エレベーター

人付き合い。

と言うものがある。

奈流芳一以はこれが苦手だった。

自分の様な人間が他人と関わるのに申し訳なさと後ろめたさがあるからだ。

だから、特定の人間以外とでは、あまり喋る事がない。

それでも、彼には仕事がある。

後継者を育成するために活動しなければならない。


それは彼の意思とは関係ない。

斬人としての仕事の内の一つだった。


「…」


外へ繰り出している。

新鮮な空気が肺に入り込んだ。


「…」


彼の後ろには、年の若い女性がいた。

宝蔵院、ではない。

彼女とは容姿が違う。

それでも、肩書きは同じに近い。


「…(白檮山かしやま雪月花せっか)」


斬人を育てるための育成機関・試刀院。

その生徒であり、若くして天才の異名を持つ少女。

白檮山かしやま雪月花せっかと言う名前だ。

名前の如く、白く眩い。

雪に咲く花の様に、健気で可憐さが目を奪う。

彼女の育成が、奈流芳一以の仕事なのだが…。


「(気まずい…)」


何も言わない彼女。

それに応じて彼も喋らない。

それが彼の性格なのは仕方がない。

しかし、彼女はそれを知っているのか知らないのか、黙っていた。

話をしなくても平気であるかのように。

ただ黙々と沈黙を貫いている。


それが、毎度の様に続くので、流石の奈流芳一以も沈黙が耐え難く感じてきつつあった。


今回の仕事は比較的簡単なものに分類される。

ただ、祅霊を討伐するだけの簡単なものだった。

向かう先はマンションだ。

人間の出産率が年々に応じて多くなりつつある時代。

第二次世界大戦から祅霊との戦いを通して、過去十年の中で上昇しつつあった。

これも、斬人と言う職業を生業とする者たちが、頑張っている為だろう。


奈流芳一以は、マンションの管理人と話をする。

腰に携える刀を見せつけるだけで、管理人は即座に奈流芳一以を斬人と認識した。

マンションの奥へと通されると、管理人は言う。


「マンションを借りた住居人が、悉く殺されています…なんとかしなければ、私の商売も上がったりです」


報告書の内容から、既に十人以上の死亡者が出ていると聞く。

階層も部屋の番号も関係なく、ただ人が入居すれば殺す、と言ったものだった。


「分かりました…では、こちらで何とかしましょう」


そう言って、奈流芳一以は後ろを振り向いた。

白檮山雪月花は何も言わず、奈流芳一以の方を呆然と見ている。

何度も何度も、彼女自身から言葉を発する事は無かった。

まるで、奈流芳一以を確かめているかの様な目つきで見られている。

これでは、奈流芳一以もやり難いと思っていた。

それでも、仕事である以上は行わなければならない。


「…(被害者の死は大体、夜辺りだな)」

「(夜で無ければ動けない理由か…)」

「(十中八九、光に当たれば、弱体化するタイプなんだろう)」


その様に奈流芳一以は結論付けた。

であれば、やる事は簡単である。


「面倒だが…虱潰しだな」


手当たり次第、部屋に入って敵を炙り出す他ない。

奈流芳一以はそう結論付けた。


「部屋に入っても?」


管理人に聞くと、彼は首を縦に振った。


「今は、危険なので、誰も居ませんよ」


それを聞いて、奈流芳一以は安心した。

「白檮山」


奈流芳一以は彼女の名前を呼んだ。

歯が異様に長い下駄を履いている彼女は、からん、ころん、と音を鳴らして近づいて来る。


闘火とうかを放出する、一部屋一部屋だ」


闘火とは、人間が宿す生命を熱量として放出したものである。

斬人を目指す者にとって、必要な器官である『炎子炉えんしろ』。

この炎子炉を稼働する事で、自らの生命力を祅霊に有効的な陽の力として放出するのだ。

そして、炎命炉刃金は、この闘火を吸収する事で熱を増量し斬神を生み出す。


闘火を放出し続ければ、当然、生命力の減衰となる為に、力が弱くなる。

それでも、この方法でしか、祅霊の存在を炙り出せないと思った。

何よりも、日に当てられる事無く、夜にしか顔を出せない祅霊ならば、奈流芳一以よりも実力は下だろうと思った。


だから、奈流芳一以は、闘火を放出した。

部屋に入る前から、膨大な闘火であるが、奈流芳一以は憔悴する様子では無かった。


「…」


白檮山雪月花は、膨大な熱を前にして、思わず喉を鳴らした。

彼の熱が、直に当たってしまって熱さを感じたのだろうか。


「…?」


奈流芳一以は、より一層、彼女が熱っぽい視線を向けている事に気付いていたが、それ以上追及する事は無かった。

何よりも優先すべきは、祅霊の討伐である。


「白檮山、お前は一階から探せ、俺は、最上階から探す」


そう言って、奈流芳一以はエレベーターへと向かう。

彼女は頷き、奈流芳一以の言葉に了承した。

そして、二人は別れる事になった。

彼女の後ろ背を眼で追いながら、深く溜息をする奈流芳一以。


「(最近の子は何を考えているんだろうか?)」


どの様に接すれば良いのか、全然分からない。

このまま、この様子で接するワケにもいかないだろう。

何かしら、行動すべきとは思うが…自分がそれをして良いのだろうか、と言う疑心に煽られた。


そんな事を考えながら、奈流芳一以はエレベーターのボタンを連打していた。

早く、エレベーターが来て欲しいと思いながら、である。

そうして、三階から二階、二階から一階へと降りて来た時。

ようやく、奈流芳一以の前にエレベーターが到着した。

