鬱エロゲの様な世界で覚醒した主人公がヤンデレなヒロインに依存されるダークファンタジー

三流木青二斎無一門

始まり


目の前に人間を食らう化け物がいた。

鳥の様な姿を真似た化物。

地面に転がっている嘗て人間だったモノを食べている。


腹部を鉤爪の様に発達した指先で引き裂き臓物を引き摺り出す。

ぶちゅぶちゅ、と芋虫を食べるかの様に音を鳴らしながら食べていた。


そんな化け物を目の前にして二つの人影。

その二人は全くもって正反対に属した者たちだ。

性別も性格も体格ですら、二人は両極端だった。

唯一共通しているところがあるとすれば。

その腰元に差された一振りの刀だけだろう。


祅霊と呼ばれる生物。

人を喰らい、犯し、殺す生物を殺す。

この島国では護身用の武器を携帯する事が認可されている。

そして、腰に携えるその武器は、尤も祅霊を殺す事に長けた武器。

名を、『炎命炉刃金ひひいろはがね』と呼ばれていた。


「…ぬえだな」


男が喋った。

人が食われているのに対して、呑気な口調だ。

歩く度に、紅葉の様な色合いをした髪の毛が左右に揺れた。

目元にまで掛かる程に伸びた前髪。

その隙間から細い目を覗かせていた。


一以かずい…見れば分かるでしょ?」


一以。

それが、男の名前だった。

奈流芳一以、それが、男の本名。


そして、男の言葉に対して隣にいる背の低い女は言い返す。

目の前にある情報は、口に出して言う程の価値は無い。

それくらい見ればわかる程度の情報だ。


だから口に出して言わなくても分かる。

それに、欲しい情報はもっと別にある。


珠瑜しゅゆ、一体だけか?」


奈流芳一以は視線を少女の方に向けた。

珠瑜、と呼ばれた少女は首を左右に振る。


「…そんなワケない、他に居る筈」


背の低い女性だ。

髪の毛は頭皮の根元まで真っ白で雪の様だ。

琥珀色の瞳は常に不満を抱いているのか吊り上がっている。

それでも顔は整っている方だ。

可愛らしさと美しさ両方を取り入れた様な顔だった。

宝蔵院珠瑜の魅力はそれだけではなかった。


背が引く細い体である筈なのに。

宝蔵院珠瑜の胸元が風船がはち切れそうな程に大きかった。

それを衣服で縛る様に着込んでいる。


胸をサラシで潰しているが。

それでも。

服越しから見ても、かなり大きい事がわかる。


「そうか?…どちらにしても」


言動に棘がある宝蔵院珠瑜の態度に対して。

奈流芳一以は特に気にする要素もなく話している。

奈流芳一以は周囲を見回した。


数年前に取り壊しが決定された廃工場。

この近隣で化け物に関する事件が増えた事によって安全性を考慮して取り壊しは延期になっていた。


その廃工場にどうやら化け物が住む様になってしまったらしい。

目撃情報から察してあの化け物が今回仕事の対象なのだろう。

そしてその目撃情報に関して化け物は複数存在していた。


奈流芳一以に引用に化け物は一体だけというのはありえない。

その事は宝蔵院珠瑜も理解している。


だから情報提供が記載された書類の奈流芳一以はあまり目を通していない事が分かった。


再び不機嫌そうな表情をする。

奈流芳一以は宝蔵院珠瑜よりも前に出る。


そして腰元に刺していた刀を引き抜いた。

先程まで、呑気な顔をしていた奈流芳一以。

現在では一変。

一瞬にして化け物に殺意を向ける。


「殺したら終わりだ」


一秒よりも早く祅霊を殺そうという気概が見えた。

気分から刀に奈流芳一以は意識を向ける。

刀の中に眠る語りかけた。


斬神ざんじん・―――『襲玄しゅうげん』」


名前を口にする。

それはその方の中に眠っている斬神の名前だった。

同時に奈流芳一以は自らの力を刀身へと流し込んだ。

すると、刀は赤色に燃え出す。


薪が燃えるかの様な激しい音と友に奈流芳一以の背後に人影が現れる。

その人が影はやがて実態へと変わっていく。

黒色の衣装に身を包み込んだ二振りの太刀を持つ武士へと姿を変えた。


炎命炉刃金。

