第6話 決意

「じゃあ、村まで案内するよ」

穏やかな光を放つ陽の下でスタンとラネアが会話する。

昨夜の豪雨はすっかり姿を消し、穏やかな空が広がっている。




サルフェンとアミルを探さなければならない。

万が一パーティーが散りじりになったときは、ふもとの村で集合することになっている。

生きていれば、そこで会えることができるかもしれない。




「本当のいいのか、案内してもらって」

「いいよ。私のほうが道を知ってるし。それにまだワイバーンがいるもしれない。一人じゃ危険だよ」

スタンとラネアは歩きだした。

生ぬるい風が二人の間を通り抜ける。

雨が上がったばかりの地面はぬかるんでおり、気を付けて歩かなければならない。



「そういえば、なんで村への道知ってるんだ?」

「私もあの村に時々行くんだよ。物々交換でいろいろ手に入れるんだ、小説とか」




上空を警戒しながら二人は歩き続ける。

やがて、高い崖の上に出た。

遠くに村が見える。まだしばらく歩き続けることになるだろう。




まだ警戒は怠ってはならないだろう。

そう思った矢先のことだった。


空気が、震えた。

その次に遠くで轟轟とした異音が響いた。


――あの音だ。

昨日の、ワイバーンの羽ばたく音だ。




その音を聞いたスタンとラネアはとっさに近くの岩へ身を隠した。

しかし、あと一歩遅かった。

遠くに浮かぶ巨体は恐ろしい移動速度で接近してくる。

10秒もたたないうちにスタン達の近くに陣取ってきた。




どうやらワイバーンは虫の居所が悪いらしく、吠える間もなく息を吸い上げ……

アルモアを焼き殺した炎よりも巨大な炎を放つ。

炎の向かう先はスタン達が身を隠す巨岩。

巨岩は頑強で怒れる飛竜の炎のブレスをも防ぐ。



しかし、それは決して状況の好転を意味しなかった。

焼き尽くせないと見るや、ワイバーンは鎮座する岩に向かって突進をしてきた。

炎の止んだ瞬間を狙い離脱しようとしたがよける間もなく、巨体が岩にぶつかる。

すさまじい音とともに岩が砕け散る。


スタンは吹き飛ばされるが幸いダメージは負っていない。

すぐに態勢を立て直し、ワイバーンを見据える。

スタンの視線の先には昨日と同じく殺意に満ちあふれたワイバーンがいて……その近くに、ラネアが倒れている。

倒れ伏し、体のところどころに痣や傷ができている。

あれではブレスに焼かれるか、さもなくばかみ殺されてしまう。



(助けなきゃ……!)

そう思って剣を構える。

しかし、剣を持つ手はすさまじく震える。

昨日の恐れはまだ残っている。

恐怖は心を侵食し、勇気を塗りつぶしていく。




恐れを残す冒険者を見て、狩人は叫ぶ。

「逃げて!」

「っ!なに言ってんだ!逃げるわけ……」

「いいから!ここでとどまっても死ぬだけだから……スタンまで死ぬことはない!」

ラネアは叫ぶ。




確かにラネアのいう通りだ。

ここでスタンが勇気を出し、立ち向かったところで、倒せるわけではない。

ワイバーンを倒すには強力は武勇が必要だ。生半可な攻撃では傷一つつけられない。

スタンはそれを昨日痛いほど実感した。

ラネアのいうこともその通りなのだろう。


しかし……

「ラネアこそ逃げろ!」

ここで引くわけにはいかない。

よけることに専念すれば、少なくとも数分は気が引ける。

そのすきにラネアには逃げてもらわなければならない。




スタンは剣を構え、思い切り叫んで突進する。

「うおおおおお!」

剣が届く間合いまでくると、渾身の力でたたきつける。

鈍い音が響く。剣が砕かれた音だ。


スタンの渾身の一撃は、ワイバーンに傷を与えられなかったが、気を引くことには成功したようだった。

ワイバーンがスタンのほうを向き、殺意の視線を向ける。

殺意を一身に受けたスタンは背筋が震え、逃げ出しそうになる。



だが、ここで退くわけにはいかない。

スタンはラネアと反対方向に駆け出す。

ワイバーンは小癪な獲物をしとめようと躍起になっているらしい。

口を大きく開き、炎のブレスを吐く。

スタンは横っ飛びしてかわす。

熱い空気がすぐ横を通りすぎ、後ろの空間が焦げあがる。


これで完全にスタンのほうへと誘導できた。

ラネアが逃げる時間は稼げるだろう。



ラネアを死なせるわけにはいかない。

自分を助けてくれた恩人を。そしてなりより……

(もう、逃げるわけにはいかない。逃げたくない!)

スタンはなりたかった。強くなりたかった。

自分が助けてもらったように、誰かを助けたかった。

母を、パーティーのみんなを、そしてラネアを。

だから、今必死に勇気を振り絞っている。


ワイバーンは怒りの咆哮を放つ。

剣はおれている。この命は後数分で尽きる。

それまでにできるだけ距離を引き付ける。

その覚悟を持って、折れた剣を構える。

ワイバーンは獲物を焼き尽くそうと、再び口を開く。


その時だった。

空気が、震えた。

木々がざわめき、風が吹き荒れる。

それと同時に今まで感じたことのない重圧を感じた。

スタンもラネアも、そしてワイバーンも。



気が付けば、ワイバーンは目の前にいるスタンには目もくれず、空を見上げている。

スタンの主観ではあるがその様子は、何か強大な存在を恐れているようにも見えた。

ワイバーンの視線の先を見上げる。

何もない。

いや違う。 遠くに何かがいる。

それは、ゆっくりとだが確実にこちらに向かってくる。

それがはっきりと視認できるほど近づいてきたときスタンは気づいた。




時間が止まった気がした。

スタンの目には青々とした空は映らず、その存在のみが映っている。

スタンの耳には、風の吹きすさぶ音は聞こえず、その存在が起こす翼の羽ばたきのみが聞こえる。

永遠にも思える一瞬で彼は理解した。

心の奥底であの日の自分が叫んでいる。


―――あれはドラゴンだ。

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