世界観

討伐後。

適切な処理を行うべく機関へ帰還。

報告書等の諸々の記載を行い。

炎命炉刃金の持ち出し許可を得た末に帰路に就く。


ガヤガヤと声が聞こえて来る。

物乞いをする乞食。

酒に酔い潰れ寝転ぶ中年。

道行く人間に自分を売る娼婦。

煙草を吸いながら歩くサラリーマン。


夜が深くなるのに、喧噪は変わらない。

より一層、闇が濃くなれば強盗も出るだろう。

治安は悪いが、外に出歩く人間には刀がある。

一人、反対側から来る人間に目を向けた。

身なりが良い人間の腰元には刀が携えている。

斬人が所持する炎命炉刃金とは違う護身用の刀。

祅霊を斬る事は出来るが、致命傷にはならない。


「…」


ショーケースではテレビが売られている。

ブラウン管テレビが何台も積み重なって放送している。

テレビの中では、お笑い番組が流れていた。

殴る蹴る、女性に対するセクハラ。

コンプライアンスなど一切感じられない内容だった。

テレビは子供には悪影響とされる原因の一つとなっている。


くだらない日常だ。

それでも、彼らは生きている。

祅霊や祅刀師の恐怖はあるだろう。

それ以上に、明日と言う未来に向かって生きている。

それが羨ましいと、奈流芳一以は思っていた。



仕事を終えた奈流芳一以。

自宅へと戻って、テーブルの上を確認した。

インスタント食品の容器が積み重なったテーブルだ。

これを片付けるのには、少しの労力が居る。

時間にして言えば十分程度で掃除は終わるだろう。


ならば、と奈流芳一以は先に衣服を脱いだ。

早々に片付ける事が出来るのであれば、今やらずとも良いだろう。

なので、先にシャワーを浴びる事にする。

一日の疲れを癒す為に、奈流芳一以は冷水を浴びた。

身体の熱を冷水で取り除いた後に、熱々のシャワーで体の疲労を軟化させる。


幼少期の頃。

先に冷水を浴びれば、心臓が強くなると親友から聞いた事があった。

時間が経って、それが眉唾な話である事を知った。

実際は冷水を浴びた事で心臓が跳ね上がりショック死してしまう。

実話が歪曲したものだと言う事は、小学生の頃で理解していた。


それでも経験則からか冷水を浴びる。

先に冷水を浴びる事で体が引き締まり疲労が消えるのだ。


一種のプラシーボ効果なのだろう。

実感がある以上、やめる事は無い。

これからも奈流芳一以は先に冷水を浴びるのだろう。


シャワーを終えた後。

奈流芳一以は体を拭きながら歩く。

ボクサーパンツとジーンズを履いて上半身裸の状態でベッドの上に座った。


「(斬人きりゅうととして生活を始めて二年…か)」


ベッドに寝そべりながら、奈流芳一以は脳内で思い出を浮かべる。

彼が、祅霊と戦う仕事に就いたのは成り行きだった。

だが、仕事である以上はきちんと職務を全うするつもりだ。

あの宝蔵院珠瑜が奈流芳一以と同じ道を歩んだ事は流石に驚いてしまったが。


「(俺と珠瑜は学生時代に出会った)」


斬人は祅霊を斬り殺す事で報酬を得る。

その為に機関に属している。


「(斬術を学んでいた俺は、総当たり戦で緒戦で珠瑜と出会い)」


それもこれも。

幼い頃から刀を扱う斬術を学んでいたお陰もあっただろう。

初回である入学試験の模擬試合では十戦十勝と言う功績を得た。


入学した後。

同じクラスになった学生の中で、彼はは宝蔵院珠瑜と出会ったのだ。


「(そして、心が折れる程に敗けた)」


入学時に行われるクラス別の総当たり戦。

これに参加した奈流芳一以だったが、緒戦で宝蔵院珠瑜と出会ってしまった。


それが運の尽き。

戦闘は一瞬で決まった。

彼が心身に培ってきた技術、その全てが否定されてしまった。