扉が開き、奈流芳一以はエレベーターに乗り込むと、最上階のボタンを押して閉のボタンを連打する。

そして、エレベーターが動き出したので、重力を感じながら奈流芳一以はエレベーターの階層の表示を眺めていた。


一階から二階。

二階から三階。

三階から四階、と。


最上階へと続いていくエレベーター。

そして、奈流芳一以は炎命炉刃金に手を添えた。

それは、何か違和感と言うものを感じた為だ。

祅霊の餌に成り掛けた時代。

そこで浴びる程に受けた、祅霊への視線と気配。

その感覚は未だに奈流芳一以のトラウマとして残り続けている。


「(…居る)」


そう思ったと同時。

奈流芳一以は刀を引き抜いた。

敵は何処から来るか、何となく察し、上を見る。

エレベーターの天井が破壊されると共に、四本の腕をした祅霊が出現した。


「いきなりかよッ」


折角の作戦が台無しである。

刀を振ろうとした。

だが、斬術戦法は使役出来ない。

彼の斬術戦法は多対一を想定している。

大きく腕を振るい、攻撃を行ったり、敵への攻撃を躱す為に、回避の術に長けている。

だが、この狭い空間では、斬術戦法を使役する事が出来なかった。

故に、選択が阻まれる。


「がッ!!」


相手が先手をとって攻撃を行った。

奈流芳一以は刀を構えて敵の攻撃を受ける。

四本腕の先端は棘の様に細くて長かった。

この腕の内、二本が奈流芳一以に向けて放たれ、そしてその攻撃を炎命炉刃金を受け止めたのだ。

しかし、祅霊には未だ二本の腕が残っている。

同時に、奈流芳一以は祅霊による上空からの攻撃によって体が押し倒された状態だった。


残る二本の太い爪が、奈流芳一以に向けられていた。

このまま、彼の首と、眼球を狙っている。

鋭い切っ先が突き刺されば、奈流芳一以の体内をぐちゃぐちゃに掻き回して殺すだろう。

無惨にして凄惨な死を連想した奈流芳一以。


「ぐ、がッ」


死にたくない。

その感情を昂らせた。

感情とは、生命の変質である。

奈流芳一以は、感情の昂りを炎子炉へと流し込む事で、闘火を生成させる。

大量に生成された闘火を、手に握り締める炎命炉刃金へと流し込む。

奈流芳一以が所持する炎命炉刃金は二振りだ。


片方は、この狭い空間では使用する場合、不利になる、または使い勝手が悪い。

何よりも、こうして掴まれている状態であれば、使用するには至らない。

そして、奈流芳一以はその炎命炉刃金を使用する事を否定していた。

その刀は即ち、本当の意味で、奈流芳一以の精神面を引き出している刀だったからだ。


故に、彼が使うのは親友の遺品。

奈流芳一以が信頼する、武器である。


「斬ッ、神ッ!!」


炎を撒き散らす。

闘火の放出でも、祅霊は離れようとしはしない。

それどころか、より一層、祅霊は力を増していく。

如何に日光や炎が嫌いな祅霊だが、斬人から放たれる闘火に関して嫌悪感を抱く程度のものだ。

人間に例えるのならば、黒板に向けて爪を引っ掛ける行為と音を受けるようなもの。

毛嫌いする者であれば、耳を塞ぐだろうが、逆に怒りを露わにする者も居る。

この祅霊は後者だった。


しかし、この際それはどうでも良かった。

奈流芳一以は、喉が張り裂ける程に、声を荒げる。


「『襲玄しゅうげん』ッ!!」


そうして、黒き圧力を宿す紫黒しっこくの剣豪を作り出した。


斬神・襲玄。

重力を操る斬神。

その実力は、無類の強さを誇る。

奈流芳一以が発現させた、空間に歪を産む傑物だった。


出現と同時。

斬神・襲玄はエレベーター内部には出現しなかった。

エレベーター内部では、戦闘に支障が出る為だろう。

だから、斬神・襲玄が物理的に祅霊に接触する事が出来ない。

一応は、斬神は斬人の闘火を受けて具現化した存在。

物体に接触する事が出来る幻想である。

故に、奈流芳一以に対して直接、手を伸ばす事は出来ないが。


「やれッ!!」


奈流芳一以は、斬神・襲玄に命を下す。


天墜落・崩堺よもつならく・ほうかい

重力操作による物体を地面に向けて墜落させる能力である。

絶え間ない重力の圧が、エレベーターの箱を押し出して、落下する様に操作した。

当然ながら、エレベーター内部もまた、重力の圧によって地面に貼り付こうとしていた。

だが、奈流芳一以は比較的楽だった。

彼が、祅霊によって地面に倒された事で、彼が重力を受ける分は、エレベーターの地面が受けている。

炎命炉刃金を構える腕が、主に重力の影響を受けて今にでも自らの肉体に沈み込みそうだが、もろに重力の攻撃を受けて自爆するよりかはマシだった。

そして、重要な事なのは、炎命炉刃金を構えている方向である。


刀身の位置には、祅霊の腕と、胴体があった。

祅霊の肉体は、天井から身を出している状態であり、言ってみれば、宙ぶらりんな姿勢だった。

胴体が長いのだろうか、それとも、足が長いのだろうかそれは分からない。

だが、その祅霊の位置からして、地面には奈流芳一以、その間には炎命炉刃金がある。

重力に負けてしまえば、祅霊はそのまま落下していき、刀身に切り裂かれてしまう。


そうならない為に、祅霊は肉体を使い、重力に逆らっている。

このまま落ちてしまえば、死は確実だからだ。


「死、死ねッ」


奈流芳一以は、その様に願った。

だが、何時までもこのままではいられない。

どちらかが、何れ限界を迎えてしまうのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る