第4話

――竜を見た。

その出来事は幾たび年を重ねようと忘れられず、ずっと心の中で息づいていた。

少年は、その光景を思い出すたびに竜に対する憧憬が燃え上がった。

あの竜のように、自由に力強く生きていたいと。

……いつからだろうか。憧れが、自分の中からなくなってしまったのは。

母が亡くなったときだろうか。父が少年を見捨て独りぼっちになったときだろうか。

……もしくは、自分の力だけで生きていかなくてはならなくなったときだろうか。




「―――っつ、ああっ!」

鬱々とした眠りの中で、スタンは飛び起きて目を覚ました。

息が乱れ、体の節々が痛い。



―――自分は今なにをしているのか。

―――ああ、そうか、自分は情けなく逃げ出したんだった。

頭を抱えながら、ため息を吐いた。


「……やっと、起きた」

頭を抱えるスタンの近くから声が響く。

スタンはびくりと体を震わせる。


「大丈夫、ここは安全だから……多分」

声のするほうに顔を傾ける。見るとそこには、煌々と燃える焚火とその近くに金髪の耳の長い女が座ってスタンを見つめていた。


(だれだ……?)

スタンは困惑した。もちろん自分の知り合いではない。


弓を傍らにおき、周りには動物の解体で使うであろうナイフや縄などが置いてある。

この道具を見る限り、彼女は狩人だろう。

そして耳の長さや体格からして彼女はウッドエルフだ。

ウッドエルフはエルフの一種だ。主に森や山で自然的な暮らしを行うことを好んでおり、それもあってか狩人になるものも多い。

きっと彼女もそうなのだろう。


(助けてくれたのか)

自分の身体を見ると、ところどころに包帯がまかれてあり微かに薬草の匂いも漂っていた。


「……頭は、はっきりとする?」

「え?ああ、大丈夫。……もしかして助けてくれたのか?」

スタンが問いかけると、少女は微かにほほ笑む。


「びくっりしたよ。たまたま歩いてたら、倒れているだもの。見つけるのが遅れてたら、狼とかに食われてたよ」

「そうか……ありがとう、助けてくれて。ええと……」

「私はラネア。君は?」

「スタン」


会話をしながら辺りを見渡す。どうやら洞窟の中にいるようだ。岩肌に囲まれ、寝具や狩猟道具などが置かれている。

「ここは私の家だよ、スタン。ひとまずここで休んだほうがいい」

ラネアはそういうと傍らから、肉を取り出し串にさして焚火の近くに立てかける。


「……それで、何があってあんなところで倒れてた?」

食事の用意をしながらラネアはスタンに問いかける。



スタンは事の顛末は説明した。

ワイバーンに襲われ、リーダーが死んだこと。

自分は逃げ出して、途中できを失ったと。

語るうちにスタンは、心底自分が情けなくなった。




冒険者として生きる道を選んだ時に、自分なりに覚悟をしたつもりだった。

魔物に立ち向かう強い覚悟を。幼きときに見た、あの竜のように力強く生きると。

それが、あのざまだ。恐怖に耐えられなくなり、逃げ出した。

そして何より、大切な仲間を置き去りにした。

消すことのできない醜い事実だ。


「……そんなことがあったんだ」

ラネアは、小さくつぶやく。

沈黙が流れる。



スタンは焦っていた。

助かった安堵感と同時に、見捨ててしまった二人……サルフェンとアミルの事を考えていた。

自分がどのくらい気絶していたかわからないが、おそらくかなりの時間が立っているだろう。

二人がいったいどうなっているのか、わからない。

無事に逃げ出してくれればいいが、最悪の場合は……


そのように、考えたところでスタンの身体がこわばる。

いてもたってもいられなくなっていた。


「……もし、助けに行こうとしてるんならやめたほうがいい」

そんなスタンの様子を見て、ラネアは気づいたのだろう。

静かに、声をかける。


「行かしてくれ……」

「死ぬよ」

さらりと、冷たく、しかして気遣うように言い放つ。

「今は夜だよ。魔物も活発になってる。それに雨も降ってる。今夜は外にでないほうがいい」

「……」

「……だから、今夜は体を休めて。今、食事もできるから」

スタンはため息を吐いた。


こんな思いをするなら、最初から逃げ出さなけばよかったのに。

自分を責める心の声は体中を駆け巡る。

ラネアの言葉を聞いてもなお、スタンは迷ったが、最終的に洞窟にとどまることにした。

冷静になって考えてみれば、確かに無謀なことだった。

体は今も好調ではない。この状態で外に出れば、結局死んでしまう。


仕方ないことだと自分に言い聞かせながら、座り込んで体を休ませていると、肉の焼ける心地いい匂いが鼻をくすぐる。


どうやら肉が焼けたようだ。

ラネアは肉を取り出すと、近くにおいてあった革袋中から小瓶を二つ取り出す。

そして小瓶の中から粉をとりだすと肉に振りかける。

「はい、塩と胡椒もかけたから」


そう言って肉の刺さった串を手渡してくる。

芳醇な香りが鼻を刺激し、腹の虫が鳴る。

思えば、朝食をとった後何も食べてなかった。



スタンは肉を受け取り、かぶりつく。

柔らかな肉の感触が歯先に広がり、肉汁があふれ口の中を満たす。

潮と胡椒もよく効いている。味から推測すると鶏肉だろう。

疲れきった体に、活力が満ちてくる。

スタンは、しばらく食べることに専念した。

そんなスタンの様子を見ながら、ラネアはほほえみを浮かべると、食事に専念できるように少し離れ、革袋の中から本を取り出し読み始めた。

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