なるかし

「奈流芳師」


白檮山雪月花はそう言った。

彼女の言う師、と言う言葉は、尊敬語の様なものだ。

己を教育する立場である奈流芳一以を、師と慕い、その様な呼び方となっている。


「どうした?」


奈流芳一以は彼女の言葉に耳を傾ける。

一体、何を伝えたいのか、奈流芳一以は言葉を待った。


「その…奈流芳師は」


彼女は、何か言い難そうだった。

一体、何を言おうとしているのだろうか。


「昨日、の、あの女性は、恋仲ですか?」


と。

そう言われて奈流芳一以は顔面蒼白となった。


「(こ、恋仲?なんだ、何を、どの、え?)」


奈流芳一以は段々と血の気が失せていくのを感じた。

何故、彼女が昨日の出来事を知っているのか、分からなかった。


「な、なんで…俺、家?教えた、か?」


疑問を浮かべながら奈流芳一以は聞いた。


「奈流芳師、後をつけました…その」


どうして、急に後をつけて来たのか。

奈流芳一以は、まるで分からなかった。


「奈流芳師は、私に、ありがとうと、言って下さいました」


「…?」


確か。

そう言えば。

と、奈流芳一以は思い浮かべる。

そう言えば、今まで彼女と仕事をして、感謝の言葉を口にしたのは、あれが初めてだったかも知れない。

基本的に、人とはどう接すれば良いのか分からない。

だから、感謝の言葉をあまり口にしなかった。

その言葉が、白檮山雪月花に響いた様子だった。


「つまり、…私に、興味があるから、言ったのですよね?」


「え…いや…」


違う、と言えばそれまでだ。

しかし、彼女が勘違いしている事は可哀そうな事だと思った。

此処で否定してしまえば、白檮山雪月花の心に傷を生んでしまいそうだ。

だから、奈流芳一以は否定的な言葉を口にする事は無い。


「そりゃ…斬人として、成長してくれるのなら…興味があるとすれば、それ、かな?」


当たり障りのない言葉を口にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る