第5話   ゴムにする?玩具にする?




その後、どうなったかというと簡潔に言えばなんとか俺の童貞は守り切ることが出来た。

正直ヤバかったけど······。

未海のエッチなお誘いにはかなりグラッとしたし、胸がドキドキしたけど、俺だって初めての相手は選びたいのだ。

童貞君は、純情なのだ。




「ちっ、もう少しで抱けると思ったのに······」




恨みがましい未海の低い声が聞こえたが、俺は聞こえないふりをして目を逸らした。

というより、この人はいつまで俺の部屋にいるんだ?




「えーっと、未海。そろそろお帰りになっては?」

「ん?私の部屋はここなんだけど?」

「えっ?なんて?」

「えっ?なんて?」




俺がきょとんとして声を出すと、未海もまた目をぱちくりさせながら同じ言葉を返してきた。




「いやいや、ここは俺の部屋なんだけど?」

「うん、そうね。でも、私の部屋でもあるのよ?」




おや?これは果たして日本語かな?相手は日本人?

俺の言葉がまるで相手に届いていないようだ。

もう一度、言ってみよう。




「いや、だから俺の部屋なんだけど?」

「うん、だから私の部屋なんだけど?」




あかん、やはりさっきと同じだ。

俺の部屋でもあるけど、未海の部屋でもある?

うーん、つまりこれってアレだよね?




「えっと、もしかしなくても未海もこの部屋に住むということです?」

「もしかしなくても、私はあなたの世話役なんだから住むに決まってるでしょ?」

「えぇ、世話役ってそこまでするの?」




付き合ってもない良い年した男女が同じ部屋に住むというのは、さすがにまずいのではなかろうか?

間違いがあったりしたら大変だ。

というより、主に俺の身の危険がする。




「そこまでしなくても良いのでは?」

「契約なんだから仕方ないじゃない?なに?まさか、私が居たら迷惑とか?」

「いや、迷惑ではないけど······男女が一つ屋根の下って、やっぱりまずいのでは?」

「私は別に構わないわよ?」




そりゃあ、痴女からしてみれば狙っている相手が同じ部屋にいるのは好都合だろう。

だが、俺には不都合でしかない。

確かに同じ部屋にいれば、エッチなハプニングがあるだろう。

それは思春期の俺からしてみれば願ったり叶ったりだが、さすがに手は出したくない。




「俺は構うので、お帰りになってどうぞ?」

「私は構わないから、帰らないわよ?それに、帰る場所なんてとっくに無いもの」

「えっ······?帰る場所が無いって······」




この人も、俺と同じで帰る場所が無いのか?

だから、大室さんと契約したのだろうか?

あまり他人の事情には首を突っ込みたくはないが、そう考えると無碍に追い出すのも可哀想ではある。

しかしだからといって、やはり美女と一緒に住むのは俺の心臓が保たない気がする。




「えーっと、違うアパートを借りるとかは?」

「どうして?家具家電付き、敷金礼金家賃もいらずに即入居出来る場所があるのに、わざわざ出て行く理由は無いわよね?」

「それはごもっとも」




そう言われると、ぐうの音も無い。

こんな好条件の部屋を手放す理由が無い。

しかし、性的に狙われている俺が素直に了解する訳もない。




「じゃあ、早速買い物に出かけましょうか」

「買い物?あぁ、確かに今日の夕飯とか買わないといけないよなぁ」

「それもあるけど······他にもいろいろあるでしょ?」

「他にも?」




はて?家具家電は全て付いてるし、生活必需品もある程度は揃っている。

足りないのは、食材とか服くらいなものか?




「あぁ、服とか?部屋着とか寝間着とか······」

「服?それはそこの旅行ケースに入ってるわよ」




未海が指差した場所には、玄関に置いてある一つの旅行ケース。

なるほど、準備は万端だということか。

じゃあ、他に必要なものがあるか?




「えっ?じゃあ、必要なものって?」

「なあに?もしかして、君は生のほうがいい?」




生?食材のことか?

頭を捻るが、どうもさっきから話が噛み合わないような気がする。

ぽかんとする俺に、未海はほんのり頬を赤くしてもじもじしながら呟く。




「私は······別に生でもいいけど、やっぱり初めてだからちょっと不安だし······でも、君が生のほうがいいって言うなら······うん、私は構わないわ」




ぼそぼそっとなにやら聞こえるが、やはり話が噛み合っていなかった。

もし俺の予想が正しければ、変な意味としか捉えられないのだが······よし、確かめてみよう。




「あのー、何を言っているので?」

「何って······ゴムでしょ?あとは、大人の玩具とか······」

「ジーザス!!」




なんてこった、やっぱり下ネタだったか。

いや、ネタではなくて彼女にとってはかなり本気に言っているのだろう。

いや、納得してどうする。

痴女とエッチなものを買いに行くのはドキドキするが、自分の脱童貞を狙う痴女と共に行くのはシュールのような気もする。




「うわっ、びっくりしたぁ······いきなり叫ばないで」

「いや、そりゃ叫ぶよ!何が悲しくて、痴女と一緒にゴム買いに行かなくちゃならんのだ!?」

「痴女って······酷いなぁ、私はエッチなことに興味津々な女の子よ?」

「自分で言ってて恥ずかしくないのか?」

「なあに?女の子にエッチなこと言わせてドキドキしたいんじゃないの?」 

「俺はそんな変態じゃない!」

「ちなみに私はあなたが変態でも構わないし、なんなら私も変態になるわよ?」

「ははっ、元々変態だろ」

「は?」

「ひぇ、すみません」




彼女の「は?」の威圧的な声色と、ギンッとした鋭い目つきが怖くてすぐに謝った。

事実を言っただけなのに、睨まれるとは心外な。




「でも、ゴムとか玩具とか必要ありません」

「やっぱり生のほうがいい?」

「そうじゃなくて!そもそも、そういう行為はしません!」

「えぇ······残念、ゴムはまた次の機会に使うわ」




次の機会とは?

気になる発言ではあるが、怖いので聞かなかったことにしよう。




「そんなことより、食材の買い物に行こうか」

「あら?同棲に関しては諦めたの?」

「まあ······名義は俺でもないし、さすがにいきなり追い出すのも可哀想だし······」

「ふふっ、優しいのね?ますます好きになったわ」

「うっ······」




さすがの俺も、好きと言われるとドキッとしてしまう。

いや、美女に好きって言われて嫌な人はいないと思う。

俺って、もしかしなくてもチョロいのか?





「そ、それより買いに行こうか」

「ゴムを?それとも玩具?」

「食材!」

「なんだ、残念」




本当に残念そうに拗ねる未海。

やっぱりダメだ、この人。

今日から同棲するにしても、決して襲われないように心掛けよう。

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