「(アイツが…俺に言った言葉は今でも忘れない)」


初めての挫折を覚えた奈流芳一以に対して、彼女は心にもない台詞を伝える。


「(…『キミ、弱いから早く辞めた方が良いよ』)」


斬術を得意としていた奈流芳一以。

想像以上の屈辱だったかも知れない。

だが彼は敗けた事で世界が広い事を知った。

自分が井の中の蛙である事を知ったのだ。


奈流芳一以は、リベンジなど考える事も無く。

敗北者の精神を以て学園生活を過ごす事となる。

その事が、今でもトラウマとなっていた。

昔は、鍛神師として大成する筈だった。

その願いは、彼女との戦いと共に断念してしまったから。


「(事実、俺は辞めようと思った)」


だが、そうはならなかった。

奈流芳一以は、生かされたのだ。

だから、自分の意志とは関係なく、奈流芳一以は戦う道へと進んだ。

進んでしまったのだ。


「(だけど…何の因果か、こうして俺は生きている)」


多くの人間の死の犠牲。

屍の上に立ち、血の河に足を沈めながら歩き続ける。

それが、奈流芳一以の罪悪感と僅かばかりの覚悟だった。


「(俺と、珠瑜だけは、斬人きりゅうどとして、生き続けている)」


進み続けた結果が。

斬人と言う存在。

神の火を宿す巫女の下で働く事になった。


「(…けど、どうして、俺だったんだろうな)」


十年前の事を思い出した。

奈流芳一以が斬術道場に来た時の事だ。

堕落事変と言う一つの戦禍に巻き込まれた少年。

両親を亡くした彼は、心に大きな闇と傷を生んだ。

世界の全てが恐怖に満ちていた。

哀しくて恐ろしくて、生きる事が窮屈と感じていた。

そんな彼と遭遇したのは、斬術道場の息子。

妹を連れて、同年代の少年に出会った時、彼は手を伸ばして言った。


『ちょうど、おれのライバルを探してたんだ!今日からおまえは、おれのライバルだ!!』


無邪気な笑みを浮かべて孤独な少年の手を掴む。

恐怖と闇に支配されていた少年は、あっと言う間に闇から逃れていく。

一人の少年との出会い、その時、奈流芳一以の物語は始まった。


「ぁ、…置いて、いかないでくれよ」


戯言が口から漏れる。

目を開き、奈流芳一以は目を覚ます。

先程は、夢を見ていた様子だった。

大切な友達は、もうこの世には居ないと言う事実。

目を覚まして、寂しさが体を襲っていた。

怖くて仕方が無い様子で、身震いをしている。


「なんで…死んだんだよ…」


暗闇の中に居ると、気が小さくなる。

ベッドの近くに置いた炎命炉刃金を掴んだ。

刀の鍔の部分を額に近付けると、親友の顔を想い続ける。


気分が沈むと、昔の自分に戻ってしまいそうで嫌だった。

何か、別の事考えようとして深呼吸をする。


「…って、今、何時、だ?」


意識が段々と沈んでいた事に気が付く。

このまま、思考の渦に沈み続ければ、本格的に眠りそうだった。


「…あぁ、ヤバイ、少し寝てた」


ゆっくりと目を開ける。

欠伸をして、掃除をしようと身体を起こす。


「テーブル、片付けないと…」


ゴミの山を掃除しようとして時計を確認する。


「って…もうこんな時間かよ」


時刻は約束の時間帯へと近付いていた。

少し休もうとしたが、何時の間にか浅い眠りに落ちていたらしい。

早々に掃除をしなければならないが…それよりも早く。

呼び鈴が鳴り出した。

その音から、奈流芳一以は彼女が来た事を察した。


「…あぁ、インターホン、くそ、もう来たのか」


急いで掃除を行おうとテーブルのゴミを掴む奈流芳一以。

部屋の中から、玄関に向けて声を張る。


「珠、珠瑜、少し待っててくれ…あぁ、いや」


