上原さんの横に立つと、上原さんの頭を撫で始めた。
上原さんは全く気づいてる様子は無い。
ふと視線に気づいて横を見ると、後輩が伊志嶺さんの顔をジッと見ていた。
後輩は伊志嶺さんと目が合うと、バツが悪そうに目を背けた。
伊志嶺さんが前を向くと事務員の姿は見えなくなっていた。
お経も終わり、焼香を済ませ帰る途中伊志嶺さんは後輩を捕まえて
「見えていたのか?」
すると後輩は首を振ると逃げるように去っていった。
次の日、伊志嶺さんはマンションの新築工事現場に来ていた。
伊志嶺さんが休憩所でヘルメットを外すと、突然
「お前葬式に行ったんか!?」
とベテラン先輩の1人江口さんに怒鳴られた。
「預かった香典はちゃんと渡しましたよ」
驚きながら伊志嶺さんが答えると
「シキタリを知っているもんだと思っていたから言わなかったんだ。すまんな」
と謝られた。
伊志嶺さんは訳が分からず戸惑っていると
「頭を見てこい」
と言われた。
鏡の前に行くと、伊志嶺さんのおでこ付近にできていたオデキがゴルフボールの大きさに腫れ上がっていた。
いつの間にできたのか、何故痛みも違和感も無いのか伊志嶺さんは全く分からなかった。
休憩所に戻ると江口さんが教えてくれたのだが、ひどいオデキがある時は葬式に行っては行けないシキタリらしい。
電気工事はヘルメットを被って作業をするので夏場は頭にオデキができやすい、それで江口さん達も葬式に行けなかったそうだ。
その時、黙っていた後輩が話し出した。
「あの時、怖くて言えなかったけど先輩の周りを猿のような何かが歩いていました」
驚いて後輩の方を見ると
「その猿みたいなのは先輩の側に来ると人間の様な笑顔を浮かべて先輩の頭を撫で始めたんです」
と言った。
「事務員じゃないのか?」
伊志嶺さんが聞くと、後輩は首を振り怯えながら話を続けた。
「その猿みたいなのは先輩が帰る時もずっと先輩の側にいました」
「先輩に見たのかと聞かれた時、その猿みたいのが笑顔のまま自分の方を見たので咄嗟に話してはいけないと思い逃げてしまいました」
「もっと早く先輩や江口さんに伝えればよかった。すいません」
と後輩は頭は下げた。
その後伊志嶺さんは病院に行き、その足で江口さんの紹介してくれたユタの所に行った。
そのおかげか伊志嶺さんのオデキはすぐ小さくなった。
後輩が見た猿みたいなナニかはみんなに見えていて自分にだけ見えなかったのか。
自分が見ていた事務員はみんなには猿に見えていたのか。
それとも後輩と自分にしか見えていなかったのか。
全て分からないし、知ってはいけない気がする。
分かった事はひどいオデキがある時は葬式に行っては行けないシキタリだけだ。
それ以上は知らないでいい。
「あれから上原さんが体調を崩したと噂を聞いて現場でも1度も会っていないが、上原さんの身に何かあったのか確かめる気にはならない。」
伊志嶺さんはコーヒーを飲み干すとそう言った。
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