それは、神の肉体から採取出来る緋色金ひひいろがね青魂金アポイタカラの二種の鉱物を混ぜ合わせ、火汲みの巫女による炎によって鍛錬された武器である。


数多くの祅霊を殺すと、刃に魂が蓄積し、その魂に生命の火で燃やす事で、新たな神が生まれる。それが…剣に宿る神ゆえに、斬神ざんじんと呼ばれた。


「『弋刀とびたち』」


奈流芳なるか一以かずいが斬神に対して命令を行う。

その命令を引き受けた斬神は刀を振り上げた。

それと共に一陣の風が吹き荒れる。


風が舞ったかと思えば。

大気と空間が歪み、圧力が加わる斬撃が放たれる。

不可視の刃が飛び出すと祅霊の腰から上の部分を圧し斬った。


「…終わったな」


呆気ない最後だと奈流芳一以はゆっくりと刀を戻そうとした。

そんな奈流芳一以に対して。

それでも宝蔵院珠瑜は警戒を止める事はなかった。


「だから…終わって無いって」


そして宝蔵院珠瑜の予測が当たっていたらしい。


工場の壁が唐突に破壊される。

何かが突っ込ん出来た様子だ。

それと共に出現したのは、先ほど奈流芳一以の殺した祅霊と同じ姿をした鳥人間たち。


「ぴぃいぃ」

「ぴぃぴぃぃ」

「ぐゅぎゃぎゅびゅゅッ」


彼らは雛鳥の様な声を発しながら奈流芳一以たちの元へと走り出していく。


「ほら、他にも居たでしょ?」


その雛鳥の背後には巨大化した化け物だ首を傾けながらこちらを見ていた。

首を傾けすぎて目の部分が口の方へ口の部分が目の方へと移動している。


「あぁ…居た、な」


彼は刀を収める手を止めた。

宝蔵院珠瑜は、自分が予想を当てた事よりも。

彼がすぐに終わらせ様と動いているその迂闊さに対して呆れた表情を浮かべる。


それを見て、なんだかバツが悪い顔をしていた。

早めに終わらせたかったのだが、戦いは長引きそうだった。

奈流芳一以は残念に思いながら再び刀を引き抜く。


「危機感が無さ過ぎる、もっと緊張して、張り詰めて、及第点すら言ってない、そんなので良く…」


彼女の口は奈流芳一以の愚痴で止まらない。

言葉を重ねていき鬱憤を晴らすかの様に感情を乗せる。

だけど途中で遮った。


「…いや、いい、これ以上言った所で、今に始まった事じゃないし」


これ以上。

彼に小言を言っても戦いが終わるわけではない。

彼女は優先順位を間違える事はなかった。


「…それよりも、だな」


一区切りをつけて化け物たちに刀を向ける。


「…さっさと終わらせようか」


この祅霊の群れを倒せば今度こそ仕事の終わりだ。

祅霊たちは、二人に向かって走り出す。

それと同時に二人は自らの刀に宿る斬神の名前を口にする。


「「『斬神』」」






祅霊退治が終わる。

それは即ち仕事の終わるを示す。

祅霊の死体は生命活動を終了すると、肉体が灰の如く散っていく。

散った灰は奈流芳一以たちの刀へと集っていく。

刀の中に眠る斬神は祅霊の死骸を餌として食らって成長する。


だから彼ら、斬人達が持つ刀以外で祅霊を殺したとしても消える事はない。


「はぁぁぁ…」


死体が片付くまでの間、息を吐く。

また今回も生き残る事が出来た。

戦闘の余韻か、彼の指先は未だ震えている。

それを誤魔化す様に、手を強く握り締めた。


「…」


彼女に視線を向ける。

宝蔵院珠瑜は立ち上がったまま。

懐に忍ばせておいた薬の箱を取り出して掌に薬を乗せると。

水を口に含む事なく、喉を鳴らして薬を飲み込んだ。


「はあ…ん、ぅくん」


奈流芳一以は呆然と宝蔵院珠瑜が薬を飲む姿を眺めている。


彼女と同行を始めて一年近く。

何度も見た姿だった。

喉が大きく動き出すと、薬が喉を通過していくのが分かった。


「…」


まるで獲物を飲み込んだ蛇の様だった。

そんな奈流芳一以の視線に、宝蔵院珠瑜は気がついた様子だ。


「…何?何見てるの?」


彼の方に顔を向けて怪訝そうな顔をしていた。

彼がなぜ自分を見ていたのか不愉快そうに聞いている。


「あ、いや…別に、…なんというか、な?」


だけど彼女がそのまま追求してくる事を考えると、曖昧な態度をとるのは面倒な事だと察する。