外で待たせるのも悪い。

だから、奈流芳一以は先に彼女を迎え入れる事にした。

部屋の中を見られて、かなり印象が悪くなるだろうが仕方が無い。

早々と足早くリビングを抜けて玄関前へ向かう。

施錠を外して扉を開けると彼女を迎え入れる。


「部屋、直ぐに片付けるから、綺麗な所で」


其処に居たのは、巨大なバッグを持った彼女だった。

中身は、一晩泊まるので、その分の衣服、所謂お泊りセット。

含めて、今晩、彼女の欲を発散させる為の道具が多く積み込まれている。


「ふーっ…ふーっ」


顔を赤くしながら、息を荒くしている宝蔵院珠瑜。

彼女の恰好は兎に角ラフなものだった。

衣服はすぐに脱げる様にTシャツであり、下はスカートを履いている。

そして、仕事中ではサラシを巻いているのだが、プライベート状態の彼女は下着のみ着用をしている。

お陰で、普段抑えていたものが解放されていて、余計に大きく見えた。


「しゅ、珠瑜?く、薬は?」


普段ならば、薬を飲み込んでいるだろう。

と言うか、昼頃には飲んでいた筈だ。

だが、それでも彼女はすっかり、欲情している。

薬の効き目が悪かったのだろうか。

奈流芳一以の脳裏に浮かぶのは、そんな疑問ばかり。

しかし、奈流芳一以の言葉など無視して、彼女が詰め寄る。


「どう、でもいい…はっ…あぁ、早くッ」


早く、部屋の中に入れろと言っている。

余程、我慢をしていたのだろう。


「家に入れてッ、さっさとするからッ」


玄関に入る。

彼女は無造作に靴を脱ぎ捨てた。


「で、でも、部屋の中、まだ汚いし」


言い訳をすると、彼女は駄々を捏ねる様に言った。


「どうでも良いって言ってるのっ」


バッグを玄関前に投げる。

中身が無造作にばらまかれた。

精力剤や、衣服が廊下に転がった。


「さっさとベッドに連れてってッ!」


両手を開いて、奈流芳一以を求める宝蔵院珠瑜。

我儘な姫様の様な仕草に、奈流芳一以は狼狽しながら了承する。

彼女の体をベッドに持っていこうとしたかと思えば。


「わ、分かったんぐっ」


了承の言葉を口にする寸前に、彼女の手が奈流芳一以の首を絡める。

そして、徐に、奈流芳一以の唇を貪った。

延々と我慢していたのだろうか、舌先が奈流芳一以の中へと這入っていく。

甘い唾液が、舌先に絡まった。

先程まで、チョコレートでも食べていたのだろうか。

カカオの渋みと、ミルクの麿やかさが、口の中へと広がった。


「んっ、ふっ、れぁ…ちゅっ、…ふっ、ふーっ」


口を離すと共に、宝蔵院珠瑜は奈流芳一以を押してベッドの上へと向かう。

そして、奈流芳一以をベッドの上に張り倒すと、彼女はTシャツを脱ぎだした。

下はスカートであり、下着を脱げば、すぐにでも準備は完了となっている。

しかし、それよりも先に、奈流芳一以は大事な事を彼女に聞いた。

それは、彼女は今日、買って来ると言っていたものだ。

自分が買うと聞いていたから、奈流芳一以は薬局で買わなかった。

彼女に、避妊具を買ったのかどうかを聞く。


「ま、待て待て、お前、手ぶらか?買って来たよな、コンド」


しかし、そんな言葉を遮る宝蔵院珠瑜。

奈流芳一以のジーンズのチャックを下ろす。

彼女の目は色欲に塗れていた。


聡明な彼女の思考回路は、性欲と興奮によって知能が下がっている。

今はただ、自分の快楽を満たす為だけに、奈流芳一以に欲情していた。


「そんなのどうでもいいからっ、さっさと■■■出してっ!!」


何処までも優位的な立ち位置で。

キレ気味に、そう言われるのだった。


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