第6話 一週間の矯正
「さて、早速だけど始めましょうか」
夕飯を食べ終え、普段着に着替えた未海はかけている眼鏡をくいっと指で上げた。
どうでもいいが、眼鏡も似合っているな。
「えっと、始めるって何を?」
座っている未海の目の前に座る俺は、さっきまでの会話からその言葉にちょっとドキドキしてしまった。
「私の役目は何?」
「······痴女?」
「ぶち犯すわよ?」
「すみませんでした」
本当のことを言っただけなのに、冷たい目と声色で脅迫されてしまった。
処女なのに、なんて威圧的な言葉なんだ。
ちょっとがくがくぶるぶるしてしまう。
ここは素直に答えていこう。
「えーっと、身の回りの世話役とサポート?」
「そう、でもあなたの矯正役でもあるの。矯正のこと、
大室さんから話は聞いてるわね?」
「あぁ、そういえばそんな話をしたなぁ······」
俺と立原優理の性格は、言ってしまえば真逆。
顔が似ているだけで、仕草も髪型も何もかも違う。
それを入学する一週間後まで、本人そっくりにならなくてはならない。
そうでないと、すぐボロが出やすいから。
そう説明されたが、矯正といっても何をするんだろう?
「この資料を見て」
そう言って目の前に差し出された資料には、立原優理に関する全てが記録されていた。
ふむ、一通り目を通してみるか。
立原優理。17歳。優しく前向きな性格。成績は優秀。趣味は映画鑑賞、プログラミング。好きな食べ物は、ミートソーススパゲッティ。
「はは、なんだこの完璧超人みたいなステータス······」
本当に俺とは全然違う。
俺はどちらかといえば粗暴。成績は中の下辺り。趣味はゲームとアニメと食べ歩き、好きな食べ物は肉とラーメン。
「本当に似てるのは顔だけだなぁ」
「一週間で全てを似せるのは、正直困難だわ。だってあなた、プログラミングとか出来るの?」
「いや、ぶっちゃけ無理。パソコンだって、あまり触ったことないし」
「でしょうね。だからこの際、似せれる部分は似せましょう。後は、私がなんとかフォローするから」
「それはありがたいけど······」
ん?待て?
極力似せるということは、まさか······。
「さあ、まずは成績を上げましょうか」
「やっぱり······!?」
「ちなみに、立原優理が得意なのは理系みたいね。特に数学が好きらしいわ」
「うへぇ、プログラミングが趣味ってだけはあるわ」
俺は勉強自体が苦手だ、特に理系は頭が壊れるくらいに破滅的だ。
「あなたは、得意な科目はあるの?」
「無い。強いて言えば国語とか」
「正反対ね。いいわ、今日からみっちり私が教える。まずは、保健体育の実技からね」
「いやいや、遠慮します」
なんだ、そのエッチな家庭教師な設定。
漫画かAVでしか見たことがないぞ。
「つまんないわね。ここは流れに乗って、私に犯されるところじゃないの?」
「いや、もう犯す言うてますやん」
保健体育でも、そんなぶっちゃけたことは無い。
しかし、勉強かぁ······。だるいし、面倒だ。
だが、契約したからにはやるしかない。
ここは覚悟を決めて、素直に教わるしかなさそうだ。
「よし、分かった。正直苦手だが、やるか」
「保健体育の実技を?」
「まずは数学から!」
未海のエッチな誘惑をスルーし、俺は事前に大室さんから渡された雄星学園の教科書を取り出す。
それを開くと、同じ学生なのかと疑問に思うくらい良く分からない内容が書かれていた。
早速、頭から湯気が出そうだ。
「やべぇ、分からない」
「私のスリーサイズが?上から88······」
「数学の内容が!」
「あら、ちゃんと数字を言っているじゃない」
「ああ言えばこう言う!けど、その数字じゃない!」
本当にこの人に教わってもいいのだろうか?
いや、分からない以上この人に教わるしかないのだが······。
「そもそも、未海は勉強得意なのか?」
「私?一応、慶応大学出身よ」
「すごっ!?」
慶応大学といえば、知らない人はいないであろう有名な大学だ。
偏差値もかなり高く、秀才が多いイメージがある。
なるほど、それなら期待は出来そうだ。
だが保健体育の実技、テメェはダメだ。
「まあ、私は人に教えたことがあまりないから教え方が下手かもしれない。それに、所詮は付け焼き刃。あなたの頭の中にインプットされるかどうかは分からないわ」
「まあ、それは確かに······。でも、やらないよりはやったほうがマシだろ。それに、一応契約だしな」
「ふぅん、なるほどね······。あなたがヤる気なら、私はそれに応えるだけよ」
「······なんか、ニュアンスがおかしい気がしたけど気のせいだよな」
そう思わないと、なんだか怖く思えてしまう。
それから俺は一週間、未海にみっちり勉強を教わった。
さすがにレベルが違い過ぎて全てを理解出来るといったところまではいかなかったが、とりあえず雄星学園の一般的な偏差値くらいまでは頭に叩き込むことに成功した。自分でもびっくりだ。
その勉強の合間に、立原優理の口調や仕草などもある程度はそっくりになるくらいには演じ切れるようにはなった。
人間、やろうと思えば出来るものだ。
「ふぅ······やるべきことはやったわね」
「そうだな······疲れたよ」
「ふふっ、あなた結構吸収力があるのね」
「吸収力って······俺はダイソンの掃除機かよ」
一通り終えた俺は、未海の淹れたコーヒーを一口飲んで落ち着く。
明日から、ようやく雄星学園に通えるみたいだ。
だが、油断は出来ない。
なんせボロが出てしまったら、契約不履行で契約金が貰えなくなってしまうからだ。
「雄星学園······どんなところなんだろうな」
「さあ······?私も噂程度しか知らないけど、なんでもお坊ちゃんお嬢ちゃん学校らしいわよ?」
「へぇ、つまり金持ち学校?」
「みたいね。立原優理も、それなりの裕福な育ちなんでしょう。事情っていうのが気になるけど」
「まあ、ね······」
それは俺も気になるが、お家事情に無闇に首を突っ込めばろくなことにならないだろう。
何はともあれ、明日から学校生活。気を引き締めねば。
気合いを入れながら再びコーヒーを飲んでいると、部屋のドアがコンコンとノックされた。
「あら······こんな時間に誰かしら?」
時間は、もう夜の9時を過ぎている。
だが、訪問者に関してはすぐに予想がついた。
この部屋を知るのは、俺たち以外には大室さんしかいない。
しかし、大室さんとは学園で会う約束だったはず。
一体何の用なんだろう?
「はい、どちら様ですか?」
訪問者に対応するべく、未海は玄関に向かってドアチェーンを外してドアを開いた。
すると、そこには一人の男性が立っていた。
そいつは、にっこりと柔らかな笑顔を向けて言った。
「こんばんは、夜遅くに訪問してすみません。初めまして、立原優理と言います」
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