なので適当な会話でもするべく口を開く。

そして、話題が無いかを考えた。


「えぇと…その、な?」


奈流芳一以はが先ほど飲んでいた薬に目を向ける。

数年前から飲み続けている薬その事を宝蔵院珠瑜に聞いた。


「いや、…薬、効いてるのか?」


自然な会話を心掛けたつもりだった。

しかし、彼女の視線は妖しい顔をしている。

適当な会話、と言う彼の魂胆を見透かしている様子だった。


「…話題が無いからそんな事聞いてるの?」


どうみても。

話題に困ったから聞いた。

と、彼女の眼にはそう映っているらしい。


「いや…別に、気まずいからとかじゃない」


嘘を吐く。

つまらない嘘だから宝蔵院珠瑜も呆れていた。


「…薬は効いてるよ、定期的に呑んでるからね」


実際に薬は効いている。

それはまず、間違いない。


だが。

薬が効いているからといって効果が覿面であるとは限らない。

体の感覚に予兆を感じ取れた。


「じゃないと…暴走するから」


薬の効き目がなければ宝蔵院珠瑜は無差別に人を襲っていたはずだ。


「そう、だよな…あぁ」


その事は奈流芳一以もよく理解できていた。

当たり前の事だった。

奈流芳一以は会話の内容に失敗したとそう思った。


「…だからと言って、蓄積するだけだから」


しかし、彼女は彼の後ろを向いたままに、小さな声を口から漏らす。

奈流芳一以に聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声だ。


「今日は予定、空いてるよね?」


薬を摂取しているからと言って完全に治るわけではない。

彼女の肉体に巣食う病原菌は完治するのが難しかった。

途端に宝蔵院珠瑜の視線が奈流芳一以に絡みついた。

ねっとりとした視線は男と女の関係性を表すかのようだった。

彼女の視線に気がついて奈流芳一以は思わず体を震わせた。

宝蔵院珠瑜が、かを求めている事がすぐに分かった。


「…あぁ」


彼女は刀を鞘に戻す。

彼女が倒した分の祅霊は回収した。

それは仕事の終わりだった。


「じゃあ、今晩行くから」


一足早く、仕事を終えた宝蔵院珠瑜。

言葉を交わした後、早上がりをしようと歩き出す。

奈流芳一以は、宝蔵院珠瑜の背中を見つめていた。


そんな彼女の後ろ姿を見て奈流芳一以は声をかけた。


「そうか、あの、さ、珠瑜、…今日、晩飯食うか?」


せっかく夜も一緒になるのだ。

であれば夜までの時間一緒に食事でもどうかと奈流芳一以は彼女を誘っている。

宝蔵院珠瑜は振り向いて奈流芳一以の方を見た。

先ほどのような不機嫌そうな顔をしていない。

素の表情を見せながら宝蔵院珠瑜は奈流芳一以に聞いた。


「…誘ってるの?」


そんな宝蔵院珠瑜の眼差しに対して奈流芳一以はどう言おうか迷った結果。


「あぁ…いや、親睦を深める、とか…一応、二年の付き合いだし、親交を深めるとか、さ」


奈流芳一以がそう言うと宝蔵院珠瑜はいつもの表情に戻った。


「…今日は良い、薬飲んだし、…薬飲む前に言ってよ」


宝蔵院珠瑜は完全に奈流芳一以から視線を外して、離れるように歩き出す。


「…悪い」


奈流芳一以は表情を暗くしていた。


「良いよ、別に…はぁ」


相変わらず宝蔵院珠瑜に対するコミュニケーションが難しい。


「じゃあ、夜、キミの家に行くから、部屋、清潔にしておいて」


何か思いついたかのように宝蔵院珠瑜は足を止めた。

そして再び奈流芳一以の元へと歩いて一言再び口にする。


「…あと、アレは、ボクが買っておくから」


何を買ってくるか。

奈流芳一以は彼女に聞くような事はしなかった。

聞いてしまえば『そんなものを言わせるな』と怒られてしまいそうだった。

だから奈流芳一以が宝蔵院珠瑜の一言別れの言葉だけを済ませてる。


「あぁ…じゃあな」


未だ、奈流芳一以が討伐した祅霊の吸収は続いている。

刀を鞘に納める事が出来なかった。

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